第八章【覚醒の錬金術師】
216:情報の把握には、時間が必要だよなって話
見慣れた天井だった。
自宅の寝室で目覚めた俺は、妙に頭がぼーっとして、思考が働かない。
まず、自分がいつどうやって寝たのか思い出せない。
それに、妙に倦怠感があるのが不思議だった。
「……スタミナポーションを飲まなきゃ」
俺が上半身を起こそうとすると、ベッドの横で、俺にもたれかかるように眠る人物に気がつく。
リーファンだった。
彼女は家の鍵を持っているので、自宅にいるのは不思議ではないが、状況がよくわからん。
あ、念のため言っておくが、家の鍵を持ってる奴は多いからな!
居候しているジャビール先生と、メイドのリュウコはもちろん、マイナとペルシア、それにカイルにも渡してある。
そもそもカイルにもらった家だしな。
俺が上半身を起こすと、その振動で目覚めたのか、リーファンも顔を上げた。
元気が取り柄の彼女なのだが、妙にやつれているように見え、少し驚く。
「あー、どうしたリーファン。なんか疲れてるみたいだが」
正直、自分の状態も気になるが、目の前のリーファンが気になってしょうがない。
「どうしたじゃないよ! クラフト君ずっと目覚めなくて心配してたんだから!」
「ずっと?」
そういえば、俺はなにをやってたんだっけ?
俺は記憶を引っ張り出す。
えっと、まず帝国がカイルの治めるエリクシル領に戦争を仕掛けてきた。うん。そこは覚えてる。
そんで、新たに大河の反対側に建築した砦で、帝国軍を足止め。うん。ミズホ武士たちが頑張ってくれたんだよな。
膠着する状態を打破するべく、帝国は大橋に迂回し、直接ゴールデンドーンに攻め入ることに。
もっともこのあたりは策略がはまったんだが。
ともかく、帝国の主力が街に到着するが、アルファードの考えた作戦で崩壊。生き残った強者たちも、レイドックたちがあっさりと倒して捕まえる。うん。作戦は少々エグかったし、レイドックが強すぎたのを除けば、全て想定通りだったはずだ。
なにもかも上手くいっていたと思う。
「帝国が攻めてきて、主力を壊滅させたんだったよな。あれ? 俺はそのあとどうしたんだっけ?」
「もしかして、思い出せないのかな?」
「ちょっとまて。少し混乱してるだけだ」
俺は寝ぼけた脳みそに活を入れる。もやっと霧がかっていた思考が徐々にクリアになっていった。
「そうだ。そのあとカイルが帝国の生き残りに声を掛けに行ったところで、蜂亜人……いや、蜂魔族とカイルの継母ベラが戻ってきて……」
だんだん思い出してきたぞ。
そのあとは確か……。
「そうだ。スズメバチ野郎と戦いになったが、俺たちが勝利したんだ。ああ、蜂魔族の正体が帝国の放浪冒険者ルーカスだったのには驚いたな」
「うん……その先は思い出せる?」
リーファンが不安そうな顔で俺を覗き込んでくる。そりゃ、記憶が混乱してたら、心配もするだろう。だいぶ寝込んでしまってたみたいだしな。
「倒れていた魔族のルーカスが……そうだ。カイルに攻撃を仕掛けてきて……、いや違う。口封じにベラに攻撃を……」
そして、ようやく、俺は思い出した。
「あれ? そのあとがよく思い出せないんだ。なんかカイルが声を上げたから、俺も顔を上げたら……ん? ダメだ本当にこれ以上思い出せない」
リーファンが悲しそうな表情を浮かべ、ゆっくりと立ち上がる。
「うん。クラフト君は全部思い出したよ」
「全部?」
「うん。だから、心配しないで、今はもう一度ゆっくり休んでね」
「俺は戦場で気を失ってたのか?」
「今は全てを忘れて、眠って欲しいんだ」
リーファンが、額を俺の手の甲に当てる。ちょうど左手で、黄昏の錬金術師を表す紋章が浮き出ている場所である。
気のせいだと思うが、紋章も俺に安めと言っている気がした。
聞きたいことはたくさんあるが、倦怠感があるのは確かなので、俺はリーファンの言葉に甘えることにする。
