「黄帝珠って何なんですか?」

 夕刻、総統の屋敷へ最初に到着したのは、さよ子さんと鈴蘭さんだった。


 さよ子さんは初っ端から、普段以上にテンションが高かった。「おかえり」と出迎えた理仁くんの前で甲高い声を上げて、はしゃいだ。


ひと先輩って、ほんとにカッコいいですね! 噂以上っていうか。ねえ、鈴蘭!」


 鈴蘭さんもそわそわしていた。

「イ、イケメンがそろってるって、いいですよね。海牙さんもすごい美形だし!」


 次に姿を現したのは、瑠偉だ。

「海牙、無事か? って、さすがに顔色悪いな。飯はちゃんと食えたか?」


 ぼくが応対するより素早く、さよ子さんがテンションの高いままで瑠偉にまとわりついた。


「瑠偉くん、じゃなくて、瑠偉さん! 昨日はあんまりしゃべれなくて残念でしたっ。ものすごーく誉めてる意味で言いますけど、若く見えますよね! カッコかわいい美少年ですよねっ!」

「いや、あの、とりあえず、どうも」


 どこか達観した印象の瑠偉が、珍しくたじたじになった。

 そうこうするうちに、真打ち登場。大型バイクを飛ばして、ライダースーツ姿のあきらくんが到着した。


「悪い、遅くなった」


 ヘルメットを小脇に抱えた姿は、男の目から見ても格好いい。

 さよ子さんと鈴蘭さんが真っ赤になって騒ぎ出した。煥くんのそばに寄っていくわけじゃない。ちょっと遠巻きな距離感で、キャーキャーと。


 ぼくは白けてしまった。

「非常事態だとわかってるんでしょうか?」


 理仁くんが笑った。

「ま、沈んで無気力になっちゃうより、全然よくない?」


 煥くんが顔をしかめて、銀髪をクシャクシャと掻き回した。

「よくねぇよ。普段よりひでぇ扱いだ。何考えてんだ?」


「たぶん、わざとでしょ。さよ子ちゃん、昨日は泣いてたもん。何もできなかった、って」


 昨日というのは、ぼくと煥くんが意識のない状態で総統の屋敷に回収されたときだろう。

 瑠偉が理仁くんに同意した。


「安豊寺さんだっけ? あの子もね。実際に現場にいたのに、自分ひとり何もできなかったって。自分の能力は戦闘の役にも立たないって。すげぇ落ち込んでた」


 だから、自分たちにできることを探した? せめて士気を落とさないように、無駄に元気なふりをしている?


 煥くんが口を開いた。でも、言葉がうまく見付からなかったようで、黙って。それからどうにか、ため息混じりにつぶやいた。


「無力なのは全員だった」


 来客用の、会議室を兼ねた食堂に通された。和洋折衷な屋敷の中で、この部屋は完全に洋風の内装だ。

 総統はすでにそこにいた。


「皆さん、よく来てくれたね。話が一段落したら夕食を運ばせるよ。きみたちが疑問を投げ掛けてくれたら、私が答える。そういう席にしよう」


 大きな円卓を、全員で囲む。四獣珠の預かり手の四人。総統と、さよ子さんと、瑠偉の三人。ぼくの左隣には理仁くん、右隣に瑠偉が着席した。


 総統が理仁くんを気遣った。

「視界には慣れたかい?」


「転ばずに歩けるようにはなりましたよ」

「自覚する以上に負担が掛かっているはずだ。くれぐれも、無理はしないようにな」

「は~い」


 誰から話す? と目配せし合った。


 ぼくは玄獣珠の鼓動を胸元に感じながら、言葉を出せずにいる。思考がまとまらない。下手に強い思念をいだけば、全部洩れ出てしまいそうで怖い。ぐしゃぐしゃに疲れた精神状態のまま、議論を放棄しようとしている。


 瑠偉がテーブルの上にタブレットPCを載せた。軽く身を乗り出して、理仁くんのほうを見る。


「じゃ、おれから話していい? まず確認したいんだけど、理仁」

「ん? 何?」

「襄陽学園の理事長やってる長江って男、あんたの親父さん?」


 理仁くんが瑠偉を見て、肩をすくめて笑った。


「バレちゃってんだ? せっかく隠してたのにな~。そうだよ。あのバカがおれの親父さんだよ」


 鈴蘭さんが目を丸くした。


「バカって、どういうことですか? 理事長先生は、お若くてスタイリッシュで、お話もおもしろいし、女子の間ではけっこう人気なんですよ」


 理仁くんは少しも楽しくなそうに、声を上げて笑った。


「外ヅラはいいからね、あの人。でも、すげーバカ。襄陽学園って、何度も経営危機に陥ってんだけどさ。そのたびに何やってるか、わかる?」


 瑠偉が短く答える。

「奇跡的すぎるよな」


 昼間に理仁くんと交わした会話を思い出す。祥之助が自分の父親だったら、という例え話。


【朱獣珠に願いを掛けて、経営危機を脱出】

「うん、海ちゃんの予想で正解。でもまあ、詳しく話すことでもないでしょ?」


 きちんと聞きたい気もする。でも、話の流れに直接関与しないなら、今は聞く必要がない。瑠偉は、必要ないと判断したらしい。タブレットPCに表示したメモパッドを、指先でざっと流した。


