193:守るってのは、決意がいるよなって話


 ミズホ神国は、半島の先にある小国だ。

 その立地を生かして、防衛戦力のほとんどを陸側に集中出来る強みがある。

 さらに、険しい地形を利用した市壁と城壁のおかげで、非常に堅牢な都市国家となっていた。


 たまに海の魔物が暴れることもあるが、スタンピードはしない。


 だからこそ、長年魔物が多く生息するこの地域で、独自の文化を続けてこられたのだろう。

 だが、その日、とうとうそれが脅かされるのであった。


「とんでもない数なのよ」


 ノブナの家であるヴィルヘルム家。その城の本丸にある高層の楼閣、天守閣と呼ばれる物見部屋で、ノブナが無意識に呟く。

 横にいたアルファードが追随した。


「ゴールデンドーンも定期的に魔物の大軍勢が押し寄せますが……その比ではありませんね」

「ええ。ちょっと尋常じゃないのよ」


 ノブナは「口調は崩してくれて構わないのよ」と言いつつ、地平を埋め尽くす魔物の群れを睨みつける。


「かなりの数だが、耐えられそうか?」


 アルファードが眉間にしわを寄せ、ノブナをチラ見した。


「少し前だったら、無理だったのよ」

「どういう意味だろうか?」

「今までの石垣だったら突破されてたと思うのよ。でも、一番外の市壁と、中央を囲う御三家の城壁を、錬金硬化岩で補強し終わってるのよ」


 現人神ムテン・イングラムの住まう御所に防衛能力はない。

 御所を中心に御三家の三つの城が囲っている。三つの城の城壁はつながっており、巨大な一つの城を成していた。

 その城を中心に、複雑に入り組んだ市街があり、区画を区切るようにいくつもの市壁が張り巡らされている。

 一見雑多に建築された住宅そのものが、いざという時の防壁になるよう設計されているのだ。

 そして、それら全てを包む一番外側の市壁こそが、外敵に対する最初の障壁。

 ノブナが言っているのは、御三家全部を囲う、つながった城壁と、一番外側の市壁を錬金硬化岩で補強したということだ。


「ミズホが真っ先に輸入していたのが錬金硬化岩だが、もう施工されていたのだな。この国の職人は優秀なようだ」

「ふふん。ミズホの職人は腕利きばかりなのよ」


 ノブナは誇らしげに自慢する。住民に対する愛情が感じられた。


「……でも、城壁を優先したから、市壁がどうなるかはわからないのよ」

「市壁を突破されたときの対処は決まっているのか?」

「もちろんなのよ。すでに市民は御三家の城に避難を開始してるのよ」

「なるほど。最短でも避難が完了するまで、市壁の防衛が必須か」

「そうなるのよ」


 ノブナが思い出したように付け加える。


「そうそう、転移門だけれど、カイル様にお願いして、ヴィルヘルム家の城壁内に移設してもらったのよ」

「もう終わったのか」


 どちらの国の転移門も、国の安全と、商人の利便を考え、城壁外に設置されていたのだが、今回の件をきっかけに、防衛力の高い箇所へ移転したのであった。


 二人が会話をしていると、ふいにノブナの脇に人影が唐突に現れる。

 気配を感じられなかったアルファードが思わず声を上げた。


「うおっ!?」

「失礼したナリよ」


 謝罪したのは忍装束の巨乳な猫獣人。ノブナの配下のくのいち、チヨメであった。

 ノブナは慣れているため、普通に声を掛ける。


「なにかあった?」

「魔物の一陣が最外市壁にとりついたナリ」

「早いわね」

「どうにも、魔物の動きが変ナリよ」

「変?」

「上手く言えないナリが、どこか組織立ってる印象があるナリ」


 ノブナだけでなく、アルファードも眉をしかめる。

 アルファードが腕を組んで、魔物の動きを観察。


「言われてみると、若干魔物に流れがあるようにも見えるが、偶然ではないのか?」

「その可能性もあるナリ。ただ、ある程度の塊ごとに動いてるように感じたナリよ」

