「聞くなぁぁあぁああああっ!!」
黒い戦闘服の男たちは、姿が確認できる範囲だけで十八人。麻酔銃を手にしている。警棒やスタンガンの装備もある。
「海牙、寄れ!」
ぼくはリアさんを抱えて、煥くんの背後に跳ぶ。煥くんが両腕を真横に広げた。手のひらからチカラがほとばしる。
空間が白く発光した。瞬時に、合同な正六角形の光の板が多数、整列しながら出現する。整然とした平面充填。白い光がハニカム構造のドーム状になって、ぼくたちを覆った。
黒服が麻酔銃を構える。祥之助が、撃てと命じる。銃声。銃弾はむろん、
ぐるりと見渡した
【とりあえず十八人ね。武装解除せよ! 麻酔銃だけじゃなくて、持ってる武器、ぜーんぶ捨てろ!】
硬いものが人造大理石の床に落ちる音が、連なって響いた。一人あたりの装備で、一体いくらかかっているんだろう?
鈴蘭さんが眉をひそめた。
「銃刀法違反です。あんな刃渡りのナイフ、どこで売ってるんですか?」
「ネットでいくらでも買える」
「煥先輩、何で知ってるんですか!」
「関係ねぇだろ」
【黒服の皆さん、素直だね~。お坊ちゃまのお
「おまえたち、ボクの指示を……!」
わめき出す祥之助を尻目に、黒服が武装解除していく。
リアさんがぼくの両肩を押した。
「ちょっと、海牙くん、いい?」
「はい」
「下ろして」
「……すみません」
リアさんを抱えたままだった。いわゆる、お姫さま抱っこ。離れていって初めて、リアさんの体のしなやかさを実感する。いい香りもしていた。
理仁くんの全身からチカラが豪快に噴き出して、風のようなものを発生させている。朱くきらめく目が、凄味のある笑みを浮かべて祥之助を見据えた。
【お坊ちゃまに通告】
「ふざけた呼び方をするな!」
【この状況、おれらの勝ちでしょ? 解放してくんない? それとも、もっと痛い目に遭いたい?】
「調子に乗るな! この程度で、おまえらの勝ちだと?」
【今んとこ、おれらは守りに徹してる状態だけど、攻めに転じてもいいんだよ。海ちゃんとあっきーの攻撃力、そのへんのおっさんたちとは比べ物にならないんだから。きみ、いじめられたい? 痛いの大好きな体質?】
「侮辱するのもいい加減にしろ!」
【何ていうか、きみのセリフってベタすぎない? もうちょっと気の利いたセリフ、出せないの? 文章力的に、そのへんが限界?】
「うるさい! ボクの文章力にケチをつけるな!」
顔を真っ赤にした祥之助の頭上で、バチリと、黄金色が爆ぜた。
その瞬間、ぼくは
祥之助は笑って、黄金色の「彼」を呼んだ。
「きみの出番だ。ボクらのチカラを、やつらに思い知らせなきゃいけない。ボクはきみに願いをかける。きみは代償を食らって、存分にチカラを発揮するんだ」
リアさんと理仁くんが顔色を変えた。理仁くんの力場が、ビリビリと、帯電するように気迫を増す。
【ナメた真似、すんなよな……!】
黄金色の宝珠が、ざらざらした声を上げた。笑っているんだと、一拍遅れて気付く。感覚神経を汚い爪で引っ掛かれるような、あまりにも不快な声だ。
【祥之助よ、
宝珠がしゃべった。
バカな。
玄獣珠にも意志があるようには感じられる。ただ、ぼくが知覚する玄獣珠の意志は、原始的で未学習の人工知能のようなものだ。快と不快はある。為してはならないことへの本能的な抑制もある。呼べば応える。ただそれだけ。
でも、あの黄金色の宝珠は、それ以上に明確な意志を示している。玄獣珠が熱を持って暴れるくらいに不快な人格を有している。
【我が声に驚くか、四獣珠の預かり手どもよ。無理もない。四獣珠は低能だ。会話すらままならぬのだからな】
煥くんが吐き捨てた。
「会話できるから何だって? てめぇの不愉快な声、聞いてるだけで苦痛だ」
【無礼な輩よのう、白虎。この
黄帝珠。
聞いたことのない名前が、スッと頭に入ってきた。おそらく、玄獣珠のチカラだ。玄獣珠はあの黄金色の宝珠を知っている。
祥之助が高笑いした。
