9 倒した勇者が仲間になりたいと言っている!

「誰のことですか、嫁って」

「治癒士の彼女だよ!」

「お嬢さんなら確かにエレーミアにいますけれど、貴方の嫁じゃないですよね」

「嫁だよ、おれの」

「嫌がってますよ?」

 いちおう、現実を突きつけてみたのですが…まあ聞こえないでしょうね。


「それでも勇者の嫁だ!」

 あれ?

 嫌がってること、承知してますかもしかして。それであれですか救いが無いデスヨ救いませんけど。


「まあ、予想はしてましたけど」

 ここまでとは、ね?


「貴賓席の中から喚かれましてもねぇ」

 まあわざとそこへ閉じ込めたんですけどね。抜け出してどこかへ行かれても迷惑なので。


「だったら出せよ、一騎打ちしてやる、それが望みだろ!」

「ああ、そうでしたね。正直、国王陛下の心変わりが確認できた時点で満足してしまって、どうでもいいんですよ、それ。これも演習の一幕にすぎませんし」

 煽っているように聞こえます?

 これ、本心なんだぜ。

 勇者にそれが通じたのでしょうか、何かぷるぷるしていますが。


「さて、魔術師殿。どうします、あんなことを言ってますが」

 呆けたまま座り込んでいる魔術師殿に声をかけてみます。だってまだ、一騎打ちの最中なんですよ。横槍が入っただけで。

 え、あ、まあ、いきなり相手を変えての一騎打ちとかやっちゃいましたけど。

 んー、どうしたら正気に戻りますかね?


「そうそう、剣士君には伝えてありますけれど、今度から魔術師の留学生を受け入れるんですよ」

「りゅうがく・・・?」

 あら、反応しましたね。


「ええ、エレーミアで受け入れ態勢を整えますから少し先になりますが、一年以内には準備を整えられると思いますよ」

「えれーみあに…留学…」

「ええ、ぜひいらしてください。戦争回避に役立つと思いますよ」

「ごめんなさいごめんなさいせんそういやですせんそうこわいですしにたくないですごめんなさいゆるしてくださいせんそうしたくないですたすけてください」

 魔術師殿、お前もか。


「ご安心くださいな、戦争を起こさないための留学ですから。ぜひ、お越しください」

「……」

 ああここにも小動物が……あんまり可愛くないです。良いですけど、別に。

 さて、どうしましょうか。


「…続けます?」

「ごめんなさいいやですまけでいいですみのほどしりましたごめんなさいでなおしますゆるしてくださいにどとさからいません」

 あー……そうなります、か。

 終わってしまいました……勇者の前哨戦……終わっちゃいました、よ?


 颯爽と、勇者が私の目の前に降り立ちます。魔術師殿に手を差し伸べて、立ち上がらせて、えー…物凄く芝居がかった仕草です。うゎぁ。助け起こされる魔術師殿がわたしを見ています。物凄く、”助けてほしそうにわたしを見ています”です。うわぁ。


「ごめんなさい」

「いやーっあきらめないでたすけてたすけてたすけてたすけてっ…炎よっ」

 轟、とものすごい勢いで炎があがりました。勇者がびっくりして手を離した隙に魔術師殿を確保。…ついでに術で炎の範囲外へ逃げて、勇者だけ釘づけにしておきます。


「燃えますよね。治癒できるかしら」

「燃えない、かも」

「なんですとっ!?」

 復帰した魔術師殿曰く、あの程度の炎は平気なのだとか。

 どういうことですかあれ勇者ですよね人間ですよね妖魔じゃないですよね!?


「人間じゃない、かも」

「はい?」

「だって、おかしい」

 ええ、それはね。おかしいと思いますよわたしも。でもだからと言って人間じゃないっていうのは…何があったんです?


「治癒術、途中で放棄されたのに、無事だった」

 ああ、放棄しましたね。え、でも……その場に賢者殿もいましたし、元妖魔ならコツはわかるでしょうから治しただけでは?


