204:上司が無能だと、苦労するよなって話


 ミズホの防衛戦時と比べて、魔物は強くなっていた。

 進軍しているあいだに弱い魔物は淘汰され、強力な魔物ばかりが残っているからである。しかも、それが数十万という大軍なのだから、普通に考えたら勝ち目などない。


 帝国軍の率いる魔物は、弱くてもサイクロプスレベルなのである。冒険者殺しと言われたサイクロプスが最低レベルというのは、もはや悪夢以外の何ものでもない。


 だが、それがまるでゴブリンの群れのように引き裂かれていくのだ。それはマウガリア王国ではなく、デュバッテン帝国にとっての悪夢だろう。


 前線指揮の一人である部隊長が、信じられない光景に目を剥いていた。


「バカな……バカなバカなバカな! ありえん! 今の魔物どもは強個体の群れなんだぞ! それが……それが!」


 もちろん、魔物の数を考えれば、いかにミズホの武士どもが異常に強いと言っても、連隊程度で全ての魔物を駆逐できるわけではない。それでも部隊長は得体の知れない焦りを拭いきれないでいる。


「あのミズホ兵どもは、早めに片付けておかねば危険だ」


 部隊長は、即座に司令部へ魔導部隊の魔術攻撃による敵殲滅を申請した。


 ◆


 デュバッテン皇帝の魔導兵団団長であるメルデュラ・デュラスも、今回の遠征に従軍していた。

 魔導兵団の大半を連れてきた、魔導部隊の部隊長でもある。

 現在魔導部隊は魔法陣を大急ぎで書き込んでいる最中であった。


「ええい! なにが魔導部隊の出番はしばらく先だ! 戦端が開いて、半日も経っていないではないか!」


 メルデュラは悪態を吐きながら、大急ぎで巨大な魔法陣を、魔力を込めながら描いていく。彼の弟子でもあり部下たちも、必死になって書き込んでいた。


「念のため到着してからすぐに描き始めていて良かったわい。脳筋どもは魔法陣が簡単に描けるものだとでも思っているのか!?」


 彼らが今描いているのは、集団儀式魔法用の魔法陣である。複雑で完成させるまで時間が掛かるのだが、軍隊の偉いさんどもが、いきなり極大魔法を使えと、何度も使者を送ってくるのだ。


「だいたい、集団儀式魔法は数日に一度使えるかどうかの切り札で、攻城に使う予定だったろうに」


 メルデュラは手を止めずに、怒りをそのまま口にする。周りの弟子に聞かせているのか、独り言なのか判別がつかない。

 メルデュラは、魔術師の割に厳つい顔立ちをしているため、怒ると顔がとても怖いのだ。


「上の奴らには、集団儀式魔法の利点と欠点を散々教え込んだというのに、あいつらの頭はざる・・かなにかで出来ているのか!? ダダ漏れではないか!」


 この魔法陣は魔力を込めながら描かねばならず、かつ使い切りなので、あらかじめ布などに描いておくことができない。そのため、現地での作業が必要になる。


 本来の集団儀式魔法では、同じ実力の者を揃えるのがもっとも効率的なのだが、今回は魔力タンク代わりにメルデュラと高弟から実力差が大きい魔術師も参加させるため、一度儀式魔法を放てば、実力差のある弟子たちは数日はまともに動けなくなるだろう。


 大きな欠点はこの二つだ。


 高弟の一人が、意を決してメルデュラに進言する。


「ですが師の改良された集団儀式魔法は、本当に素晴らしい物です。これがあればいかに敵が強力でも、打ち破るのはたやすいかと」


 とにかく機嫌を直して欲しい高弟の、見え透いたお世辞にメルデュラは少し冷静さを取り戻す。

 お世辞ではあるが、弟子の本心なのは間違いないからだ。


「ふむ。では集団儀式魔法の利点を述べてみよ。今回のような戦争ではどのように運用される?」


 メルデュラは自分を落ち着かせるためにも、いつものように弟子に向かって講義を始める。


「一つは威力と範囲が大幅に上がる点です。魔術師には実力差があるため、個々に魔法を放てば、ムラが出来ます。それは戦術運用上好ましくありません。ですが、儀式魔法で一つの魔法として使えば、高火力で範囲が確定しているため、このような戦場で使いやすくなります」


 弟子の説明に、メルデュラは満足げに頷く。


「そうじゃ。人を数人吹き飛ばすのがせいぜいの者もいれば、百人をなぎ払う魔法を使うものもいる。戦争では部隊の戦力均一化が重要だが、魔術師はどうしても差が生じる。それを補う意味でも、集団儀式魔法は有用であろう」

「はい。ですが最大の利点は、魔法の発動距離が伸びることにあると思います」

「ほう、理由を述べよ」

「私たち魔術師は、数が少ないだけでなく、肉弾戦には慣れておりません。接近戦など御免被ります。ですが、儀式魔法を使えば、軍の遙か後方から魔法を放てるため、身の安全という意味でも、戦術的な意味でも大きいと思います」

「合格だ」


 本来メルデュラは戦争などの争いを好まない。だが、それはそれとして、集団儀式魔法の大家である彼は、一度くらいこのような戦場で威力を試してみたかったという、矛盾した思いを描いていた。


「……ベラ様について、王国に移住したジャビールには恨まれるであろうな」


 天才の名を欲しいままにした、幼き錬金術師を思い出す。


「ま、今ではワシと同じでババアになってるはずだがな」


 数年に一度集まる、学会用の論文を見る限り、元気そうだが、農業関係のものばかりだった。


「相変わらず、人類全てが平和になる研究ばかりやっているのか」


 そんなジャビールのいる王国に攻め込むのだ。メルデュラが少しばかり感傷的になってもしかたないだろう。

 気持ちを入れ替えるため、大きく顔を振る。


「よし、完成だ。いくぞ」

「はっ!」


 軍と連携をとりながら、敵の様子を確認していく。

 要約すると、魔物の先頭集団に、ミズホ武士が突っ込んできているから、殲滅して欲しいとのことだ。


 メルデュラは”浮遊”の魔法と”遠見”の魔法を使って、戦場の様子を窺う。その光景を見れば、なるほど軍の上層部が焦る気持ちが良くわかる。


「まさかあそこまで凶悪な魔物どもを、意に介さないとは驚きだな。ミズホ神国が小国にも関わらず、国を保ってきたわけよ」


 それにしても、王国側がいきなり最大の手札を切ったことになる。これを叩いてしまえば、帝国の勝利は揺るがないだろう。

 本来であれば温存すべき戦力だろうが、王国に避難した兵力を先に当てるのは当然とも言えた。


 メルデュラは弟子たちに向かって、魔法の発動地点を指示していく。

 魔法陣にそって並ぶ弟子たち。


「それでは集団儀式魔法を執り行う!」


 個々が使う魔術と違い、魔術式を脳内で組上げるわけには行かない。魔法陣を通して、身振りと呪言によって、統一した魔術式をくみ上げていく。


(まさかこの魔法を、魔物ではなく人間に使うことになるとはな。しかも魔物と区別のつかないような亜人もどきの参謀の指示でな。本当に人生とはままならぬものよ)


 長い長い詠唱を唱え、とうとう極大魔法が完成した。

 魔術師全員の声が重なる。


「「「眼前に立ち塞がる我らに敵対することごとく、ゲヘナの灼熱を降り注がん。焦熱八層獄炎暴風豪雨インフェルノゲヘナストーム!!!」」」


 これは”焦熱八層獄炎暴風”を集団儀式魔法化したもので、マグマのように煮え立った灼熱の雨を暴風と共に降り注ぐ、凶悪な魔法である。まさに魔術と呼ぶに相応しい極悪さであった。


 次々と倒れる弟子たちを無視し、メルデュラは再び”浮遊”を使って敵の様子を確認する。


 そして絶句した。



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