「黄帝珠、可能な範囲でいいよ。ボクの願いを叶えて。でも、ある程度はやれるんじゃないかな。代償は、相互に作用させるから」
【何を願う?】
「あいつらのチカラを無効にする。朱雀の
願いは、理仁くんのチカラを奪うこと。代償は、ぼくのチカラ。
単純にして効率的な構図だ。ザアッと血の気が引く音を聞いた。
やめろ、と誰かが叫ぶ。聞き入れられるはずもない。
【承知したぞ、祥之助!】
黄金色の光が指向的に伸びる。避ける暇なんかない。白い光の障壁がパキンと割れる。
射抜かれた。衝撃が体を突き抜けた。
冷たい。ひどく冷たい何かによって体が侵蝕される。肌の下を、血管の中を、無数の冷たい虫が這い回るかのよう。
「ああぁぁぁああっ!」
おぞましさに、叫ぶ。
理仁くんが、震える全身を抱えて床に膝を突いた。
冷たい虫の大群に神経を冒されていく。脳に入り込まれる。猛烈な不快感。吐き気がする。ぼくは頭を押さえて目を閉じる。
やめろ。来るな。出て行け。
平衡感覚が消える。床に倒れ込んだのがわかる。痛みが遠い。
ぼくのチカラを、侵入したチカラが、剥がして奪い去ろうとしている。ぶちぶちと神経細胞が引き千切られるような感触。意識が飛びそうになる。必死でしがみ付いている。
怖い。
これこそが自分だと信じてきたものがすべて犯されて壊される。
ただただ怖い、怖い、怖い。
【……ああ、この程度が限界か。仕方あるまい】
ざらざらした声が脳内に響いた。
ばちん!
衝撃とともに、引き剥がされたモノがある。飛び込んできたモノがある。それきり、しんとする。全身の内側にうごめいていた冷たい虫の大群も消えた。遠ざかっていた意識が次第にハッキリしてくる。
ぼくは目を開けた。
「何だ、これ……」
視界に情報が足りない。圧倒的に足りない。
怖い、と思った。
その瞬間。
【見えない怖い足りない数値が消えた怖い消失した数字がない欠落したチカラがない距離が取れない立てない痛い痛い体を打った見えない見えない見えない計算したい数字がほしい何もない玄獣珠が騒ぐぼくのチカラが消えたこれじゃ動けない見えない見えない見えない見えない見えないどうしてこんなことになったイヤだイヤだ観測できないイヤだ情報が足りない怖い怖い怖い怖い見えない助けて立てない式を立てないといけない助けて助けて安定しない怖いチカラがない!!!!!】
思念が奔流する。止められない。
ぼくの思念の声が膨大なエネルギーを伴って、ぼくは口を開いても喉を震わせてもいないのに、勝手に流れ出ていく。凄まじい大音量で響き渡る。
【どうしてなぜ何が起こったぼくの声が勝手に勝手に勝手にイヤだやめてくれ流れ出てしまう声が聞かれる違う響かせたいんじゃない聞かれたくないどうして勝手に声が聞かれてしまうどうしてどうしてどうしてどうして違うぼくはただ考えてしまうだけ誰か助けてテレパシーじゃないんだこれは号令じゃないんだ何が起こったイヤだ聞くな聞くな聞くななぜどうして何があった聞かないでぼくのチカラはどこに行った情報が足りない怖い怖い見えないこのチカラは何だ何だ何だ?????】
大音量の思念の声は、意識を直に殴り付ける衝撃波だ。
耳や頭を押さえて、この場の皆が倒れ伏す。
皆の苦痛の表情。でも、ぼくには為す
【何が起こってこうなったなぜぼくの声がこうなったぼくの視界はどこに行った怖い見えない聞かないでくれ黄帝珠のチカラが発動したのか祥之助の願いが叶ったのかでも違うチカラはあるぼくのではないチカラがここにある怖い怖い怖い見えない見えない見えない願いで消されたはずの理仁くんの声がぼくにあるチカラは消されなかった黄帝珠は不完全だチカラは保存された理仁くんのチカラがここにあるここにあるこれが理仁くんのチカラだそれならまさかぼくのチカラが彼に?????】
床に膝を突いた理仁くんが、愕然と目を見開いている。
自分の手のひらを注視しながら、まるでぼくの声すら聞こえないような様子で。
「何なんだよ、この、うじゃうじゃした数字……」
チカラが入れ替わった?