「治せない、爺さんには」

「え?」

「だから、治癒士が必要だった」

「……え?」

 いやどんな必要性があっても、彼女の仕打ちを考えたらチャラにはなりませんが。てかそれこそ国家命令で軍の誰かを連れてくればいいことですし。


「あっつー…ひでぇな、おい。これは早いトコちゅーちゃん返してもらわないとなっ」

 無駄にさわやかな声が暑苦しい勇者が、炎の中から現れました。

 マジで平気なんですか、あれ。うわぁ、服も燃えている気配がありませんよ?


「あれは、しら、知らない……」

 よかった、そこまで知ってたら後出しもいいところだと叫ぶところでした。いえ、あまり状況は変わりませんけれど。


「ねーねー、元魔王さま?」

「は、はい?」

 思わず返事をしてしまいましたが、相手する必要ってありましたっけ?


「ちゅーちゃん、返して?」

「断ります。彼女にその気はありません」

「国王命令、だし?」

 いちおう、国王様に目を向けてみます。ふるふるふるふると首が横に振られました。そうですね、先ほどもはっきり、仰ってましたし。


「じゃあ一騎打ちで、俺が勝ったら?」

「彼女はものじゃないので」

 景品扱いする時点で許しがたい暴挙だと、わからないようですね?


「とりあえず、一騎打ち」

「…まあ、それはかまいませんけれど。魔術師殿、あれ、消せます?」

 別に燃えててもいいんですけどね、わたしは平気ですから。でも周囲から見えませんし、面白くないでしょ?

 お姐さんが無言のまま、掲げた杖を一閃すると火が消えました。鮮やかですね、これはやはり留学していただいて……

 …って、わ、うわ、ちょっとこれ、やばいかもですよ!?


「魔素、ないねぇ」

 勇者が笑っています。

 ……人間が魔法を使うときには、体内に取り込んで練成して魔力にします。その変換効率は、せいぜい五割。そしてこの地は、わたしが目いっぱい消費したために魔素がそもそも枯渇している状態でして。


「なんてことしてくれたんですかぁぁぁぁっ!?」

 思わず魔術師殿をがくがくがくがくしちゃうじゃないですか。だってだってほぼ魔素尽きてるんですよ、ここ!?

 これでどうやって一騎打ちの相手をしろっていうんです!?


「大丈夫、ではないかと」

「剣士くん…いい加減な事を言うと、あとが怖いですよ……?」

 ていうか何時の間に降りてきたんです、あがってなさい危ないから!


「いやあの本気で、あれ、弱いから」

「聖剣持ってるじゃないですか、こっちは素手ですよ無手ですよ武器ないんですよ!!」

 加減出来ないんですよ、これだと!

 本気で殺しちゃうじゃないですか!!


「え」

「え?」

「殺していいんですか?」

 ジト目で睨んでおきます。

 とりあえず、闘技場にあがりましょう。どうせ、死にやしませんし、わたし。


「あの、罪には問いませんので!」

「それは、ありがたいですね」

 本音で答えておきます。もっとも一騎打ちの場ですので、不幸な事故は起きても問題にならないはずなんですけれどね。


「許可が出ましたので、遠慮しませんよ」

 周囲への影響はきっちり組んだ術ですので、気にしなくてもいいでしょう。

 構える剣は、普段から持ち歩いているものです。ああほら、勇者に一騎打ちを挑まれたときに使っていた剣がこれですよ。


「それはこっちの台詞だなぁ。遠慮なくかかってこいやぁ」

 うわなんですかその台詞気が抜けますよ止めてくださいマジで本気で。作戦なら大したものですよね、恥を捨ててますし。ああいや、恥と言う概念がないのでしょうかもしかして?


「恥くらいあるっ! 嫁に逃げられたら表を歩けないじゃないか!」

 かきん、と一合。弾いて距離を取ります。


「そもそも嫁じゃありませんっ!」

 振りかぶって勇者を誘い、変化で交わしてその背へ一閃。ふらつかせた程度なのは、やはり体勢に無理があったせいでしょうか。

 え、正面からじゃないのかって?

