8 魔術師が仲間になりたそうにこちらを――見ていない。
さて、もろもろの事情を鑑みたことで、一騎打ちの場は一月後、召集が完了したところでエレーミアの砂漠に招き、その場を設える、ということで決着を見たそうです。
主に、王子様が頑張ってくれました。いや、まあわたしに何か出来るかといったら何も出来ませんけれどね。
勇者もきっちり抑えてくれたようです。どうやってかは知りませんが。
その間はのんびりと、お姉さまと過ごしたり新しい術式を考案したりして過ごしまして、今日。
待ちに待った今日、一騎打ちです。
いや、別にやりたくないですけど。どうにかしなきゃいけないだけですから、そこんとこ、間違えないで下さいね?
待ちに待ったのは、これで終わる日だから、です。
※ ※ ※
まあ、そうはうまくいかないのが世の常で。まして相手が王族となれば、一筋縄どころか、ですよねぇ。
「ああ…そういえば、軍務なんですってね……」
いえ、まあね。予想はしていましたよ?
魔術師のお姉さまが国許で何かやってらっしゃるとか聞きましたし。
エレーミアの砂漠での演習って、魔法使いを鍛えるために使われることが多いですし。
きっといるんだろうなとは思いましたよ。
で・す・が!
「どうして貴方が一騎打ちのお相手なんです?」
「いやー、だって、元魔王さまとの魔法合戦って楽しそうじゃないかい?」
「合戦って…一対一を合戦とは言いませんよ?」
魔術師殿の目がきらきらです。いえ、ぎらぎらです。何やらとても楽しそうです。怖いです。ていうか志願しましたね、これ?
「まあまあ、合戦の華は名の在る将の一騎打ちってね。いいじゃないか、相手をしておくれよ」
「ここまで制限が掛けられて、名のあるも何もないと思いますが」
はい、場所はエレーミアの砂漠地帯です。言い忘れましたが、このあたりは魔素がかなり薄いエリアです。もう少し奥地へ行くと、まったくなくなります。
そんなあたりに、競技場を即席で作りました。古代のコロッセオ、といわれた円形競技場そっくりの代物が、砂漠にぼてん、と出来上がってます。
部材は各地で作られた本物、それを術で強化したものです。ある程度組み上げた状態で運び込んで、現地で組み立てる工法で作ってあります。座席とかもしっかりありますし、貴賓席にはかなり重厚な防護術がかけてありますし、流れ弾が飛んでもまず大丈夫です。
ええ、作りましたよ。皆が見ている前で、わたしがつくりましたよ、魔素が少ない地で自分の身体を構成する魔素を搾り出してへろへろになって!!
あの宰相殿、読みを間違えた照れ隠しにとんでもないこと命令しやがって、これが終わったらすぐに逃げてやる……!
ああ、その貴賓席には国王さまをはじめとする王族の皆様がいらしてます。第二王子もいらしてまして、なかなかの堂々とした態度で好ましいです。王様のへたり具合と比べたら雲泥の差です。まったく、顔色は悪いしぐったりしているし、何ですかあの体たらく。あれでよくも本気でエレーミアとことを構えようとか思ったものですね。
うん、あの王子なら馬鹿なことは考えないでしょうし、王位を狙うなら協力してもいいかもしれませんね、エレーミアの国主として。
ていうかそういえば、わたし、エレーミアの国主なんですよね。魔王の地位は渡してきましたけど。
「国主と魔王は分離するべきですかねぇ……」
「何の話だよ?」
あ、聞きます? 聞いてくれます?
「……いや、その」
「そう、そうなんですよ。本来、エレーミアの魔王はただの役人だったんです!」
それを統べる存在、国王にあたる存在として<妖皇>という位があるのですが、いつのころからか継承されなくなってしまいまして。
本来はその妖皇が魔王を認定するという立場にあったんですが、それが行われなくなったんですよね。で、魔王位継承の儀式だけは残っていて、成人とみなすかどうかの力試しに利用されるようになったんです。
それを受けましたのがわたし、なんですが……ちょうど運悪く国主を必要としているタイミングだったので、成功させたと同時に国主に押し上げられました。
ああ、そうやって考えると、なんか理不尽ですね?