「宝珠は数十年間、使われてなかった。少なくとも、総統がご存じの宝珠は全部、眠ってた。唯一の例外が朱獣珠だ。この十七年間で、おれにわかるだけでも六回、長江家や襄陽学園に経済的な奇跡を起こしてる」


 理仁くんが軽く両腕を広げてみせた。六回なんてもんじゃない、と無言の笑顔が告げている。

 眠っているべき朱獣珠が活動させられている。それが四獣珠すべてを呼び起こしたんだろう。そう言った瑠偉の予測は、ぼくと理仁くんの昼間の見解と同じだ。


 鈴蘭さんが眉をひそめた。


「でも、今、朱獣珠は長江先輩がきちんと管理しているでしょう? それに、問題になっているのは、文天堂さんの黄帝珠です。わたしは、四獣珠のことは母から聞いて知っていました。ただ、五番目の色を司る宝珠があるなんて、母も知らなかった」


 母が先代の青獣珠の預かり手だったんです、と鈴蘭さんは付け加えた。

 瑠偉がまた口を開いた。


「黄帝珠の出所は、たぶん、文天堂家の蔵ん中だ。あの家、けっこう古くて由緒正しいらしい。昔は奇跡のチカラを操ってたとか何とか、伝説があるしな」

「それじゃあ、瑠偉、なぜ今さらになって、そのチカラが再び表に現れたんです?」


 疑問を発したぼく越しに、瑠偉は理仁くんを見据えて言った。


「襄陽の長江理事長が、この一年間、宝珠のことを調べまくってた。派手な動きだったおかげで、あっという間に足取りがつかめたよ。三月に長江理事長が文天堂家を訪ねてる。文天堂家に宝珠があるはずだから譲ってくれ、って」


 文天堂家は「宝珠はない」と答えた。「破壊された」という記録を持ち出して、長江理事長を納得させたらしい。その記録を撮影したデジタルデータを、瑠偉は入手済みだった。地元の地方大学のライブラリに、件の古文書の写しがあったんだ。


 筆書きで、漢字とカタカナの交じったものだ。紙の材質も古めかしい。何となく、戦前のものだろうかと感じた。


 四獣ノ預カリ手、ナラビニ吾ヲ責ム。

 黄帝珠、四ツニ割レ、沈黙セリ。


 朱い墨で、重要な箇所に傍点が打たれている。そこに書かれていたのは、四獣珠と黄帝珠、四人の預かり手と文天堂家当主の対立構造だった。


 入手した記録をひととおり読んできた瑠偉が、簡潔にまとめた。


「実際のところ、記録にあるのは破壊って表現じゃない。四つに割られたって書いてあるんだ。そして、紛失や消失とは書かれてない。で、実際、文天堂家のどこかに、割れた状態の黄帝珠があったんだろう。それを祥之助が見付け出して使い始めた」


 三月に祥之助が長江理事長の訪問を受けて黄帝珠の存在を把握し、発見した。そして、黄帝珠と意志を交わして、チカラを振るい始めた。とすれば、コンの抜けた動物の出現時期と一致する。


「瑠偉、その黄帝珠って何者なんです?」

「さあ? そこまでは調べられてねぇよ」

「四獣珠と黄帝珠が対立した理由も、書かれてない?」

「ないけど、一般的に考えて、黄帝珠の預かり手が悪いことしたせいじゃねぇの? 今、おれらがこうむってる迷惑と同じことを、昔の黄帝珠の預かり手もやらかした」


 宝珠の預かり手が冒し得る禁忌。過分な願いをかけたんだろうか。それとも、邪悪な願いを?