【不完全だ不十分だでも条件は満たしている理仁くんはチカラを失ったぼくのチカラと相互作用した怖い怖い怖いぼくの視界を返してこんなんじゃ立てない見えない見えない計算できない動けない情報が足りないああ声が聞かれるこの声をどうしたらいいどうしたらいいどうしたらいい止められない止めたい声が抑え切れない声が声が声が勝手に思いが洩れてしまう考えると全部声になる考えるだけで全部聞かれてしまうどうすればいい怖いやめて聞くなイヤだ怖い怖い怖い!!!!!】
思うだけ、考えるだけで、声になってしまう。すべてを聞かれてしまう。
テレパシーの指向性の制御ができない。衝撃波めいた大音量も、まったく調整が利かない。
混乱が加速する。指先が冷えて脚が震えている。体力がすべて声に奪われて、吸い尽くされそうな勢いで発散されていく。
【ダメだ止めなきゃこのままじゃまずいできないできないできないぼくのチカラを返せ見えない怖い誰か助けて止めて声が止まらない誰か止めて声を聞かれたくない聞くな聞くな聞くな体力が奪われるめまいがする止めないといけない声が止まらないイヤだ聞くなのぞくなぼくの思考に介入するな聞くなやめろ声を止めたい止まらない止まらない助けて情報が足りないぼくの声を聞くな聞くな聞くな命じ方もわからない声だけが流れ出る誰か止めて助けて怖い怖い怖い助けて!!!!!】
怖い。
未知のモノが体の中にある。ぼくはそれを制御できない。追い出すこともできない。
ぼくはただ
【誰か誰か助けて助けて怖い怖い怖い怖い聞くな止めたいイヤだイヤだ意識を失えばいいのかいっそのこと力尽きればいいのかイヤだ怖い怖い怖いどうすればいい誰か止めてほしいダメだ解決できない声を聞かないで思考をのぞかないで止まらない止めたいイヤだチカラを返してぼくのチカラを返して情報が足りない見えないこれはほしくないぼくの声を聞かないで勝手に流れ出る助けて制御できないできないできないできない不可能は怖い未知は怖い情報がほしい怖い怖い!!!!!】
あまりの恐怖に喉が干からびて、肉声を出すことができない。なのに、思念の声だけが凄まじい悲鳴を上げ続ける。
自分の体が自分のものじゃないみたいで、それが怖くて仕方ない。
「海牙くん!」
肩をつかまれて、揺さぶられた。いつの間にか頭を抱えてしゃがみ込んでいたぼくを、正面から見つめる人。
【リアさんダメだ聞かないでイヤだ触れないでリアさんの手が肩に触れているダメだ無理だ怖い怖い怖い助けて声を聞かないで助けて怖い助けて見つめないで見ないで助けて触れないで触れたい触れたいぼくは壊れそうだ怖い怖い怖いぼくの醜い感情があふれてくるキレイな人だ聞かないでさわりたい聞かないでリアさんリアさん助けて離れてぼくを見てイヤださわりたい怖い肩に触れているダメだもっと触れてほしいダメだ聞かれたくない聞いてイヤだ助けて離れて助けて!!!!!】
リアさんがぼくの手を取る。髪を撫でる。
「海牙くん、落ち着いて。大丈夫だから」
ダメだ。
ぼくはこんなに混乱しているのに、近付いちゃダメだ。
ひどく素っ気なくシンプルな視界の真ん中にリアさんがいる。
体が動かない。頭がおかしくなる。
【離れて離れて離れて感情が暴れるさわりたい今はそれどころじゃない触れたい触れたい近くにいたい離れていい匂いがするダメだもっと近くに来て考えちゃダメだおっぱいリアさん触れたいリアさん離れて離れて離れておっぱいぼくは失望されたくない触れたい近くに来ないでキレイな人さわりたい聞かないで唇が近いダメだぼくに触れて聞かないでぼくだけを見て聞かないで触れたいダメだもっともっともっとダメだ触れたいダメだ助けてダメだダメだ離れて離れて離れて!!!!!】
リアさんが左手でぼくの右頬に触れた。
ダメだと言っているのに。
リアさんの右手が、ぼくの右手をつかんでいる。ぐいっと引かれた。
「やめてくださ……っ!」
ぼくの右手がリアさんの胸に押し当てられた。
ごく薄い生地のブラウス越しに、下着の上から。それでも、とても柔らかい。手のひらいっぱいに重みを感じる。
ぼくの体には備わっていない、想像もつかなかった柔らかな感触。