だって誰が押し上げたのかっていう話ですよ、当然あの宰相殿も一枚噛んでいますけれど、当時の魔王様方ですよ、それを決めたの。
そう、魔王様方、です。いたんです、何人も。最大で七十二柱、在位するそうです。
だからあんたたちが国主やりゃいいじゃん、成人したての小娘にやらせんなよ!?っていうお話です。当時は若くて幼くて可愛かったわたしは逆らうことなんて思いつきもせず、言われるがままに国主として舵取りをしてきました。どうして魔王様たちはそのまま側近やってるんだろうとか、不思議にも思いましたけれど。
ええ、まさかね?
みんながみんな、国主になりたくないというその一点で同意して押し付けてきたとか、そんなこと知りたくなかったですよ!?
「まあそういう事情なので、わたし一人、倒せたとしても何の意味もないんですよねぇ」
「はは……」
魔術師殿の乾いた笑いが聞こえます。
ちなみにこの会話、皆さんに聞こえることになっています。ええ、しっかりと。王様の顔色が土気色になったり、第二王子の顔色が白くなったり、その他もろもろありますが、気にしません。…いえ、ちょっとだけ溜飲が下がりました。
え、ちょっとだけですよ。だって元凶たる宰相殿には何のダメージもありませんから。いませんし、この場に。
「でもあんたもずいぶんへろへろみたいだけど、そんなんでやれるのかい?」
「やれますよ、別に。ある程度、回復しましたし」
単純に疲れてたんですよね。まあ、魔素を考えなしに使って何か、ということは出来ませんけれど……人間の相手くらいなら、どうとでもなります。ええ、しますともどうとでも!
「ああもうお姉さまがいらっしゃれば……!」
「あはは……」
そう、この場にお姉さまはいないのです。勇者の傍に置くのは危険だということで、宰相殿の屋敷に匿われています。万が一があってはいけないからと、宰相殿もおうちにいるそうです。なにそれうらやましいなふざけるな、ですね。
「貴方との一騎打ちが終わってから、本命の勇者登場、でしたね」
「そそ、終わってから、ね。なに、やる気になった?」
「やる気は最初からありますよ。ちょっと、サービスしましょうか?」
ぽむ、と煙の演出と共に、空中にいくつかの珠を浮かばせます。触るな危険、ですよ?
「…え、なにこれ?」
「機雷といいます。ある程度の衝撃で爆発するので、触らないように気をつけましょうね?」
「機雷って普通海に浮かべる奴だよね!?」
「ああ、そうでしたね。じゃあ、周囲を海にしましょうか?」
ざぶん、と波がかぶります。触感を伴う海の幻影を出してみました。幻影なのでおぼれませんけど、人間は思い込みで死ねるらしいので、危ないかも、ですね。
ばふ、と機雷が一つはじけました。あ、中身は小麦粉です。威力もさほどありませんよ。
「波間に漂う機雷。――絶景ですね」
「絶景て言葉の意味、知ってる!?」
「ええ、知ってますよ。絶体絶命の光景、でしょう?」
「お前わざといってるだろーっ!?」
魔術師殿の叫びに併せて、ぼふぼふぼふぼふぼふ、と一気に周りの機雷が連鎖爆発です。視界が利きませんね、これでは。でも魔術師殿、流石です。自分に被害が来ないようにした上で一気に破壊したんですね。ええ、選択肢としては正解です。なので、次に行きましょう。
「どうぞ、空をご覧下さい。大丈夫、不意をついたりしないとお約束しますから」
少し大げさな身振り付きで、空を指します。さて、術式解放ですよ。
「うわ、なんだあれ……!?」
「極光といいます。エレーミアでも北限に近いあたりでしか見られない現象ですよ」
光で織られた布が無秩序に踊る、美しい光景です。もちろん、再現した幻影にすぎませんが、どうぞご堪能ください。
溜息が周囲からも聞こえます。ふふ、これでしたら絶景と言って、間違いはありませんよね。
「ああ、間違いなく絶景だ…すごいな、これは」
これを見るためだけにいらっしゃるお客様も少なくないですからね。エレーミアは観光国家としても成り立つのではないでしょうか。
「ご堪能いただきました?」
「ああ、いつまででも見ていられそうだが…十分、楽しませてもらったよ」
「では、威力もご確認くださいませ、その目でね」
「は?」
どががががが。
ぐささささささ。
べったん。
「本邦初公開、術式名”極光の怒り”です。ふふふ」
はい、わたし作の術式でございます。実はわたしが身に付けている装飾品、そのいくつかはこうやって術式が封じてあるんですよ。ちなみにこれが封じて会った珠は、一見するとブラックオパールに見えてましたね。特に指定したわけではなかったのですが、不思議ですね。
ああ、何が起こったかといいますと、最初に流星が降って来まして、次にオーロラが地面に…床にささりまして、最後にオーロラが潰れて闘技場を覆ったんですよ。それだけです。もちろん、魔術師殿に被害がいかないようにはしておりますよ?