「しかし、この短時間でこの情報量、よく調べましたね」


 瑠偉は得意そうに、鼻をひくつかせた。

「ネットの住民は噂話が好きだからな。いい具合に話題をあおってやれば、情報は集まるよ」


 総統がおもしろがるように眉を掲げた。

「ほう、ネットでこれだけのことがわかるのか」


「わかるんですよ。掲示板であおるのと、SNSやネトゲで直接絡むのと。それぞれ、使ってる世代が違うんで、調べたい情報によって使い分けるのがコツですね。友達の友達の友達までたどれば、関係者本人か近親者に行き着けます」

「すごい時代だね」


「でも、ネットで個人情報の収集って、イヤな作業ですよ。ディスったりアジったりするたびに、自分がすり減る感じがする。ネットは、自分が楽しめる範囲でゲームするために使いたいもんです」


【ゴメン、瑠偉】


 とっさに洩れた言葉に、瑠偉がキョトンとした。気まずい。申し訳なく思っても、普段は言えずにいるから。


「えっと、いや……瑠偉には、苦労ばかり掛けていて。わかってるんですよ。その……甘えて、頼りきりで、ゴメン」


 うつむいたぼくに、瑠偉と反対側から手が伸びてきた。思わずビクリとする。理仁くんがぼくの頭を撫でた。


「姉貴も言ってたけど、海ちゃんって、いい子だね」

【いい子じゃない違うひねくれてるリアさんを助けられなかった無力だったリアさんリアさんぼくは無力だっ……】


「ああぁぁっ、もう、弱音とか! そんなの言っても仕方ない! 本題に戻しましょう。黄帝珠って何なんですか、総統?」


 頬に熱が集まっている。クールなふりが全然できない。こんな状態で格好をつけても、かえって滑稽だろう。


 総統は、ぼくの問いに対して、謎かけのような答えを出した。


「四獣珠は元来、物事に備わる四つの『特徴』を司っている。最もわかりやすいのは、方位だろう。東、南、西、北が、それぞれ青、朱、白、玄。さて、その四点が同一平面上に正方形を為している。対角線を引いてみたくならないかね?」


「その正方形の対角線の交点が、黄帝珠だということですか?」

「古来、『中華』という言葉があるだろう? 中華の色は、黄土の色、すなわち黄だ。四方の四色に囲まれた中央に、黄色が規定される」


 煥くんが眉間にしわを寄せた。


「何となくだけど、あの黄色は、白獣珠より強い気がした。真ん中だからとか、帝を名乗ってるからとかじゃない。妙な人間臭さが、あれにチカラを加えてる感じがした」


 総統が、ほう、と目を見張る。


「煥くんは鋭いね。どうしてそう思うのかな?」

「直感」

「なるほどね。きわめて正確な直感だ」


「あれが後からできたんだろう? 先に四獣珠があって、チカラの交点に、あれが生まれてしまった」

「そのとおりだ。中央は、流れから取り残されて淀みやすい。そんな性質がある。そしてもう一つ、方位のほかに、四対一の組み合わせを挙げよう。人間に備わる感情を表す四字熟語は、何だ?」


 質問に、さよ子さんが挙手して答えた。


「喜怒哀楽!」

「では、もう一つ、人間の中にある強い感情を挙げるとすれば?」

「恋!」

「さよ子、少し黙っていなさい」

「恋じゃないの?」

「残念ながら、そうキラキラしたものではないよ」


 理仁くんが答えを出した。


うらみ、でしょ?」

「正解だ、理仁くん。知っていたのかい?」

「いや、それこそ直感ってやつ」


 方位にも感情にも、四獣珠が司る色がそれぞれ与えられている。

 喜は青、東方や春を示す色。

 怒は白、西方や秋を示す色。

 哀は玄、北方や冬を示す色。

 楽は朱、南方や夏を示す色。

 そして、怨は黄色だ。人とチカラの集まりやすい中央に、濃く淀んでたまる感情。


 でも、ぼくには少しわからない。

「怒りや哀しみと、怨みの違いは何ですか?」


 人は何かを怨むことなく、怒ったり哀しんだりできるのか?

 瑠偉が素早くタブレットPCをいじった。辞書を引いたらしい。


「怒や哀と怨の違いは、外に出るか内にこもるか、だ」

「じゃあ、純粋な怒りや哀しみって、難しいな。ぼくはそんなに正直じゃない。内に閉じ込めて、怨みにしてしまいますね」


 瑠偉がニヤッとした。


「海牙、おまえ、すげぇ正直だぞ。素直じゃないところはあるけど、少なくとも、怨んだりたたったり呪ったりするキャラじゃねぇよ。おれが保証する」


 さよ子さんが大いに賛同した。


「確かに! 海牙さんって、すぐ顔や態度や言葉に出ますよね。リアさんのこと好きなのも丸わか……」

「【意味のわからないことを言わないでください!】」


 思念と肉声で同時に叫んだ。


「海ちゃん、真っ赤。やっぱ、すっげー正直」

「からかわれることに慣れていないだけです」


 総統が噴き出して、笑いがみんなに伝染した。

 ああ、もう。最悪だ。ぼくまで笑ってしまいそうになっている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る