「……」

「チヨメ。魔物はスタンピード状態なのよね?」

「それが、そうでもなさそうナリ。スタンピード特有の血走って暴れている様子がないのと、かなり雑多な種類の魔物が混在してるナリよ」

「「……」」


 ノブナとアルファードが黙り込む。

 二人が考えているのは、魔物を操っている者がいる可能性。


「仮に」


 アルファードが零すように呟く。


「魔物がなんらかの方法で操られているとしても、やることは変わらないだろう」

「そうね。敵対するなら、叩き潰すだけなのよ」


 変な迷いは敗北を呼びかねない。


「チヨメは念のため、敵の動きを監視するのよ。特に指揮官のような魔物や人がいないかを」

「承知したナリ。ただ、敵の数が多すぎるので――」

「無理はしないで。安全第一なのよ」

「わかったナリよ」


 そのままチヨメは柱の影に溶けるように消えていった。

 アルファードがため息を吐く。


「気のせいならいいんだがな」

「そうね」


 二人は市壁に押し寄せる、魔物の一団を睨みつけていたが、アルファードがぼそりと呟く。


「あれはまずいな。ギガントオーガとヒュドラの集団がいる。まるで示し合わせたかのように門へ向かっている」


 ヒュドラは首の数が増えれば増えるほど、巨大で凶悪になっていく魔物である。なかには十を越える首をもつ個体もいるが、それは絶望の代名詞だろう。

 湿地帯のヌシだったヒュドラは八ツ首だったが、例外的に強個体だった。おそらく黒い植物が関係していたのではと、カイル経由で連絡をもらっている。


 ギガントオーガは、オーガの上位種だ。

 オーガの上位種はいくつか存在するが、ギガントオーガはその中で最も巨大で物理攻撃力に優れる。

 動きが鈍いことから、サイクロプスより脅威度は低いとされているが、巨体から繰り出される一撃は、サイクロプスを遙かに上回るのだ。


 ゴールデンドーンの中堅冒険者チームで対処が必要になる魔物で、エリクシル領外の冒険者であれば、サイクロプスと同じく、出会ったら絶望する敵である。


 余談だが、レイドックチームなら瞬殺だ。


 巨人であるギガントオーガの集団と、巨体をもつヒュドラの集団が、示し合わせたかのように市壁の正門を目指している。

 もちろん深く掘られ、海水が満たされている水堀を避ければ、自然と正門に集まるのは自然なのだろうが、ギガントオーガだけでなく、水に強いヒュドラまでもが正門を目指しているのは気になった。


 錬金硬化岩を使ったことで、市壁は強化されているが、門の改修は終わっていない。

 もともと門自体が丈夫に作られているというのもあるだろうが、開け閉めできる巨大な門は作成にかなりの時間を取られるからだ。

 丈夫にするだけなら、全てを鉄にでもすればいいのかもしれないが、重すぎて開閉出来なくなってしまう。


 だから、あの集団が門を集中攻撃などしたら、短時間で破壊される。

 アルファードは嫌な予感を覚え始めた。


「大丈夫なのよ」


 そんなアルファードの不安を払拭するかのように、ノブナは宣言する。


「ミズホの武士を舐めないで欲しいのよ」


 もちろん、アルファードは武士の強さを舐めたことなどない。交流の一環で、訓練を見せてもらったこともあるが、それは見事な規律をもつ軍隊だった。


 彼らの強さを前提にした作戦はいくつも思い浮かぶが、城門を確実に守るためには、どの作戦も大きな被害が予想される。


「門が開くのよ」

「なに!? 防衛ではなく、撃って出るつもりなのか!?」

「当たり前なのよ」


 それは、アルファードが内心でいくつもの作戦をシミュレーションしていた中でも、最も効果の高い作戦である。

 ただし同時に、最も被害が大きい作戦でもあった。



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