201:戦争は、事前準備が大切だよねって話


 馬上の俺に飛びついてきたのは、リザードマン娘のシュルルだった。


「うぇ!? なんでシュルルがこんなところに!?」

「アルファードさんに呼ばれたからね! でもこんなところでクラフト様と会えたんだからこれはもう運命だよ!」


 絡むように抱きつくシュルルに、背後から一喝。


「シュルル! 言葉遣い!」


 もちろんジュララである。

 シュルルは人間に近い見た目の亜人だが、ジュララは同じリザードマンでもほぼ二足爬虫類という風体をしていた。


「ジュララまで来てたのか?」


 いや、よく見れば橋上をたくさんのリザードマンたちがこちらに走ってきている。


「どうなってるんだ?」


 俺の疑問に答えたのはジュララではなく、アルファードだった。


「私が呼んだ。よく来てくれた、ジュララ殿」

「お呼びにより、リザードマンの戦士一同参上いたしました」


 ジュララがざっと片膝をつくと、慌ててシュルルも横に並んで膝を折った。


「クラフトは気にせず、出立してくれ」

「え?」


 湿地を開拓しているはずのリザードマン戦士が勢揃いしているのだから、さすがに気になって話を聞きたかった俺を、アルファードが出発するように急かす。小声で耳打ちしてきた。


(シュルル殿に絡まれると面倒だろう。とっとと行け)

(……! そうだな!)


「それじゃあ俺はこれで失礼するよ!」

「えっ!? クラフト様!? くーらーふーとーさーまー!」


 原液スタミナポーションをがぶ飲みさせ、普段は開拓用の荷車や、農耕馬として貸し出して鍛えているブラックドラゴン号を飛ばせば、いくらシュルルが素早くとも、追いつけない。

