202:勝敗は、始まる前に終わってるよなって話
魔物の動きを報告する指令を受けていた、帝国の下級兵二人が、泣きそうな表情で突然暴走を始めた魔物を、必死で追いかけていく。
進軍中は鈍くて腹の立っていた魔物たちなのだが、本気で走られると、今度は二人が追いつけない。ありったけの罵詈雑言を叫びながら、ようやく魔物に追いつくと、そこは謎の空間であった。
「なんだ、ここ?」
「森を切り開いて、巨大な窪地を掘っていたみたいだが……」
森のなかにぽっかりとひらけた土地があり、そこは地面を掘り下げた窪地となっている。魔物たちはなぜかその窪地に密集していた。
「なんなんだこいつら、穴が好きなのか?」
「俺が知るか! それより、これからどうするよ!?」
「報告に戻るしかないだろ!」
「なんて言うんだよ!? 魔物が突然大きな穴に密集しましたってか!?」
とても信じてもらえるとは思えない状況だ。兵士の叫びも理解出来る。
だが、これが事実なのだから、二人は頭を抱えているのだ。
「ん? なんだあれ?」
一人が何かに気づき、窪地の奥を指さす。
「あれは……巨大な金属の樽?」
「もしかして、ここにため池でも作る予定だったのか?」
「なるほど。それにしては窪地の規模と樽の規模が合ってない気もするが……」
「単純に建築途中で放棄したんだろ。俺たちが進軍してるのはわかってんだろうからな」
「それもそうか。で、破棄されたため池に魔物が集まった理由って?」
「だから、俺が知るか!」
二人がどのように報告するか、怒鳴り合っていると、魔物の様子がまた変わる。
「あん? あいつら寝始めたぞ?」
「クソ! 今から戦争ってときに、のんき過ぎるだろ! あのグズどもが!」
悪態を吐き散らす二人。だが、すぐに異常に気がつき始める。
「いや、ちょっと待て、なんか変じゃないか?」
「あん?」
「最初に寝てたのは間違いないと思うんだが……あれ、死んでね?」
「え?」
顔を見合わせる二人。お互い顔は真っ青だ。
「……か、確認する」
「大丈夫か?」
「そこの長い枝を使うさ」
下級兵が長い枝を使って、魔物を突くが、微動だにしない。兵士は思いきって、巨大な魔物のまぶたを、枝でこじ開けた。
「死んでる……やっぱり死んでる!」
「嘘だろ!? こいつら全部が!?」
「知るか! でも……」
「……ああ」
二人は決意して頷き合う。もはや信じてもらえるとかどうのという話ではない。
前線を担う予定の、魔物の一団が全滅したという異常事態を報告しなければという思いと、この場から逃げ出したいという渇望から、二人は全力で本陣に向かって走り出したのであった。
本陣に合流してから、彼らは知る。
いくつもの隠された窪地で、魔物が大量に死んだという事実を。
◆
帝国の、ある部隊長が視界の先にそびえる砦を、忌々しそうに睨んでいた。
兵士の大部分はあの砦がゴールデンドーンだと思い込んでいるが、部隊長は知っている。都市が大河の向こう側にあることを。
本来の予定であれば、この地点で大量のいかだを作り、鎖で繋ぎ、対岸へと渡る予定だったのだ。それが大河手前の巨大砦である。いくらミズホ神国からここまで半年以上の時間が掛かったとは言え、いくらなんでもこの規模の砦が完成していることが納得できなかった。
それだけではない。砦を迂回して、大河を確認した偵察部隊によれば、砦の背後には長大な橋が伸びていると言うではないか。
湖より川幅が大きく、水深が深く、水の流れが複雑で、水棲の魔物が跋扈する大河に、橋を架ける技術など、帝国にも存在しない。
この大陸には、三大国と呼ばれるに相応しい国が三つある。
一つがゼビアス連合王国で、三国の中でもっとも新しい国だ。
もともといくつもの国家が乱立する地域だったが、西に存在するという魔物の巨大生息域に対抗するため、一つにまとまったらしい。
