3 勇者は万死に値しますね?

 さて、わたしはどうしましょうか。何分、妖魔の身体と言うのは便利なものでして…眠る必要がないんですよね。まあ疲れていれば眠るのが一番の回復方法ではありますが、いくらでも方法はあります。主に魔素が潤沢であれば、勝手に体力が回復する、という方法で。退屈していると眠れなくもないのですが。

 そうですね、とりあえず朝食でも用意しておきましょうか。前の町で買った塩漬け肉がまだあったはず…うん、臭いもまだありませんし、問題ないでしょう。それから、堅パンと。何か野草があるといいんですが、ちょっと探してみましょうか。

 お嬢さんを小屋に残すのですから、戸締りは厳重に。どうか、朝まで起きないで下さいね?


「とは言え、流石にこの暗さ…骨が折れますね」

 夜目が利きますから、別に問題ないといえばないのですが、流石に真っ暗です。月明かりが差し込まないような森の中となると、形の区別はついても色の区別がつきません。夜道を歩くだけであれば、それで何の問題もないのですけれどね。

 仕方がないので、周囲を明るくします。これも術の一つですね。影が出来るわけでもなく、光源が出来るわけでもない不思議な術ですが、妖魔の誰でも使えて重宝します。でも、…迂闊でした。そういえばここは、庭園ではなくて森の中――雑多な草花が生い茂る、地味豊かな森なのでした。

 こんなことをしても、役に立つような草花は見つかりません。探さなければならないのです。


「……術式発動――”香草捜索”」

 またアホみたいな術ですが、人間たちが”香草”と定義する植物がどこにあるか、視界内にあるものだけを教えてくれるという便利術式です。え、どうして人間がかかわるのか、ですか?

 ああ、何でも世界中を旅して同胞を救い出し続けた魔王さまがいらっしゃるらしいんですよ。そのときに人間に混じって生活していて、料理に興味を覚えたそうです。その結果、こんな術式を考案された、と。ええ、食べ歩きが趣味だったそうですよ。かなりの。で、自分でつくるところまで行き着いてしまったのだとか。

 …どうせここまでやるなら、料理の手順とかそういうものも術式にしておいていただけると楽だったのですけれどね。

 まあおかげで、旅の間の味付けには困りません。何しろ”香草”として扱われるもの全般が見出されますので、木の実ですとか草の実なんかも含まれるのですよ。ああ、あと、香草と薬草は紙一重なので、それも探し出せたりします。


「…とは言え、季節が違いますからねぇ……」

 見つけたものがまだ若かったり、既に盛りを過ぎていたりと、意外に使えるものは少なかったりします。まあそれでも、迷迭香まんねんろうが見つかったので十分ですね。先ほどのお肉と一緒に煮込めばよい香りの添え物になります。

 まあでも、これくらいですね。もっと広い範囲を歩けばいろいろと見つかるとは思いますが、長居するわけでもありませんし、戻りましょう。


「……お帰りなさい?」

「あら…ただいま、ですね」

 うっかり、外に居すぎたようです。うっすらと明るくなった程度の小屋の中で、お嬢さんが目を覚ましていました。けっこうぱっちりと、寝ぼけている様子もありません。


「すぐに、食事の用意をしますね。肌寒いですから、温まりながらお話ししましょう?」

 素直に頷くお嬢さんは、かわいいですね。

 とは言え、小屋にあった鍋を拝借してのスープくらいしか出来ません。旅の空ってそういうものですよね。


「え、白亜島? …たしか、観光地で有名な島ではなかったです?」

「うん。そこで両親が旅館やってて、手伝ってたの」

 料理をしつつ、情報収集です。たしか、土地の殆どが白亜の岩で、農耕地は三割程度。残りの半分は研究者たちが住み着く学術都市で、そこを訪れる人々を狙っての観光業が盛んな島だと聞いたことがあります。ええ、何れは行ってみようと思っていた地の一つですね。このお嬢さん、そんなところからかどわかされてきたんですか。この国の反対端のはずですけれど。