「不意を付かないとは申し上げましたが、攻撃しないとは申しておりませんよ?」
間近で風圧ですとかもろもろを体験することになった魔術師殿、けっこう涙目です。
「あー、その、なんじゃ、その元魔王殿?」
「あら、なんでしょう賢者殿?」
お師匠様、でもよかったのですけれど……ええまぁ、一応場所をわきまえまして。
「あんまり苛めんでやってもらえんか? 彼女もまあ、国に仕える身であるからして」
あら、やりすぎましたか。そうですね、そうですよね、盟約で縛られる身ですものね?
ここはやはり、盟約で縛り付ける国のほうに思い知っていただいたほうがいいですよね、うっかりしてました。
「いやまて嬢ちゃん、一騎打ちの場だから、ここ!!」
「ええ、一騎打ちですね。わたしも国主ですので、国同士の一騎打ちと参りましょう」
さあどうぞご覧下さいな――戦争の悲惨さを、その目で、心でご堪能くださいな?
万が一にもこれで興奮したら、即刻葬って差し上げますから。
※ ※ ※
「容赦無いのぅ……」
死屍累々の貴賓席で、賢者殿が引きつった笑いを浮かべています。いちおう、王子さまは対象から外したのですが、周囲の様子で何かを思い出してしまったようで……がくがくぶるぶるしています。やっぱりこの小動物、可愛くないです。
「このくらいはやらないと、お馬鹿は懲りませんからね」
ええ、戦争の悲惨さを体験いただきました。王子にお見せしたとのはちょっとベクトルの違う…いえ、バージョンアップしたものを、ですね。具体的には腐った死体と、それを漁る人間と、死にかけた名の在る騎士に群がる村人とか野盗とか狼とか、ですね。ついでに人間が生きたまま食われる図も追加しました。もちろん、王子様にお見せしたあれも、です。
意外なことに、競技場の観戦席はさほどのことになっていません。みなさん肝が据わっているというか、知ってるんですね、あれ。若い方々はかなり、お辛いみたいですが。
とりあえず、これで世界制覇は諦めていただけますかね?
「エ、エレーミアには手を出さないと、約束…する――」
あら。
足りませんでしたか?
「ちょっと待てよ王様! オレの嫁はどうなるんだよ、取り返すための遠征だろこれ!?」
「嫁ぇ!?」
わー、そんなことになってましたか。いや予想してしかるべきですけど、面倒で考えないようにしてたんですよね。
「すまんが諦めてくれ。そもそも、そなたの願いは軍の指揮をやらせた時点で適っておる」
ええ、物分りがよくて大変よろしい態度ですね、王様。術式を考案した甲斐があったというものです。
あ、先のあれ、術式化したんですよ。豪華版と通常版の二種類とも。一週間かかりましたが、報われますね。
「だからって人攫いだぞ、放置していいのかよ!?」
あらあら人聞きの悪い。お姉さまは納得の上で保護しましたのに。ていうか折れませんね勇者。豪華版で足りないとかどういう鉄の神経ですか、あなた。
「ああ、面白かったぞ、あれ。また見たいな?」
娯楽扱いですか。この勇者、どこかねじが抜けてます?
「いや、最初から何かが足りぬのだと思う」
「なんでそんな奴を勇者に仕立てたんです!?」
「そのほうが操りやすいかなって」
王様…言いましたよ、言い切りましたよ本人の目の前で!
流石にショック受けてますよ?
あ、なんかわたしを見てますね?
何か言いたいようですか、なんでしょう?
「おい、魔王!」
はいはい、なんですか。叫ばなくとも聞こえますよ、この場の全員にね。
「オレの嫁を返しやがれ!」
あ。そう来ましたか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます