第一章 その1
「
厳しい冬の寒さが
いつもなら昼時にはごった返す宿屋の食堂も、今はがらんとしている。
「えい……ずい……」
大きな
「えいずいおう、いわく、国は……えっと」
「国はこれ庭」
そしてその
彼女の名前は
「英瑞王曰く、国はこれ庭、民はこれ種。
英瑞王は瑞湖国建国の父。山間で
創建記と呼ばれる英瑞王の語録は、学のある者なら
「遠、
宿の女将に声をかけられ、明遠は立ち上がった。
「だってあんまり
「
女将は両手を
「ま、暇なのは否定しないけどね……。あの旗のせいで、商売になりゃしない」
女将が見つめる先、窓の外の
「
「次の王が
この宿の客の大半は、不顧峠を
「だけどね、遠。いくら暇だからって、坊に勉強なんてさせても
女将は
そもそも、不顧峠を越えるのは決して楽ではない。特に冬場は雪が深く、
それでも旅人たちがここを通るのは、北の大国・
女将は坊を
「ところで遠、どうしたんだい、その
「え? ああ、これ?」
明遠は左手の
「ちょっと前に急にね。どこかにぶつけたのかな。もう二週間くらいずっと治らなくて」
「まったく、
女将がそう
「遠、あんたもそろそろ
「だからその話は……」
女将は明遠に口を
「うちの客の中には、あんたを気に入ってくれる人もちょくちょくいるんだよ。覚えがないわけじゃないだろ」
明遠は答えず、後ろ手に
「荒っぽい連中だが、稼ぐことは確かだよ。悪い話じゃないと思うけどね」
「冷たいなあ、
明遠がお茶を
「あんた、これからどうしていくつもり?」
「どうって?」
「ずっとこうやって暮らしてるわけにもいかないだろ」
「別に……今の暮らしで不満はないけど」
食べて行ける程度に働いて、退屈しない程度に村の人たちと
「あたしは今のままで十分幸せだよ」
「ああ、そんなことを言いにきたんじゃなかった。遠、今日はもうお帰り」
「えっ、半休?」
減る給金を計算し始める明遠に、女将はこう告げた。
「どうも客みたいだよ、飛翔先生のところに。帰った方がいいんじゃないのかい」
「飛翔に……客?」
それは大ごとだ。
宿場町のある通りから少し
「……やっぱ、
「遠、何してる。早く入れ」
庵の中から飛翔の声。ばれていた。明遠は
「帰りました……」
土間の奥の
「飛翔に客が来てるみたいだって、おかみさんが」
「ああ、茶も
「はあ……?」
客に出す茶を客自身に買いに行かせるという暴挙。よく
「それと、俺の客じゃない。お前の客だ」
「あたしの?」
明遠は
「悪い知らせと、もっと悪い知らせと、さらに悪い知らせがある。よりどりみどりだ。喜べ」
「喜べるか!」
明遠はいきり立って
「知らせって?」
飛翔は煙管の
「一つ目。
「……それは、知ってるけど」
村中に翻る弔旗が、瑞湖国六代国王・惻隠王の崩御を告げている。まだ若かったはずだが、
「だけど、あたしと関係ある?」
「大ありだ」
飛翔は短く言うと、煙管を置き、腕を組んだ。そして明遠をまともに見る。いつも半目だから目立たないけれど、飛翔の
「二つ目」
明遠に息を
「お前は、惻隠王の娘だ。つまり瑞湖国の公主」
「………………は?」
たっぷりの
「そして三つ目」
「え? 説明なし? え?」
混乱する明遠をよそに、飛翔は口にする。彼女の運命を左右する、三つ目の知らせを。
「新しい
明遠は丸い
「ってことで荷物をまとめろ。明朝王都に出発だ」
飛翔はと言えば、話は終わったとばかりに、読みかけの書を広げ、また煙管をぷかぷかやり始める。明遠は頭痛を
「ちょ、ちょっと待って。……
「こんなつまらん冗談を言うためだけに、はるばる王都から客がやって来ると思うか? 表に
「
条件反射で
「あたしが……次の王?」
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