もう一つの国が、今攻め込んでいるマウガリア王国で、建国は二番目。
踏破不能の山脈と大河に囲われた広大な土地全てを、領土だと主張している強欲な王国だ。
実質的な支配領域など1%すらないだろうに、傲慢極まりない。
最後が我らデュバッテン帝国である。大陸の北東にあり、山脈と海に囲われた皇帝陛下の治める、世界最古の国家。
人類は一度ほぼ滅んだと言われているが、そんな中で格式と伝統を受け継ぎ、世界最高の魔法力と技術力を持っている。
部隊長は魔術師に遠見の魔法を使わせ、もう一度、敵の砦を観察した。
「……でかい」
まず、その規模だ。帝国の誇る帝城に匹敵する巨大さと、その帝城を凌駕する高さと厚みを持った城壁。しかもどうやって作られたのか、隙間すらない。
レンガや石を積み上げれば、どこかに隙間ができるものだが、それがないのだ。
短かったが、ミズホ神国に滞在したとき、城壁と市壁の一部が、同じように強固で継ぎ目のない壁になっていたことから、恐らくマウガリア王国から技術移転がされていたのだろうと予想できる。
継ぎ目や凹凸がないと言うのは、攻める側にとっては厄介だ。よじ登ることが難しく、越えるためにははしごやロープなどの道具が必須になってくる。
部隊長はこの建材を考案した技術者を、内心で呪う。
「副官。背後の川からは攻められそうか?」
「川に沿って、かなりの壁が作られています。ただ、砦の背後に伸びる巨大な橋の付近であれば、可能性はあります」
「ふむ」
バカ正直に、帝国軍で背後を攻めようとしたら反撃を喰らうだろうが、魔物に城壁を攻めさせ、敵の注意を正面に向けさせた上での電撃奇襲なら、可能性はあるか。
「上に進言してみるか」
「魔法や攻城兵器では、あの城壁を破るのは難しそうですからね」
「色つき紋章の魔術師でも、やはりあれは無理か」
「そう聞いています」
今回の遠征には、帝国の誇る魔導兵団の大半が従軍している。世界屈指の魔術師集団であるが、当然前線に押し出すわけにはいかない。
「魔物の数は激減しましたが、まだまだ数は残っています。参謀によると、残った魔物で砦を攻めさせるようなので、ミズホの時と同じように、まずは敵を疲労させると聞いています」
「……参謀は戦争の素人か?」
「は?」
部隊長は呆れるように首を振った。
「それは籠城戦の攻め方だ。砦の背後に、太っとい補給線が存在してるんだぞ? 増援も食料も運び放題の砦に、持久戦を仕掛けてどうする」
「た、たしかに」
「そもそも、ミズホで同じ失敗をしているだろう。なんらかの魔術具で、物資も人も輸送出来ていたからこそ、落ちなかったのだ。もっともあちらは城壁がここまで堅牢ではなかったから、総力戦になれば最終的に落とせただろうがな」
だからこそ、ミズホは国を捨てて逃げ出したのだ。その判断が出来、実際に行動出来る上層部がいるというのが、脅威を感じる。普通はそこまで思いきり良く、国を捨てたり出来ない。
問題は目の前の砦だ。帝城を上回る規模の砦を、どうやって落とせと言うのか。
「しばらくはお互い様子見が続きそうですね」
「そうだな」
頷いた部隊長だったが、すぐにそれが間違っていることを知る。
遠見の魔法で砦を観察していたのだが、先鋒の魔物が砦に取り付く前に、城門が開いたのだから。
「なに!?」
そこから飛び出してくるのは、二足鳥に乗った武士たち。
「ミズホの武士どもだと!?」
そう。どう考えても守り側が有利なこの状況で、打って出たのは、マウガリア王国側だったのだ。
一番槍は、ミズホ武士。
これぞ本懐。これぞ誉れ。
天に届くような士気で、鬼武者どもが魔物の大軍に突っ込んでいったのである。
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