序章

 水面に一つ、しずくが落ちて、ささやきに似た静かなもんを広げる。

 そうして、花びらが開くように、音もなく彼は生まれ、

 ──生まれたときには知っていた。


 彼がすいれんであること。その役目。

 そして、彼が運命を共にする人のことを。

 けれど、彼が生まれた城の中に、その人はいなかった。


 弓のような月が満ち、また欠けて、半月になるまで。

 冷たい微睡まどろみ揺蕩たゆたいながら、彼はその人を待ち続けた。

 いまだ見ぬその人を、ひたすらおもい続けた。

 一人の夜は長くとも。

 明日は遠くとも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る