 なんであいつらが最前線に呼ばれたのか少し気になるが、アルファードが呼んだのなら作戦の内だろう。


 俺は気にしないことにして、各防衛拠点を回るのであった。


 ◆


 そして刻は過ぎる。

 運命の日がやって来た。


 帝国軍が、帝国軍が操る魔物の群れが、とうとうゴールデンドーンに接近してきたのである。

 それは、時代の転換点を告げる、戦争の始まりだったのだ。


 ◆


 前線に配属された帝国の下級兵が愚痴る。


「なんで俺たちが魔物と一緒にいなきゃなんねえんだよ」


 横にいた別の下級兵が肩を竦めた。


「命令なんだからしょうがないだろ」

「んなことはわかってんだよ。魔物どもが襲ってこないのはわかってるが、気分が悪い」


 彼らの少し前方に、魔物の大軍が待機している。それを見て下級兵が吐き捨てる。


「まぁまぁ、あのゴールデンドーンとかいう砦を落としたら、なにをしてもいいってベラ様がおっしゃってただろ」


 そう。ベラは事前に、ゴールデンドーンで、全ての略奪行為を容認していた。


「ふん。それも気に食わない。総大将はバルターク公爵家当主のドルガンデス様だろう。なぜベラ様がそのような許可を出せる?」

「公爵様の体調が優れないから、代わりに指示をしているだけだろ」

「それなら副官が代理をするべきだろ」


 そんなことはわかっていると言いたげに、肩を竦める。


「俺たちの任務は、魔物の監視だ。それさえ出来ればいいんだ」

「わかってる」


 兵士二人が気合いを入れ直したところで、遠くから太鼓の音が響いてきた。


「進軍の合図だな」

「グズの魔物どもはちゃんと動くのか?」

「魔物がグズなのは認めるが、それは俺を疑うってことかい?」

「「え??」」


 二人の会話に、突然割り込む不快な声。

 振り向けば、そこにいたのは黄色と黒が目立つ、蜂の亜人であった。


「こ、これは参謀殿!」

「参謀殿! 失礼いたしました!」


 下級兵二人が慌てて敬礼する。


「あー、そういう堅っ苦しいのはいらねーよ」


 滝のような汗をしたたり落とす兵士二人。それも当然だろう、ベラがどこからか連れてきた、謎の亜人にして、参謀という地位についた人外。

 亜人というにも違和感しかない、怪しげな男である。緊張するなと言う方が無理だろう。


「今からグズどもをあの砦に突っ込ませるから、グズどもが取り付いたら、本部に連絡してくれ。それがあんたらの仕事らしーぜ?」

「しょ、承知しております!」

「誠心誠意、任務を遂行する所存にあります!」


 敬礼を一切崩さず、答える二人。

 蜂男は特に反応せず、魔物に向かって手を大きく振った。よく見ると、その手には何かの魔導具が握られていたが、二人は見なかったことにする。

 余計なことに首を突っ込めば、無くなるのは自分の命だと、本能で嗅ぎ取っていたからだ。


 すると、それまで動きを見せなかった魔物たちが、一斉にゴールデンドーンに向かって移動を開始する。

 実際にはドーン砦なのだが、この二人の兵士はそれを知らず、ゴールデンドーンそのものだと思っている。

 それだけ、砦の規模が大きかったからだ。


 なんであれ、いよいよ本格的な戦争が始まる。略奪を楽しみにしていたミズホ神国では肩透かしを食らっていたので、今度こそ美味しい思いをするのだと、下級兵は気合いをいれていた。


「んじゃ、あとは任せるわ」


 蜂男は軽くそう言い放つと、背中の半透明の羽を広げる。


「え?」


 驚く兵士を無視し、蜂男は音もなく本陣の方角に低空で飛んでいったのだ。

 しばらく唖然としてた兵士が、ぼそりと呟く。


「あいつ、飛べたのかよ……」


 参謀が神出鬼没だった理由を、初めて理解したのであった。

 だが、いつまでもそんなことに気を取られている場合ではない。下級兵二人は、魔物からつかず離れずについていく。


「長い旅の間に、魔物どもは強い魔物ばっかりになったからな、あの分厚い壁を持つ砦も、そんなに時間が掛からず落ちるんじゃないか?」

「ああ。魔物はバカだが、力だけは有り余ってるからな。見ろ、あのサイクロプスが持ってる棍棒を。まるで大木だ」

「あんなので叩かれ続けたら、どんな城壁だっていずれ崩れるな」

「そしたら今度こそ、家族のために宝石やらの貴重品をいただけるって寸法さ」

「俺は彼女にプロポーズするんだ」

「待たせすぎて浮気してんじゃねーの?」

「不吉なことを言うんじゃねぇ! 俺は帰ったら幸せな家庭を築くんだよ!」


 楽観的な未来像を語り合う二人。

 だが、そんな願いは、すぐに崩れ去る。

 魔物たちが突然、砦ではなく、森に向かって走り出したからだ。


「な、なんだ?」

「おいグズども! どこに行くつもりだ!」


 魔物に向かって叫ぶ二人だが、魔物を操る術などないのだから、叫んだところで止まるはずもない。

 彼らに出来ることは、ただ、魔物のあとをついて行くことだけだ。

 その先に、想像を絶する絶望があることも知らずに。


 ◆


「来たな」


 小さく呟いたのは、リザードマンの戦士であるジュララだ。


「配置は?」

「滞りなく」

「いいか。絶対に焦って飛び出すな。クラフト殿を信じろ」

「もちろんですとも。俺たちの役目は罠の設置と、効果の確認。直接戦うことじゃありませんって」


 ジュララが部下に指示を出していく。彼らは森の中の草木に溶け込むように隠れていた。

 視線の先は、森の一部を切り開いて作った窪地である。


「もちろん、指示があれば、前線に立ってクラフトさんやカイル様のお役にたってみせますがね?」

「いい気合いだ。だが、今はその時ではない。皆にもう一度周知しろ。興奮しすぎの奴が何人かいるようだ」

「了解です若」


 こうしてリザードマンは人工の窪地の周りで、息を潜めひっそりと隠れていた。


 もちろん。

 窪地に設置されたのは、クラフトとリーファンが作り上げた、魔物ホイホイであった。



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