7 勇者をどうやって懲らしめましょう?

「……さすが、魔王さまですな」

「元ですよ。戻る気はありません」

 宰相殿も、国に戻って来いとは言いませんしね。あれはあれで、理解してくれていますから。怖いですけど。ええ、怖いですけど。


「わしゃ貴方が怖いですわい。王子、おうじー」

 がくがくぶるぶるふるふると、王子さまが震えています。

 ……ちょっと、やりすぎましたかね?

 わたし視点での戦場の記憶…あー、野盗に襲われかけたのとかも見せましたね。もちろん、あっさりと返り討ちにしてますが、余裕がないときに来られるといきなり首を飛ばすので……最後まで見ても安心できない絵になりますね、あはは。


「戦争いや戦争こわい野盗こわい怪我こわい魔王さまこわい」

 え、あの。いえ、確かに畏怖してもらおうという意図はありましたけれど、ちょっとこのレベルで怖がられると話が進みませんが……お爺様?


「ああ、大丈夫じゃ、すぐに落ち着かれる。てか元魔王殿、あんた容赦ないのぅ?」

「ええ、ごっこ気分で戦争を起こせる人間がいるなんて、許しがたいですから」

「ごめんなさいごめんなさいにどといいませんせんそうしませんおこしませんぐんたいのしきなんてしたくないですごめんなさい」

 あ。

 賢者様、そこで私を睨まないで下さいませ。


「…賢者どのは、意外と落ち着いてますね?」

「まあ、戦場は何度か経験があるからの」

「さすが年の功」

 疲れた顔ですが、流石にちょっと意地がわるかったですかね。


「さて、それで何処を落としどころにするつもりかの?」

「そりゃもう、勇者との一騎打ちでしょう」

「なんじゃ、そうなるのか」

「ええ。だって軍隊なんて一瞬で全滅させられますよ? 集結する傍から首を薙げばいいんですし」

「ごめんなさいやめてくださいたみにつみはないですぼくたちおうぞくがわるいんですくびをさしあげますからやめてくださいおねがいしますまおうさま」

 あ。


「……クスリが効いとるのぅ」

「効きすぎです…というか、王子様ってこんなに精神弱いんですか……」

「いやー、平時に生まれ育っておるし、戦場経験もないし、こんなもんじゃろ? これでも宮中はそこそこ渡り歩くぞい」

 そうですかぁ。まあ、その方がいいですね、勇者を倒したあとの騒動はお任せできそうですし。


「……そうですね、ことが片付きましたらこの国から留学生を受け入れましょうか」

「ほ? どうした風の吹き回しじゃ、散々断られておるぞい?」

「ええ、わたしが断ってましたから。だって面倒じゃないですか、人間の世話が出来る環境を整えるのって。基本、極寒の地ですからね?」

 わたしたち妖魔が食事を必要とせず、気温の変化なんかは術で対応してしまうからこそ住める地です。人間を連れてこようと思ったら、環境改造が必要なレベルなんですよ。港町なんかはそういう術式で創った街ですけれど、流石にそこでは留学になりませんからね。


「でも、今度みたいなことがまたあるかもしれないわけでしょう。それだったら魔法を扱える人やお偉いさんに来ていただいて、現実を知っていただくのも手かなと思うのですよ。もちろん、学びたいことがあれば喜んでお教えしますし。滞在中の身の安全は保証しますし、怪我や病気の治療なんかも妖魔流でよろしければ引き受けますよ」

「ふむ。で、勇者との一騎打ちを了承しろというわけかの?」

「はい、交換条件です」

 流石にこれは分かりやすいですよね。まあ宰相殿からの依頼はぶっちゃけ「戦争を起こさせるな」と解釈すればいいわけでして。軍を解散させることが出来れば双方、それに越したことはないはずです。

 それにね?

 自分が戦えるからこその台詞とわかってはいますけれど、軍人でない人間が戦争に狩り出されて死ぬというそれが、納得いかないんですよ。

 なんでそういうこと、やるんですかね、人間ってのは?

 殺したいなら自分で来なさい。無駄とわかっている軍隊なんぞ使わずに。

 ああ、そういう意味では勇者の方がまだ好ましいですね。ええ、もう少しまともな人間なら、もっとまじめに相手をしてもよろしいのですけれど。


「……結局、勇者って何者なんです?」

 そもそもが、国を挙げて勇者を育ててるんですよね。しかも、候補生として何人も。魔王を倒すためというのがお題目のようですけれど、…しつこいですが、ここ数代の魔王はただ一国の王に過ぎなくて、各国との貿易も行い、摩擦が発生しないように輸入にも気を配るような、ただの苦労人です。確かに、この帝国との輸出入はほぼ輸出一方で……あれ?

 そういえば、輸入品て何かありましたっけ?


「……まあ、貴族たちの不満を逸らすための存在、じゃな?」

「不満ですか。あんな好き勝手を許していたら、返って不満を溜め込みそうですが」

「――どういう文句を言って来るかで、人間性が掴めますから」

 おや、そういう意図もありましたか。どうやら復活されたようですね、王子さま?

 火の鳥が肩に乗って慰めたのが効きましたか。なんか懐いちゃったみたいですね。

 え、どうしましたおじい様、首を振って。十分じゃないですか、復活したと判断しますよ?


「誰も、彼が勇者になるなんて、思っていませんでした。一応、国宝を持ち帰る命令だから誰かしらついて行った方がいいということで、選ばれたんです」

「その程度で第二王子が護衛についたんですか」

「一応、各地の検分を兼ねてます、から。後は、騎士団の訓練も兼ねて」

 ああ、そういえば騎士の一団を見ましたね。なるほど、そういうことでしたか。勇者はそれに気づいてなかったんですね。ああいえ、気づくような温いやり方はしませんよね、そうですね。


「で、本来の役目は何なんです?」

「それだけ、です」

「――はい?」

「本当に、それだけです」

 いやいやいやいやそれはないでしょう、そんなのわざわざバカを育てなくてもいいじゃないですか、間諜利用しましょうよ?