「…ご両親は、なんと?」

「すまない、って」

 まあ、そうなるでしょうねえ。お宿の評判に関わりますし、国策に反対なんかしたら旅館が潰れますし、従業員の生活もありますし。そういうしか、ないですよねぇ。


「あ、あのね、それは気にしてないの」

「あら、そうなんですか?」

「だって、旅って憧れてたし。強い人が一緒だから、いいかなって」

「勇者は別に、強くありませんよね?」

「あの、賢者のおじいちゃんとか、魔術師のお姐さんとか、強いの、ほんとにつよいの!」

「ああ…あちらなんですね」

 何でも勇者は、その島の神殿にある秘宝を受け取るために訪れて、お嬢さんを見初めたらしいです。まだまだ修行中の身で、いったんは王都へ帰らなければならないという話を聞いて、お嬢さんは同行を決めたそうです。

 でも、ですね。

 お嬢さんのいた島は、国の西端。ここは、東端に近い山脈のふもとです。…王都、通り越してますよね?


「騙されたの」

「え?」

 騙したですと? こんな可愛いお嬢さんを!?

 強制的に連れ出されただけじゃなくて?

 …万死に値しますね?


「すごく賑やかな町は通ったけど、首都だって言われなくて。宿で待ってる間に謁見とか、済ませたみたい」

「……そんな」

 そりゃね、言われなきゃ首都だと気づかないということはないとは言いません。いいませんけどちょっとお嬢さん、貴女も迂闊ですよ?


「寂れてたし」

「はい?」

「うちの島のほうが賑やかだったから、首都だなんて思わなかった。お宿は、うちより立派だなって思ったけど」

「あー……白亜島ですものねぇ……」

 国内屈指の観光地で、港を持っている商業地で、学術都市で。……そりゃあ、賑やかでしょうねぇ。これはちょっと、責められない……っていえいえ、ちょっとお待ちなさい。首都の名前くらい、知ってますよね?


「ずっと馬車だったから」

 …ああああああ勇者特権かあああああ!?

 あれですね、貴族に準ずる扱いを約束されるという、各国の協定ですね、それ。ああ、そうですか。身分証を出す必要もなく、勇者の随身ということで通ってしまうんですね。わかります、分かりましたよ、うらやましいです。

 だってわたし、元魔王なんですよ。特権ありの身分証明書はありますけれど、出したら居場所がばれてしまうから出せないんです。だから頑張って冒険者として登録して、身分証明書を手に入れましたのに。

 そうですか、あんな勇者にはそんな特権が与えられてるんですね……


「やっぱり、万死に値しますね?」

「いやいやいやいやイシュチェルさんそれは駄目だからあんなんでも勇者だから!?」

「まだまだ見習いじゃないですか。そんなうちから特権に慣れきった勇者なんて、ろくなものになりませんよ?」

 むう、とお嬢さんが押し黙ります。ですよねー、自分がされてきたこと考えたら、そうなりますよねー。


「さ、レリエルお姉さま。出来ましたから、食べませんか?」

「……本気なんだ、それ」

「何のことですか、お姉さま?」

 溜息をつく仕草も可愛いですね。

 ふふふ、そう、そうなのです。お嬢さんの名前と、お姉さま呼びを承知させたのですよ。

 いえね、必要なことではあったのです。勇者からの束縛術、それは一応解けたのですよ。というか、鏡の国を通した際に消えてました。ずいぶんいい加減な術だったみたいです。

 ですが、あくまで消えただけなので、また見つけられて掛けられてしまうかもしれません。もちろん、追いつかれる予定はありませんが? 万が一、ということもありますからね。

 わたしがお姉さまと呼び、レリエルがそれに答えることで、勇者の知るレリエル嬢ではないのだと認識を阻害するのです。それによって、レリエル嬢にかけられる術を妨害する。そういう術式が、魔王の知識に伝わってたんです。

