第一章 その2
その昔、天は地上に庭を造ろうと考え、花の
花仙たちは自分の住まいを定めると、人間の中から代表としてそれぞれ一人の庭師を選び、自らの力を分け与え、
「以降、花仙によって選ばれた王が各国を治めるようになり、
そう説明するのは、黒い
彼の引き連れてきた部下たちは
燦逸は
「我が瑞湖国の建国は六代前、時の花仙に見いだされた英瑞王によってなされました。以来、一つの家が
花仙……天に
「あの、でも」
明遠は指を胸の前で
「あたしは片田舎の
「いいえ、
明遠様、なんて呼ばれて、当の明遠は
「遠、お前は惻隠王の血を
飛翔も今ばかりは
「飛翔は知ってたの?」
「ああ」
明遠は
「だって飛翔、あたしの父は死んだって」
「色々あって、今まで
飛翔は言い訳をしなかった。そういう人だ。
「お前の父は惻隠王だ。だが母は
飛翔の灰色の眼はずっと遠くを見つめている。明遠はそんな話、初めて聞いた。
「王宮も、明遠様の存在は
探し回ったのですよ、と、燦逸は
「瑞の花仙は、建国以来ずっと、英瑞王の血を引く王家の人間を
「はあ……」
「彼は言うのです。もう一人いるはずだと。英瑞王の血を引く者が、もう一人」
それが貴方だと、燦逸は無言のうちに
「ご母堂がどのような身分であれ、明遠様、貴方にも確かに、国父の血が流れている。そして次の花仙が明遠様を選んだ以上、惻隠王の次の
「ちょっと待って」
「父のことは本当だとしても……あたしが次の王なんて信じられるわけないでしょ。その、花仙とかいう……その人が選んだのは、本当にあたしなの?」
「
こっちの
「……これが何?」
「そりゃ花印だ、遠」
「カイン?」
「花仙の
「は?」
確かに、この痣が突然現れたのはちょうど惻隠王の
「花仙と正式に
「冗談じゃないわよ! 消えてほしいんだってば!」
明遠は左手の甲をごしごしこする。もちろん痣が消えることはなかった。
「何にせよ、明遠様には早急に王都にお出ましいただく必要がございます。このようなあばら家で、今までご苦労なさったことでしょう。王宮では何一つ不自由はさせませぬゆえ」
「お
「と、申しますと」
王の証? 王宮? そんなもの……ちっとも欲しくない。
「十五年間、自分のこと、ただの庶民だって信じて生きてきたのに、急に王になれなんて……あたしには無理です!」
そう
「こら、遠!
「明遠様!」
燦逸がすぐに指笛を吹き、庭を警備している部下に指示を出す。
「お止めしろ!」
号令と共に、
「くそっ、すばしっこい!」
明遠は動きを止めず、飛びかかる男たちの
「何なんだ、このお方は!」
自分の
飛翔は明遠の置いて行った
「だから言ったろ、うちの
「猿というより
「お前、ちょいちょい失礼だよな」
半刻後、阿備村を見下ろす高台に、明遠はいた。日は
美しい光景だと、明遠は思う。けれど、どれだけ美しくとも、冬は雪に
貧しい村だ。わずかな
新王
ふるふると首を
と、
飛翔はしばらく
「創建記第一巻、二章の二」
明遠は
「英瑞王
明遠はすらすらと
「あたしには無理。庭の花だってまともに育てられたことないのに」
国土を耕し、民を咲かせるなんて。
飛翔は黒い土を手のひらから
「遠、いくら母親の知り合いだからって、俺が
「……」
「お前がいつか王宮に帰るべき人間だからだ。瑞湖王になる可能性のある人間だからだ」
そう言う飛翔は、まるで
「お前を預かった日から、俺はお前を家族として守ると決めた。何もかもこの日のためだ」
「家族? 残念だけど、あたしの定義では、こんな大事なこと今日までずっと黙ってた人のこと、家族とは言わないわ」
「俺の定義でも、これまでの恩も忘れて生意気な口きく
明遠は俯き、額に零れる
「あたしは、今の暮らしで十分なのに……」
これ以上を望みはしないのに。王宮に帰りたいなんて思わないのに。どうしてこのままでいられないのだろう。
「遠」
飛翔は
「ここで待ってても、
「……」
長い長い沈黙。太陽は最後にぎらりと強い光線を放ち、玉游山脈の向こうに
「……飛翔もついて来てくれる?」
「そうなるだろうな。俺も元々は王宮にいた人間だから」
「そうだったの」
知らなかったと思うたび、傷が増えて行く。明遠はしかし、いつまでもうじうじ
「分かった。王宮に行く」
「いい子だ」
飛翔は大きな手で明遠の頭を
「どこの誰だか知らないけど、その
「帰ってくるつもりなのか、お前は」
飛翔はため息交じりに言うけれど、だって明遠はまだこのとき知らなかったのだ。天命の重さも、この国の病も。彼に出会うまでは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます