215:本当の終わりは、想像外からやってくるよなって話


 地面に体液をまき散らしたまま、起き上がることの出来ない蜂魔族のルーカス。

 魔族がどのくらいしぶといのかは分らないが、さすがにもう助からないだろう。そもそも真っ二つだしな。


「ルーカスさん。貴方には聞きたいことがたくさんあります」


 アルファードたちに守られたカイルが、ゆっくりと前に出る。


「……そちらの貴女にもです」


 カイルが向けた視線の先には、今まで放置していたベラがいた。そこにいるのは気づいていたが、特に脅威になるわけでもないので、魔族を優先していただけで忘れていたわけではない。

 むしろ、戦闘中はキーキーとうるさかったので、意図的に意識から外していただけである。


「お久しぶりですね、お母さ……いえ、ベラ」

「カイル! 貴方のせいで! あなたのせいでぇ!」


 半狂乱になるベラを、聖騎士隊が地面に押さえつけた。

 髪はボサボサで、目が血走り、眉間に深いしわが寄っていて、醸し出していた妖艶さの欠片も残っていない。身につけている豪華な服装が泣いているな。


 土だらけになった継母顔を見て、一瞬視線を逸らすカイルだったが、すぐに真正面に捉え直す。


「ベラ。貴女がこの戦争を仕組んだのですか?」

「そうよ! あんたを! 裏切ったザイードを! ついてこなかったレイラも全員! 全員地獄を見せねば!」


 レイラってたしか、カイルの父ちゃん、ベイルロード辺境伯の長女だよな。母親はそこのベラ。

 レイラもカイルを疎んじていたような態度を取っていたが、それはベラが恐ろしくて従っていただけと言っていたのを思い出す。

 黒薔薇姫とあだ名されるだけに、絶世の美人だった。

 ……腹黒姫じゃないからね?


 そうか。ベラは王国を逃げ出すとき、レイラも連れて行こうとしたのか。従順だと思っていた娘に否定されて、逆恨みしてるわけだ。もっともカイルに対してもザイードに対しても逆恨みでしかないんだけどな。


 そもそもカイルとマイナとザイードに呪いを掛けていたことは忘れてないぞ!?


 ……ああそうか。最初から従順だったから、レイラには呪いをかけなかったのか。

 紋章も持たないベラがどうやって複雑な呪いを掛けたのか不明だったが、俺はルーカスをチラ見して、答えを知る。

 どう考えてもこいつの協力があったってことだよな。


「貴女は、この国にいたときからそこの魔族と関係があったのですか?」


 カイルも同じ結論らしく、直球で質問を投げていた。


「だったらなんだというのですか! それよりもアルファード! 兵士にやめるよう命令なさい!」


 突然話を振られたアルファードだったが、彼は冷たい視線を向けるだけである。


「ベラ。貴女はこの国では犯罪者だ。聖騎士隊として、貴女を捕らえる義務がある」

「私はベイルロード婦人ですよ!?」

「いいえ。すでに籍は外れています。それに今はバルターク姓と聞いていますが?」

「なら、なおさら帝国の貴族に礼を尽くすべきでしょう!」

「他国の地位など知りませんな。貴女はこの国で、ただの犯罪者だ。一般人のな」

「ぶ、無礼な! カイル! 今すぐ拘束を解きなさい!」


 カイルが辛そうに顔を顰める。


「どうやら素直にお話いただける雰囲気ではありませんね、しかたありません。アルファード。連行してください」

「はっ!」


 どうやらカイルは、継母であるベラを犯罪者として扱い、牢へ連れて行く決心がついたらしい。

 もし、ベラが少しでも反省していたり、素直に話してくれるようなら、同じ犯罪者でもある程度の待遇をしただろうに。


「放しなさい! 無礼者どもが! 私は! 私は帝国の公爵家の娘なのですよ! 王国は帝国の属国になるべきなのですから、私は――!」

「アルファード! その者の口を塞いでください!」


 カイルが、胸を押さえながら叫んだ。


「はっ! 猿ぐつわをしろ!」


 アルファードが即座に部下に命令し、ベラの口を塞ぐ。

 俺はカイルの横に行き、その震える肩を軽く抱きしめる。

 掛ける言葉が見つからない。どれだけの苦痛を感じているのか。


 そのとき、雄叫びが上がった。


「がああああああああああああああ!」


 体液をまき散らし、無理矢理顔を起こしたルーカスが残っていた腕でなにかを投げたのだ。


 俺は咄嗟にカイルをかばいながら、防御魔法を繰り出す。


「”虹光障壁”!」

「”虹光障壁”!」

「”天使双翼”!」

「”虹光障壁”!」

「”土隆盾”!」

「”虹光障壁”!」


 俺だけではなく、周辺からあらゆる防御魔法が飛んできて、俺たちを包むように何重もの防壁が取り囲んでくれた。


「俺としたことが! ”轟撃襲斬”!」


 レイドックが間髪入れずに蜂魔物を粉々に粉砕してとどめを刺している。こうなっては情報収集などと言っていられないだろう。

 俺はカイルを守りながら固まっていたが、衝撃の一つもない。


「……?」


 不審がっていると、カミーユが叫んだ。


「違う! カイル様じゃなく、ベラに針を投げてた!」


 彼女の叫びなんて始めてかもしれん。


「しまった! 口封じか!」


 全員の注目がベラに集まる。よく見ると、彼女の腕に小さな針が刺さっていた。


「あ……あが……うが……!」


 なにをする間もなかった。ベラは口から泡を吐いたと思ったら、そのままグシャリと地面に倒れたのである。


「……やられたぜ」

「痛恨だな」

「一応解毒するか?」


 俺が尋ねると、アルファードはベラの脈を取って、首を横に振る。

 全てが一瞬の出来事だった。

 油断していた訳ではないが、魔族の生命力を少し甘く見ていたかもしれない。


「有用な情報源がなくなっちまったな」


 俺がボソリと零すと、カイルがゆっくりと立ち上がる。


「まだ帝国の生き残りはいます。降伏した大勢の兵士も残っています。少なくとも帝国の意向なら少しは掴めるでしょう」

「そうだな。大橋に逃げて、降伏した帝国軍の中にも、事情通はいるだろうさ」

「はい。落ち込んでいる暇はありません」


 なんだよ。俺が元気づけてやらなきゃいけない場面なのに、逆をやられてどうすんだ。


「砦で小競り合いしてる帝国兵も残ってるわけだからな」

「はい」


 そこにレイドックやってきて、膝をつく。


「すみません、カイル様。申し開きも出来ません」

「いいえ、あれは不可抗力でしょう。まさかあれほどの力を残しているとは思いもしませんでした」

「いにしえの伝承にしか出てこない、魔族を相手にしているのですから、もっと警戒してしかるべきでした」

「私としても、本当に魔族とは信じ切れていませんでしたから……」

「それは……」


 そう。そこなのだ。

 確かに異形ではあったし、恐ろしく強かったが、それでも伝承に出てくる、極悪非道の生物であるという認識を持ちきれなかった。

 心のどこかで、まだ魔族が生き残っていたなどと信じたくなかったからかもしれない。


「アルファード。聖騎士隊で魔族の遺体をジャビールさんのところへ運んでください。念のためレイドックさんたちと一緒に」

「はっ!」

「数名私に残してください。母上の……、ベラの遺体を城に運びます」

「……は。クラフト。一緒にいてやってくれ」


 敬礼を返してから、アルファードが矢継ぎ早に指示を飛ばす。聖騎士隊が慌ただしく動き出し、レイドックたちと一緒に慎重に処理を始めた。

 さすがに粉々にされたので、これからまた動き出したりはしないだろうが、先ほどの件が効いているのか、レイドックたちは油断なく死骸を警戒している。


 残った聖騎士たちが、ベラの遺体を丁重に担架に乗せて運び出していく。


「待ってください」


 カイルが聖騎士を呼び止め、遺体の横に立つ。


「せめてこれだけでも」


 遺体に向けて、カイルは祈りの姿勢を取った。それを見て、俺と聖騎士も同じように祈りを捧げる。

 教会の孤児院で育てられた俺は、形だけの祈りを散々させられてきたが、今までで一番真剣に祈った。


(あんたは悪党だったが……せめて安らかに眠ってくれ……)


 目を閉じて、祈りの言葉を胸の内で唱える。


「……え?」


 カイルが小さな声を上げた。

 なんだろうと、目を開ける前に、俺の身体に激しい衝撃が走る。


「なっ!?」


 なにが起きたのか全く判断できなかった。胸が熱い。

 平衡感覚が狂って、地面がどこにあるかもわからない。体中に痛みが走る。

 かろうじて判別出来るのは周囲の声だけだ。


「カイル様!」

『グギャアアアアアアア!』

「なにが起こった!?」

「この化け物を止めろぉ!」

「カイル様を助け……ごぎゃっ!?」

「カイル様! カイル様!」

「クラフト!」

『ロギョラアアアアアアアアア!!』

「死んでもカイル様を守れ!」

「いやああああああああああ!」

「エヴァ! 落ち着け! ちぃ! フォローしろカミーユ!」

「了解! 絶対殺す!」

「クラフト! なんで! あんたが血だら――」


 俺の意識はここで途切れ、闇へと落ちた。

 それからどれだけ眠っていたかはわからない。しかし、どうやら生きていたらしく、ゆっくりと闇を抜けていく。


 だが、目覚めなければ良かったと、生きていたことを後悔した。

 意識を取り戻した俺は、その事実を知ったから。


 カイルが亡くなったと。



  ―― 第七章完 ――


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