 誰ですかね、こんな術式創ったの。いえ、歴代魔王の誰か、なんですけど、間違いなく。


「いただきます」

 こんなときでも礼儀正しいお姉さまは大好きですよ。


「美味しい」

 びっくりしたような顔が素敵です。

 ふふ、そうなんです。美味しいんですよ、けっこうね。

 わたしたち妖魔に食事は不要です。なのに何故創るか? それはもう、趣味としか言えません。まあ食料自体は、要らぬ疑いを抱かれぬようにある程度、新しいものを持ち歩く必要がありますから、それの処分を兼ねて、ですが。

 野草を探し出すのも、時には狩りをしたりもするのです。

 あ、堅パンて美味しいですよね。普通の旅人は汁物につけてふやかしながら食べるそうですが、わたしはあれ、齧るほうが好きなんです。カジカジすると、楽しいですし。


「イシュチェルさん……子供みたい?」

「あはは、身体に合わせて子供返りしちゃったみたいですね?」

 笑いながら答えて、でもジーっとお姉さまを見ます。見つめます。睨む一歩手前くらいの視線で、見つめます。


「…イシュチェル、ちゃん」

 あ、通じましたね。でも、応えません。


「……イシュちゃん?」

 それは何か、女の子の名前としてはいかがなものかと?


「…チェル」

「はい、お姉さま」

 がっくりとお姉さまの首が落ちました。うふふ、いいですね、チェル。ちぇる。はい、今からわたしは<チェル>です。彼らが来てもそう名乗りましょう。うん、決めました。

 イシュチェルはわたしの名前です。いちおう、冒険者としての身分証にもそう、かかれています。でもしばらくは封印ですね。何より、見た目が変わってしまいましたから使えません。使ったらやばいです。お手手が後ろに廻るほうの危険人物扱いされちゃいます。


「お姉さま、これからも食事はチェルにお任せくださいね、美味しいもの創りますからっ!」

 あー、とかうん、とかお姉さまが困ったように笑ってくださって。


「よろしくね、チェルちゃん」

「はい、お姉さま!」

 姉妹二人、王都への旅が始まります。



 さて食べ終わったものを片付けて、旅支度です。お姉さまに伺ったところ、荷物は本当に何もないのだとか。


「馬車の中にはあるんだけど、全部、勇者が買ったものとか、最初からあったものとか。わたしのものなんて、服くらい?」

 洗浄魔法があるからと、着替えも二日分程度しか持っていないそうです。勇者は着飾らせたかったけれど、お爺様が一喝したのだとか…さもありなん。気の毒ですね、あのお爺様も。

 まあでもそういうことなら、荷を取りに戻る必要もないでしょう。それなら……ちょっと遠回りになりますが、足が就きにくい方法で逃げましょうか。


「お姉さま、ちょっと窓を見ていてくださいな。面白いものをお見せしますから」

 ほらほらと窓に押しやって、外を見ていただきます。さて、行きますよ?


「術式発動――”窓は新しい世界への扉”」

 ああもう毎度ながら、使える術式ほどこういう発動句だというのがなんとも……!


「何も起きない…ってわ、わーっ!?」

 一瞬にして、窓の様相が変わります。正確には、人影がわかる程度の曇り硝子だったものが透明――いいえ、まったく違う景色を映すようになったのです。まあ、流石に別世界への扉ではないんですけどね。何でも、囚われの身から逃げ出すために編み上げた術式だそうで……発動句については、本人が後から赤面したとか聞いておりますが。


「さ、お姉さま。参りましょう?」

 窓を開き、その向こうに間違いなく同じ景色が広がることを見ていただきます。窓の桟に腰掛けて、お姉さまに手を差し伸べて。


「――うん!」

 とても元気に、お姉さまは応えて下さいました。

 さあ、新しい旅の始まりです。

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