 正面から打ち合ってますよ、変化で逃げただけで。わたし別に、横綱とかじゃないですし。

 

「嫁に寄越せっ」

「だから本人が嫌がってるんですっ!」

「説得しやがれっ」

「冗談じゃないですっ!」

 がんがんきんきん鳴り響く耳障りな金属音ですが、どちらの剣も折れません。ていうか折れたあのときがおかしいんですよね。ええ、この程度にしかならないはずです。…ってほんとですね、剣士くんがいったとおり、弱いですよ、これは。


「バカにするなぁっ!」

「バカにする価値もありませんよっ!」

「んぐっ!?」

 手を狙って切りつけて、避けたところへ蹴りっとしたら、あ、なんか決まっちゃいました。


「お前なぁ…一騎打ちでそんなん、やっていいと……」

「騎士同士の果し合いならまだしも、ただが一騎打ちですよ。ましてわたし、剣士ですらありません。そんなルール、知りませんね」

 ええ、全く知りません。別にこの会話の間に切りつけてしまっても、それで評判が落ちようとも後悔なんかしませんし。でも流石にそれだと納得いかなくて煩いでしょうから、付き合ってるだけですよ。


「お好きにどうぞ?」

 そう言い放ってみたら、何やら喚きながらかかってきました。喚く、は違いますね。どうも呪文のようですが……なんでしょう、ちょっと気になります。


「ウルズ!」

 掛け声と共に勢いが増しました。ああ、ルーン文字ですか…ってそれで壁にぶつかってどうするんです、バカですよねこれ!?


「なんでそんなバカにルーン文字が扱えるんですか!?」

「これだけ覚えた!」

 …いや、それ言わなくていいです。自分から弱点晒すって何様のつもりですかこの勇者。

 ああ、ウルズの意味は、猪突猛進、一途、野生のパワー。などなどです。

 ええ、ぴったりですよね。目標を外れて壁に突っ込むとか、ほんとに…ちょっと、馬鹿馬鹿しくなってきました。本気で。

 ゆらゆらしながら立ち上がる勇者ですが、…なんかもう、相手する気力失せました。さきほど、罪には問わないと言ってくださいました、し。


「もういいですよね」

 剣を構えた勇者…ああもう本当に面倒です。終わらせましょう。


「消えてください」

 何かを言おうとしたらしい勇者の首が、ごろんと転がります。血があふれないのは、そのつもりで血止めを施したからですね。

 さっくりと、術で首を切らせていただきました。

 最初からそうすればよかったですね。

 何をしたか、ですか?

 不可視の刃を水平に振り回しただけですよ、闘技場全体に。まったく…面倒な思いをさせられました。

 魔素がなくても出来るんですよね、こういうこと。

 …代償に、ちょっとふらついてますけれど。ええ、体内の流体魔素――人間で言う血液を消費してやりましたから。

 あー…ふらつく。このまま寝ちゃいたいです。


「すごいな、お前っ」

 へ?

 勇者の声? あれ、わたし寝ちゃった?


「首一発で落とすとか、すげぇよっ」

 ふふふ、すごいでしょう、これ出来ると狩りも楽なんですよ。

 …てかどなたです、誰が喋ってるんです?

 勇者の声色真似るなんて、ちょっと不謹慎……


「おれだよ、おれおれ」

 だからオレってだれ…だ……だれ……?

 だって今此処に、わたしと…誰が、いるのかなとか…ちょっと今、怖いことを考えてしまったのですけれど。


「ああああああああ!?」

 首が転がりました。こっち向きました。目が合いました。

 勇者の首と目がぁぁぁぁ!?


「なあなあおれも仲間にしてくれよっ」

「いやあああああああああっ!?」


 思わず。

 思わず、です。

 魔素ごと暴走させたわたしとそれに追随した皆々様のおかげで。

 闘技場は木っ端微塵に砕け散りました。


 こんな状況でも、きっちりと観客の皆様を守ったわたしを、だれか褒めてください。

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