「わかった。なんか妙に疲れてるし、もう少し寝るよ」
「うん。ゆっくり。お休みなさい」
そうして俺は、あっさりと眠りに落ちるのであった。
◆
再び目が覚めると、ろくな説明もされないまま、俺は城の会議室へと連行された。
そこにはズラリとお歴々が並ぶ。
マウガリア王国の国王ヴァインデック・ミッドライツ・フォン・マウガリーと、その隣に、ミズホ神国現人神ムテン・イングラムが並ぶ。
ムテンは目が見えないが、音だけで俺が来たのに気づいたようで、安心したような笑みを浮かべた。
みんなには内緒だが、ムテンは俺の新しい弟分でもある。
ヴァインデック……つまりヴァンに付き従うのは、カイルの兄ザイード。そして宮廷錬金術師筆頭のバティスタ・フォン・ヘルモンドだ。相変わらず無駄に立派な白髭を蓄えてらっしゃる。
ヴァンが片手を俺に向け軽く振る。
「体調は良くなったみたいだな。まぁ座れ」
素直に席に着くが、集まっているメンバーに少々驚く。まるで帝国との決戦前夜のようなメンツだからだ。
ミズホ組は、先ほども述べたムテンを筆頭に、将軍シンゲン・ヴィルヘルム。続いて御三家の当主である、ハンベエ・ヴィルヘルム、モトナリ・オブライエン、マサムネ・セントクレアの三人である。
ノブナとチヨメも隅の席についていた。
王国側は先ほど述べた三人の他に、ジャビール先生、マイナ、アルファード、ペルシア、それにリーファン。あとジタロー。
よく見るとリュウコもメイドとして働いているな。俺の屋敷以外では珍しい。
冒険者はいつものレイドック、ソラル、エヴァ、マリリン、カミーユのパーティーがいる。
さらに、リザードマンのジュララとシュルルまでもが勢揃いだ。
そりゃあ鈍い俺にだって、大問題が起きたことくらいすぐにわかる。
あれ? 一人足りなくないか?
俺がその人物の名を尋ねようとする前に、ヴァンが口を開いたので、俺は言葉を飲み込んだ。
「クラフト。お前が無事で安堵した。皆も貴様の顔を見て安心したことだろう」
その場にいた全員が、にこやかに頷いている。なんか心配掛けてたみたいだな。申し訳ない気持ちだが、ちょっと嬉しい。
「それではさっそくだが、あの日、なにが起きたのかを、アルファード。お前が説明しろ。付け加えることがあれば、他の者も適宜発言して良し」
「了解しました。それでは」
アルファードが立ち上がり、姿勢を正す。
「魔族であるルーカスを打ち倒したところから始めましょう。ルーカスがベラに針を投げたのは覚えているか?」
俺に視線を向けてきた。
「あれは針だったのか。カイルに対する攻撃だと思ってかばっていたから、ベラに攻撃していたのは直接見ていない」
アルファードが小さく頷く。
「そうだ。あれはカイル様を攻撃したものではなく、ベラに向けられたものだった」
「そのあと、ベラが泡吹いて死んだのは覚えてる」
「そうか。たしかにベラは倒れ、脈もなく、呼吸も止まっていた。そのとき死んでいたのは確かだろう」
そのとき?
俺はその言葉に引っかかりを覚える。答えはすぐに教えてくれた。
「だが、ベラは生きていた。いや、生き返った……仮死状態だったのかもしれないが、ベラは再び動き出したのだ」
「マジかよ……」
冒険者時代に、仮死状態になったやつを見たことがあるが、呼吸が止まっても短時間であれば、ごくまれに息を吹き化す奴がいるのは確かだ。
「念のため縛り上げておくんだったぜ」
「……仮にそうしていても、無駄だったと思うがな」
え? どういう意味だ?
「ベラは……魔物……いや、魔族に変化したのだ」
「は?」
アルファードは、呆ける俺に手を向け黙らせると、淡々とあの時のことを語り出した。
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