6 王子(=剣士)が仲間になりたそうにこちらを見ている!
「じゃあまず、王子に会いにいこうかの」
……はい?
すったもんだがありましたが、結局はお爺様を仲間として扱うことになり、パーティーの結成です。いやまずいでしょうと思ったんですが、軍隊の召集ということでパーティそのものは解散してしまっていて、今、無職状態だそうです。
馬鹿ですよねやっぱりあの勇者というかそれを旗印にしようとしている王家とかこの国とか馬鹿ばっかですよね一般庶民が気の毒ですから併合しちゃいましょうかエレーミアに?
「いや、その…あんたの意思ダイレクトに伝わってくるので、ちょっと思考を控えてもらえんか?」
「あら、失礼しました」
王子様…例の剣士君が来るそうです。いえ、正確には呼び出させました。わざわざ相手の牙城へ乗り込む理由はありません。
待ち合わせはギルドの一室だそうでして、わたしはとりあえず賢者様の弟子入り志願者と言う扱いです。なんでそんな建前がいるんですかね?
まあとりあえず、身分証明書の発行が出来るのでよしとします。
「賢者の弟子入りか。なかなか有望株らしいな、嬢ちゃん」
「えっとー…そういうものなんですか?」
「なんだ、自覚がないのかい。そういやどこかで聞いた名前だと思ったが、捜索願いが出てる子と同じ名前か」
「はい? 捜索願いですか?」
「おお、勇者さまから直々にな、何でもパーティの治癒士がさらわれたとかで探してくれって通達が出ててな。たいそうなご執心らしいぞ」
えっと…いつの間にそんなことをやったんでしょう、勇者。え、まだ二日と経ってませんよね?
思わずお爺様を見ると、ふかぁく溜息が返ってきました。あのアホとか聞こえるところを見ると、なんかやらかしたみたいですね。
「お、勇者さまが降りてきたぞ」
「え?」
なんでいるんです、こんなところに。固まったわたしを他所に、小父様と勇者が話し始めて…いきなり。
「…違う、こんなちんちくりんじゃない」
「――はい?」
いきなりな挨拶です。そこで激怒してもよかった気がします。しかし…いえ、ちょっと? まさか、そういうことですか?
いやいやいやいやいや、ないでしょう?
ていうか本気でわからないんですか!?
「だから言ったじゃねぇか、名前だけだって。珍しい名前でもないんだ、被った何が不思議だってんだよ」
ぼそりとぼやく小父様。あー…そうですか、暴走してますかこの勇者さま。
「駄目だ。その名前は彼女にこそ相応しい。君、名前を変えてくれ!」
「は?」
「レイシアは僕の彼女で妻になる女性の名だ、彼女以外には相応しくない! さあ変えてくれ、今すぐに!」
「いきなりなんですかバカですかきちがいですか呆け老人ですかこのひと!?」
迫ってくる勇者をかわし、空いていた椅子で自衛します。ふ、流石に椅子を自分の前に抱えて威嚇すれば、とりあえずこれをどうにかしないと近寄れ…あああもうっ!
簡単に椅子を捕まれてしまったので投げ捨てて、腰に帯びた剣を鞘ごと向けます。ええ、切り合いにする気はないという意思表示になりますでしょうか。いや、斬り合いでもいいですけど、いっそ。そのほうが後腐れなくて安心ですし?
ちょっとではなく真剣に、わたしは考えます。
「いやいやいや嬢ちゃん、わりい、流石にここは抑えてくれ。おう爺さん、ちょっと何とかしてくれよ!?」
老人を働かせようとは無体を考える人ですね?
「いやいや、人と待ち合わせしておってなあ。まあ、騒動にはせんで安心せい」
いつの間にやら階段を上がっていた賢者さま。え、あらいつの間に? お年の割にはずいぶん軽く動かれるんですね。
「さて嬢ちゃん、”こっちへおいで”」
その声に一瞬の酩酊を感じました。――次の瞬間には、お爺様の隣から勇者に剣を向けた格好のわたしがいたわけですが。
…これ、術式ですよね? ていうか一連のシリーズと同じ作者の術式じゃないですか、これ?
お姉さまとのお話に出てきた<移動陣>は、個人での空間移動が出来ない人間たちのために開発された魔法陣です。複数の術者と陣と、術具の助けを借りて漸く成しえるくらいの大掛かりな魔法です。それも、決まった場所への移動だけ。いくら短距離とはいえ、今のお爺様のような真似が出来るのは、わたしたち妖魔くらいなのですが…さすが賢者さまとか聞こえてるのは気のせいじゃないですよね?
「何をする、賢者どの。僕の話を聞いていただろう。その子にはこれから名前を変える為の手続きをしてもらわないと」
「はて、最近は耳が遠くてのぅ」
わざとらしく耳に手を当てながら、お爺様がにやりと笑います。
ぼけじじい、と勇者が忌々しげに。ぼけじじぃ、とギルドの小父様が苦笑気味に呟きました。あら、なんでしょうこのやり取り?
