188:問題って、勝手に大きくなるよなって話
俺は黒い植物を前に頭をひねった。
「これってあれだよな。八ツ首ヒュドラの寝床周辺にいっぱいあったやつ」
「そうだ」
「なんでそんなのを探すのに、こんなに時間がかかったんだ?」
確か、湿地帯はしばらくのあいだ、立ち入り禁止になっていた時期はあったはずだが、リザードマンが来てからは解放されている。
強い魔物が集まっていたので、普通の冒険者が中央部まで行くのは難しかったかもしれないが、こいつらが手こずるような状況ではなかったはずだ。
「あ、そうか。クラフト君には報告がいってなかったのか」
はっと気づいたリーファンが、あちゃーっと額を押さえる。
「湿地帯の立ち入り禁止を解除して、リザードマンたちを受け入れるとき、当然冒険者ギルドに魔物の間引きと調査をお願いしてたんだよ」
「それ、俺は聞いてないな」
「クラフト君が忙しい時期だったから、関係ない情報は渡してなかったんだ」
「そうだったのか」
どうやら、気遣ってもらっていたらしい。
「それでもちろん、あの一番怪しい黒の森を、レイドックさんたちが調べに行ったんだけど……」
レイドックが肩をすくめて首を横に振った。
「綺麗さっぱり、あの黒い植物だけが消えていたんだ」
「まじかよ」
「ああ。さすがに驚いたぜ」
「それでね、怪しいけど私たちじゃどうしようもないから、ジャビール先生に相談したんだけど、まずは実物が欲しいって話になって」
そりゃそうだ。
さすがにちょっと見ただけの謎植物なんて、調べようもないだろう。
「なるほど。それで現物が目の前にあると。よく見つかったな」
たしか、コカトリス騒動の時に見つけた黒の植物は、レイドックたちが焼き尽くしたはずなので、かなり苦労したのではなかろうか。
「ああ。冒険者の仕事で遠出するたび、ギルドや商人から情報を集めてな。魔物が大量発生しているっていう場所に行って、ようやく見つけた」
「さすがだな」
黒の植物そのものを探すんじゃなく、今までの経験から、魔物が大量に集まっている場所で見つかるかもと予想して動くあたり、凄腕である証明だろう。
エヴァあたりの推察が活躍してそうだな。
「さて、この件で問題が発生した。カイル様への報告はお前たちに任せる」
「なにがあった?」
「俺たちが魔物のたまり場で見つけた黒い植物は、たいした量がなかった。これを食べていた魔物は通常よりかなり強化されていたが、まぁ俺たちの敵じゃなかったな。ヒュドラの主には到底及ばない」
「食べていた量と、強さが比例するだけなんじゃないか? それが問題とは思えないが」
「違う。問題は、魔物を殲滅して、ジャビールさんから預かっていたいろんな道具を使って、黒い植物を採取したあとに起きた」
レイドックが、宝箱にしまわれている植物に目を向ける。
「まず、箱に入るだけの量を採取し、俺たちはいったんギルドに戻って報告した。そのあとさらなる採取のため、別の冒険者も引き連れて現地に戻ったんだが……」
「まさか」
俺は湿地帯の話を思い出し、思わず立ち上がった。
「ああ。そのまさかだ。まだ残っていたはずの黒い植物は、跡形もなく消えていた」
「まじかよ」
全員が黙り込む。
当然だ。あまりにも間が悪すぎる。それこそ
「……今は深読みしてもしかたないのじゃ。まずは調べることから始めるのじゃ」
「そうですね」
俺はひょいと黒の植物を手に取る。
「おい!」
「なにをしとるのじゃ!?」
「大丈夫ですよ。ヒュドラ騒動の時に、森の奥地はこの黒いやつで覆われてたじゃないですか。なんか起こるなら、俺たち全員とっくに変になってますって」
あのときに割と触ってたりしたので、いきなり凶暴化とかはしないと思う。
「それにしてもじゃの、もうちょっと慎重にやれんもんかの」
「この場にレイドックと先生がいなかったら、さすがにやりませんって。それよりも”鑑定”っと」
やはり、鑑定するなら手に取った状態が一番正確だからな。先生にやらせる訳にもいかないから、最終的に俺が鑑定することになっていただろう。時間を節約しただけのことさ!