「今回が、初めてなので」

「……え? あ。え? あ、でも、そういえば。え?」

 すみません、思わず呆けました。

 ええ、そう言えばそうですね、在位中に勇者なんて存在、耳にした覚えがありませんね?


「…じゃあなんで、勇者に一軍をなんて話になったんです?」

 素朴な疑問です。別に勇者になったからって軍を付ける必要ないですよね?

 いやいっそ一人で切り込ませれば、厄介払いですよ?

 めちゃくちゃ迷惑ですけれど!


「ご褒美として、最初からその、一つだけ約束していました」

「え?」

「あの、彼はその、軍隊を指揮してみたい、と」

「はい?」

「なので、総大将に置いて、僕が元帥として」

「……子供の我儘ですよねそれ!?」

「あー、落ち着いてくれんか、元魔王殿。何年かに一度、招集訓練をしとるんじゃよ。本来は王都から遠征でやるんじゃが、今回は国境に集めるというだけなんぢゃ」

「それで通ると思ってますかエレーミアなめてませんかあんたたち」

「舐めるも何も、演習で砂漠を借りとるがな」

「え?」

 あ、そう言えばありましたね、そんな話。

 いえ、エレーミアとこの国の国境には、砂漠が広がってるんですよ。そこに術陣が敷いてありまして、外縁部は魔法や術が使えるんですが、中央付近になると一切使えなくなります。これ、エレーミア側でも同じです。なので、増長する魔法使いとか魔術師たちを再教育するのにちょうどいいとかで、各国が演習場に借りたいとおっしゃるんです。実際、貸し出してますね。わたしもそう言えば、利用したことがあります。


「…あれ?じゃあなんで討伐軍なんて…え、あれ?」

「その、そこまでが勇者の希望でして。魔王討伐軍を指揮する、という…」

「…じゃあなに、戦争の心配はない?」

 え、なに。宰相殿の早とちり? 早とちりなんですか?

 思わず顔がにやけてしまいました。

 あんたも同罪ぢゃとか聞こえた渋い声は無視です、無視!


「わたしにその気はありませんが、その……」

 あ。暴走勇者くんですね。いやいや元帥さま、あなたが手綱取れば大丈夫でしょう?


「あの、治癒士の方を返していただければ、たぶん」

「全面戦争です」

「ちょっとまてやお嬢ちゃん」

「だってあなたがた、彼女が何をされたか知らないんですか!?」

 二人揃って明後日の方を見る。ほほぅ、知ってますか。知ってますね。知ってて放置してたんですね?


「あなた方も万死に値するようですね……?」

「「ごめんなさいぃぃぃぃっ」」

 素直でよろしい。

 さて、現実問題としてどうしますかね?


「確認ですが、これは演習ということでよろしいのですね?」

「え、あ、ああ、はい、演習です。エレーミアにも、名目だけの討伐軍だという書状が王の署名入りで届けられます…数日中に」

 ふむ、それならまあ、そちらは気にしなくてよさそうですね。お姉さまについても一安心です。


「勇者へはどう対応します? 演習なんて言って、納得しますか、あれ?」

「せんじゃろうな」

「してもらわなくても演習に過ぎないんですが」

「で、暴走させると」

「ああああああごめんなさいごめんなさいぼうそうしないでくださいたすけてくださいゆるしてください」

 あ、やっちゃいました。


「嬢ちゃん……」

 わざとじゃないですから、これ。それに、事実を突きつけただけですから。


「まあ、演習ならそれで構いませんので、一騎打ちの舞台を作ってくださいな」

「なんじゃ、やっぱりそうなるんかい」

「ええ、まあ。軍として討伐の意思がないなら、勇者を潰しちゃえば済みますし。どこまでやっていいものか、悩みますけれどね」

 まあ、死なない程度、でしょうか。勇者なんてものを仕立てた国が、最期まできっちり面倒を見るでしょうし。見ますよねきっと。見なくても放置しますけれど。


「というかどうして、勇者認定なんかしたんです? 倒した証も何もなくて、本人だってあれで倒したなんて思わないでしょうに?」

 出来るだけ優しく、王子様に確認します。えと、と震える小動物が…うわーかわいくないです、これ。


「報告しただけ、だったんですけど。国王が喜んじゃって」

「ぅぉぃ」

「もともと、話は出来てて。認定通ったら、演習を討伐軍に仕立てて、エレーミアに入ろうと。砂漠とか森とか、街とか…見せようって、魔王さまにもお願いする予定でいたんです。側近の間で。でもまさかこんなに早く認定が通るとは思っていなくて」

「ああ…話が通ってないんですね……っていうか、元凶って国王さま?」

「あは、あははははは」

 乾いた笑いの頬に一筋、何かが垂れました。


「元凶って貴方のお父様?」

「あ、は、は……」

「お父様なのね?」

「……はい」

 素直でよろしい。

 そうですか…国王もお馬鹿なんですね。


「やっぱり、これを機に併合しちゃいましょうか?」

「洒落にならん上に魔王の世界制覇の足がかりになりかねん、やめてくれい」

 むー……別に併合しても、王様を交代させるだけですけれど。しばらくは宰相殿に兼任してもらって。


「それ、宰相殿が死ぬと思うんじゃが?」

「妖魔は簡単には死にませんから」

「……伝えておこうかの」

「あああああああ今のなしでっ!」

 く…間者はどんな手段で連絡を取るかわからなくて、厄介ですね。

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