【柔らかいさわってしまったやりたいもっともっと柔らかいすごいおっぱい興奮するもっとさわりたいおっぱいすごいすごいおっぱい気持ちいいしたいさわりたいおっぱい手ざわりが最高だやりたいもっともっともっともっとさわりたい押し倒したい触れたいほしいほしいほしいしたいおっぱい柔らかいやりたいもっとおっぱいたくさん知りたい見たいさわりたいさわりたいやりたい犯したい柔らかい見たい襲いたいやりたいもっともっともっともっともっともっ……】
ぼくは絶叫した。
「聞くなぁぁあぁああああっ!!」
声が、止まった。
静寂。
わかった。壁の作り方がわかった。
思念を外に逃がさないための壁。声を聞かれないための術。
そうか。
こんなふうにしないと、人は無防備で、何もかも聞かせてしまうのか。思念のすべてを聞かれてしまうのか。
自制って、できているようで、できていない。思念も感情も欲望も、少し特殊な環境下では簡単に流出する。
「ごめんなさい……」
誰に何を謝っているのか。
チカラを使いすぎた。体力が底を突いた。体勢を保っていられずに倒れ込んだら、リアさんに抱き止められた。ゆっくりと床に降ろされる。
【リアさん……柔らかい、あったかい……】
また少し思念が洩れてしまった。
煥くんが無理やり立ち上がるのが見えた。鈴蘭さんがぼくのそばに這ってきた。
「外傷はない、ですよね? すみません、わたし、疲労は治せないから」
理仁くんが立とうとして、ふらつく。目を覆って呻いている。
祥之助がブザーを鳴らした。室内の黒服は動けずにいる。どこからともなく、別の黒服が現れる。数えられない。この程度の数を情報として処理するのに時間が必要だなんて。
ぼくは立ち上がれない。意識が遠のきかけている。
鈴蘭さんが、あっ、と声を上げた。
「何、これ? 青獣珠なの? 守ってくれるの?」
ぼくにもわかる。胸元にある、自分のものではない鼓動がハッキリと聞こえる。
【玄獣珠が、温かい】
四つの意志が働いた。思念を交わすのが感じられた。
――人間への積極的な干渉は、よろしくない。
――だが、致し方あるまい。
――黄帝珠を野放しにはできぬゆえ。
――因果の天秤に、均衡を。
チカラに包まれた。異物を排除する、自分だけの空間だ。四獣珠がみずからチカラを発揮しているんだと、ぼくは直感的に理解する。
煥くんがあせった声を上げた。
「余計なことするな、白獣珠! オレは平気だから、自由に動かせてくれ! じゃなきゃ、リアさんが危険だ!」
リアさんには、そうだ、四獣珠の守りがない。
ぼくは必死で目を開いた。
うっすらとした黒い膜が卵の殻のようにぼくを包んでいる。半透明な向こう側で、動けない理仁くんも、白獣珠を握りしめた煥くんも、立ち尽くした鈴蘭さんも、それぞれ膜の中に閉じ込められている。
祥之助が命じた。
「その女を人質にしろ!」
やめろ。彼女に触れるな。
黒服の男たちがリアさんに殺到する。リアさんが抵抗して、最初の二人を蹴り飛ばす。数にはかなわない。たちまち腕をとらえられて、自由を奪われる。
【リアさん、リアさん……!】
煥くんが自分の膜を破って飛び出した。リアさんをとらえる黒服の群れに突っ込む。体の動きがぎこちない。きっと、ぼくの声のせいだ。強烈な精神攻撃を受けたせい。
警棒が煥くんの肩を打った。ガクリと体勢を崩した煥くんに、スタンガンが突き付けられる。
「うぁ……ッ!」
煥くんが気を失った。鈴蘭さんが悲鳴を上げる。
リアさんの気丈な声が煥くんを呼んだ。それが途中で途切れる。スタンガンを当てられたリアさんがビクリと硬直する。弓なりに反った体が、くずおれた。
「姉貴」
理仁くんが悲痛につぶやく。
煥くんに駆け寄った鈴蘭さんが、警棒を突き付けられて目を閉じる。振り下ろされる警棒。青獣珠の守りがそれを弾き飛ばす。
リアさんが連れ去られていく。理仁くんが追い掛けようとしてつまずく。
「姉貴ッ!」
チカラを失った声は、リアさんに届かない。
祥之助と黄帝珠の哄笑が重なり合って響いている。
ぼくは起き上がることすらできない。
【無力で、ごめんなさい……】
そして意識を失った。
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