「じゃあ聞かせよう、いいかその子は」
つかつかと勇者が歩み寄ってきましたが、わたしの剣先から出た衝撃波にあっさり、弾き飛ばされました。
「え? え??」
今の、わたしじゃないですよ? ていうか剣から衝撃波とか、無理ですよ?
お爺様を見れば、ぐっじょぶとばかりに親指を立ててくださいます。お爺様~…狸さまとでもお呼びしましょうか?
「ほいじゃすまんが、任せるぞぃ」
「はいよ。ったく、絶対安静だって聞いたのに何でこんなとこまで来れたんだか」
あら……そういうことでしたか。
ホントに暴走なんですね、この勇者候補くんて。
案内されたのは、お爺様が借りているというお部屋でした。
何やら見覚えのある術具ですとか陣ですとかが敷かれていますが、全てエレーミア縁のものにしか見えません、これ如何に?
「まあ、元が妖魔だということじゃよ」
「…もと、ですか?」
そういえば、正体は聞いていませんでしたね。
うむ、と頷いたお爺様が話してくださったのは、……要はまあ、わたしと似たようなことをやった成れの果て、ということでした。
無茶なことをする方です、わたしでさえ<彷徨える泉>があったからやれた真似ですのに。
けらけらと笑いながら、お爺様が頷きます。
「まったく、成れの果てとしか言いようがない。身体の再構築には成功したが、魔素どころか魔法まで取り込みまくったら、盟約魔術が紛れ込んでてなぁ」
「ああ、お姐さんの仰ってた盟約ってそれなんですね。どんな内容なんです?」
「時の主に一切逆らわず、という盟約じゃな。今もまあ、国王が主の扱いじゃが、目が届くわけでもないでの、あの程度は勇者への仕置きとしてお目こぼしされてるようなもんじゃ。いちばんは宰相殿との契約じゃし、実は解けなくもない気がするがの」
「いいんですか、それで」
かっかっかっとどこぞのご老人よろしく胸を張るお爺様。いや、胸を張るところじゃないですよ、そこ。
「そうでもせんと、勇者に手綱はつけられん」
「……そこまでして勇者が欲しい理由がわかりませんね」
魔王退治をすれば箔はつくかもしれませんけど、いちおう、一国の王様なんですよね、今の魔王って。しかも各国と国交ありますし、貿易もやってますし。黒字になりすぎないよう、輸入も平行してますから、摩擦も起きてないはずなのですけれど。
「何がしたいんですかね、この国は?」
「箔が欲しいんだよ。魔王を倒せるだけの力がある国だっていう、箔がね」
いきなり入ってきて…ではないですね、最初からいたんですねきっと。うーん…王子様、ですよね。やっぱり顔が思い出せません。
「倒してどうするんです?」
「世界制覇に乗り出そうとしてるね、今の王様は」
「馬鹿ですか」
群雄割拠の時代ならともかく、安定して国境の小競り合い程度しか起きなくなったこの時代に世界制覇って。しかも武力って。世界の流通を一手に仕切るとか、そのほうがよっぽど現実的な気がしますよ。
「倒せるわけないでしょうに。犬死もいいところですよ?」
「え、殺されちゃうの?」
「ええ、必要とあればいくらでも」
能力的には可能ですし、心情的にも出来ますよ。ええ、人の平穏な日々をぶち壊してくださるわけですからね?
「でもさ、魔王様がここにいれば戦力激減でしょ?」
「いないことを前提に術を組むだけですから、何の影響もありませんよ?」
へえ、と納得の行かない顔です。でも実際そうですし。宰相殿はほぼわたしと同等で何でも出来るので、当然です。
「というか、わたしが貴方を拘束すると言う手もあるんですよね」
掌に炎を生み出し、王子に向かって一振り。仲間となったお爺様も一応、その輪で拘束します。
この程度のこと、誰でも出来ますが、驚かないというのもすごいですね。
「相変わらず出鱈目だよね、妖魔って。どうやってんの?」
「どうと言われましても…魔素を現象に変えているだけですが?」
「んー、そこがよくわかんないんだよね。よかったら教えて?」
「ああ、人間は魔素を取り込んで、魔力として練り上げるのでしたか。それだと根本から違いますからねぇ」
教えること自体は構わないんですよ。極秘と言うわけでもありませんし、お姉さまにも体感で覚えていただきましたし。…覚えられましたかね、あれで?