鑑定に少し時間が掛かる。いつものようにぽんと頭に浮かぶ訳じゃなく、滲むようにじわじわと広がる感じだ。
今までにない手応えに、額から汗が流れ落ちる。
「……おいクラフト。なんか言え」
「うむ。早く教えるのじゃ」
どうにもまとまりのない、壊れた情報の中から、なんとか1つの単語だけを拾い上げられた。
「変質した……世界樹の……一部?」
「なっ!?」
叫んだのはジャビール先生だった。
「せ、世界樹じゃと!? 遙か太古に世界の中央に屹立していたという、あのなのじゃ!?」
「世界樹ですって!?」
「すいません。なんか鑑定の魔法が上手く働かなくて、その単語しかわからないんです」
「ええい! 貸すのじゃ!」
「あっ!」
ジャビール先生が俺の手から黒の植物をひったくり、鑑定魔法を使う。
俺の用心が意味ないじゃん!
……まぁ、大丈夫とは思うけどね。たぶん。
「ぬう……残念ながら私には鑑定不能なのじゃ。今までにない妙な手応えじゃったから、貴様の妙な鑑定結果も理解できるのじゃ」
「はあ……聞かなかったことにしたいわ」
エヴァが額をおさえる。
「まぁ、こいつは咄嗟にウソや気の利いた情報操作なんてできませんよ」
「クラフト君だもんねぇ……」
「褒められてはないよな!?」
確かに、こんな重大な単語を、ポロッと零したのはどうかと思うが、レイドックたちも先生もリーファンも信用してるからだよ!
「ふーむ。この顔は私たちだから大丈夫と、自己弁護している顔なのじゃ」
「俺たちが心配してるのは、第三者がいるときもやらかしそうだからだぞ」
「クラフトは昔からそういうところあるよね」
「貴方はもう少し、魔術師……いえ、錬金術師としての自覚を持つべきです」
「クラフト君は相変わらず過ぎるよ」
「う……、気をつけます」
まったくもって反論できないので、俺は素直に注意することを約束する。
「それにしても世界樹……本当に存在したんじゃの」
「冒険者なんで、単語くらいは聞いことはあるが、実際どんなもんなんです?」
「ふむ。では軽く講義するのじゃ」
ジャビール先生が指をピッと立てた。
「まず、一般的に広まっている定説なのじゃが、世界のどこかに天を衝くような巨大な大木があり、その木は膨大な魔力を保持し、その葉は万病に効く……というのが有名かの」
「そうですね。俺が先輩冒険者なんかに聞いたのは、だいたいそんな感じです」
「じゃが、私はこれに疑問を感じておるのじゃ」
首を横に振る先生に、エヴァが目を丸くする。
「知っての通り、人類は一度滅びかけておるからの、それ以前の資料は極端に少ないのじゃが……、それらの断片を見る限り、とても世界樹が一つだったとは思えんのじゃ」
「根拠はあるのですか?」
先生の仮説に、エヴァが食いつく。やっぱ魔導師って生き物はこういう話が好きみたいだ。
「根拠と言うほどではない。じゃが、出土する資料を読み解くに、筆者の近くに世界樹が存在しているとしか思えん記述が多いのじゃ。じゃが、世界樹の記載のある資料は、離れた土地から見つかるのじゃ」
「それだけでは確定できないと思うのですが」
「うむ。同じ地域で書かれた資料が分散していただけ。そう考える方が自然かもしれん。じゃが……」
そこで先生は言い淀む。話を続けるか悩んでいる感じだ。
だが、エヴァの真剣な視線を受け、言葉を続ける。
「言葉というのは、地域性がある。ちょっとした方言のようなもんじゃ。出土した場所ごとに、その類似性を感じておる。じゃから出土した土地で書かれた資料である。……と私は考えておるのじゃ」
「……今度その資料を見せてもらうことは出来ませんか?」
「それはバティスタ殿に頼むのじゃな。気に入られればマウガリア王国の所有する物は見られるかもしれん。冒険者ギルドもいくつか保有しているはずじゃから、そっちにも当たってみると良いのじゃ」
先生がマウガリア王国宮廷錬金術師筆頭のバティスタ爺さんの名前を出した。つまり資料は国の所有物か。むしろそれらを閲覧している先生が凄い。
「わかりました」
「ま、バティスタ殿には私からも口添えくらいはしておこう」
「それは助かります。ありがとうございます」
「うむ。それより……」
全員が黒の植物……変質した世界樹を睨んだあと、俺に視線を向けた。
「どうすりゃいいですかね?」
「困りました」
「この男が絡むと、なぜ問題がでかくなるのか……」
そして、全員が揃ってため息を吐いた。
え!?
俺のせいじゃないよね!?
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