「とは言いましても、先の一語に尽きますし。人間にも出来るのですけれどね?」
思い出しました、すこぶる効率が悪いそうです。だから術を使う方法は廃れて、魔法が発達したのだとか。お姉さまの場合は…練った魔力を媒介に周囲の魔素を集めてたんですね、あれ。でも魔力のほうが先に尽きた、と。そもそも魔力の変換効率が悪いんでしたっけ。
「まあ、魔素の10に対して2か3、効率がよくても5だのぅ、魔力になるのは。まあその分、魔素が尽きるということもないんじゃが」
あー…そう、わたしたち妖魔の場合、周囲の魔素が尽きることがあるんですよね。自然に補充される分にはいいのですけれど、一気に消費しすぎるとなんといいますか、台風の目というか爆心地というか、そういう状態になってしまって、周囲に影響が出るんですよねぇ…一度だけやりました、二度とやりません。だから今回も最初から<彷徨える泉>を前提にしたんです。
ああ、魔素は元素の一つです。既存の物質表には当てはまらないみたいですけどね。一応、目一杯に圧縮すれば実体化可能なので、元素扱いされてます。正体は、わたしたちにもわかっていませんが。
「んー…話はわかるんだけど、理解できないっていうか。爺もそういうんだけどねぇ」
…そんなに難しいこと、言ってますかね、わたし?
ていうか、賢者殿説明してたんですね。
「人間には理解しづらいらしいの。わしもこの身体で、実演が出来んし…何か、見せてやってもらえんかの、元魔王さまよ」
「そうですねぇ……では、こんなのでどうでしょう?」
手の上に小さな炎を。一度握って拳に収め、開きなおした手の指先に分かれて点します。
「それは別に、魔法でも出来るな?」
「ええ、ここからが真骨頂ですよ」
指を鳴らして炎をまとめ、渦を巻かせます。ぶわっと広がって部屋を舐めようとした火は弾けて散り、雪が降り、積もる傍から草が芽吹き、育って花を咲かせて綿毛となり、部屋中を埋め尽くし――、わたしの手に戻ってきます。
綿毛は集まって集まって小さくなってつるつるになって、卵になりました。その卵に皹が入り、音もなく卵が割れて、赤いひな鳥が姿を見せます。見る間に育って美しい尾羽と燃え盛る炎を持つ、火の鳥が生まれ、部屋を一周してからわたしの肩に止まりました。
「いかがです? 魔法で出来ることではないでしょう?」
へえ、と驚いたような剣士くんと、お爺様。これこれお爺様、あなた元妖魔でしょう。これくらい、出来ないと思ってたんですか?
ていうか、別に魔王じゃなくても普通に出来るレベルですよ、これ?
まあ、このあたりの魔素、使い切っちゃいましたけど。たぶん、しばらくは街中で魔法を使うの、大変ですよ。
ちなみにこの鳥、生きています。とは言え本物の火の鳥ではなく、わたしの随従扱いになる魔法生物ですけれどね。連れ歩くわけに行きませんし、…どうしますかねぇ。
「綺麗だなぁ…これ、何食べるの?」
「何も食べませんよ。空気中の魔素を取り込みますから」
この子のご飯…大丈夫ですかね? まあ、常時取り込んでいるだけですし不調があれば放してあげれば自分で食べてくるとは思いますが。
「へぇ……いいなあ、欲しいなあ」
「この子がです?」
「うん、その子。君みたいに、肩に乗せて歩いてみたい」
「それくらいなら別に、出来ますけれど」
目配せで合図すると、火の鳥が軽く羽ばたいて剣士君の元へ。…て、あら。あらあらあら。
「って、わ、わっ、そうじゃなくて肩、肩に乗ってっ?」
「頭の上が気に入ったようですよ」
笑いを堪えるのはちょっと大変でした。頭の上を歩き回ってその尾羽が剣士君の顔を撫でて、仕舞いには頭の上に座り込んでしまったのですから。…けっこう、バランス感覚いいんですね。
その後も頑張った剣士君でしたが、残念ながら火の鳥は、彼の頭を寝床と決めてしまったようでした。
「…貴方は、妖魔に含みがないんですね?」
「ん?」
「ないじゃろな、わしを重用するくらいじゃし」
「でも、勇者の遠征軍、指揮されるんですよね?」
「ま、一応ね。国王命令には逆らえないし。軍の指揮ってのはやってみたいんだけどさ」
「男の子ですねぇ」
でもね、王子さま。軍の指揮は、確実に死人が出るんですよ。出来ればわたし、軍隊相手なんてしたくないんですよね。
「王子様。戦場に出たこと、あります?」
「……いや?」
「すごいですよ。死人の腐肉に混ざって、生きた人間が腐ってるんです」
「え」
魔王の座に着く前も、世界各地を放浪していました。そのころは主に、戦場を。助けられる者は助け、無理なら止めを。幾人もの今際の願いを適えるために、世界各地を回りました。
戦火に行き会えば、今もそれをするでしょう。
「死んだ人間は諦めがつきます。でも生きている人間は諦められない。足を失い、腕を失い、いくばくかの金だけを持って地元へ返って邪魔者扱いされる。そんな人間が、たくさん出るんでしょうねぇ」
王子様の顔色が悪くなります。お爺様も心なしか動きが鈍いようです。ふふ、戦場でも悲惨な場所の記憶を映像で流し込んでますからねぇ。それも、わたしが見て来たそのままに。一度も戦場に出たことのない王子さまには、厳しいかな。
「どうしましょう王子様。軍の指揮を執る人間がどれほど優秀でも、末端はそれが運命なんですが。それでも、戦争したいです?」
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