187:成長は、一日にして成らずって話


 湿地帯の錬金毒に関して、管理者は俺とジャビール先生の二人となった。

 試験運用中ということと、俺がゴールデンドーンを離れることが多いからだ。

 そもそも俺は生産ギルドの所属なので、カイルの専属錬金術師になったジャビール先生がいないと、問題が出てしまう。


「ふう。一段落したな」


 俺はようやく、錬金毒に関する手続きの書類を全て書き上げた。


「おつかれ、クラフト君!」

「ぬう。終わったのならその書類を寄こすのじゃ」


 一緒に書類仕事をしていたのは、もちろんリーファンとジャビール先生である。

 防諜の観点から、俺たちは城の一室で仕事をしていた。

 リーファンはタンクの設計やら運用方法の資料をまとめているし、ジャビール先生は開発者の俺と共同管理するための書類作りである。


 この三人が丸一日ずっと一緒にいるのは久しぶりだ。

 俺はジャビール先生に書類を渡して、全員分のお茶を煎れなおす。


「ありがとう、クラフト君」


 俺は一段落付いたので、伸びをしながら茶を啜る。


「ヴァンも言ってたけど、錬金術師不足は致命的だなぁ」

「魔術師は出来ないのかな?」

「このレシピは無理だな。魔術師の紋章でも錬金可能な薬品もあるにはあるが、今回とは全く関係ないもんばっかりだ」

「そっかー。魔術師の紋章持ちなら、まだそれなりには数が確保出来ると思ったんだけど」

「そもそも工程が複雑になるし、効率も悪いから、意味ないしな」


 錬金術師が攻撃魔法などを使えば、魔力消費が大きく増えたり、威力が下がったりと同じようなものだ。


 すると、ジャビール先生が書類から顔を上げ、肩をすくめる。


「嘘か誠か、一部に伝わっている、錬金術師の里でも見つかったら、不足も補えるんじゃがのう」

「錬金術師の里ですか?」

「ま。古くからある噂話なのじゃ。そんなもんがあるのなら、とっくにどこかの国と合流して、もうちっと人類の暮らしは良くなってるじゃろうの」


 先生が手をひらひらと振る。


「ありもしない里を当てにしてもしょうがないのじゃ。私たちはやれることを地道にやるのじゃよ。連綿と積み重ねることこそ、錬金術なのじゃよ」


 深いな。

 今までは紋章の知識でごり押ししてきたが、これからは積み重ねも大事だと感じる。今回、一人で改良錬金法を完成させたのも、積み重ねになるんだろうか?


「錬金術が求める到達点ってなんなんですかね?」

「根源にして原初の素材。第一質料……別名プリマ・マテリアなのじゃ」

「……即答ですね」

「うむ。一は全なり、全は一なり。その根源こそ、我ら錬金術師が目指す究極の到達点なのじゃ。その全なる一であるはずの物質、プリマ・マテリアを探し出す……または理解することこそが、到達点なのじゃよ」

「さすがに手が届きませんねぇ」

「……」


 冗談めかして、お手上げと肩の高さに手のひらを掲げるが、ジャビール先生は表情を険しくするのみで乗ってこない。


「先生?」

「ん? ああ、なんでもないのじゃ。それより、私たちに手が届きそうな到達点と考えるなら、やはり、死者の復活薬じゃろな」

「死者の復活?」

「うむ。未だに見つかっておらぬが、過去の大魔法文明時代には存在したらしいのじゃ。プリマ・マテリアにたどり着くためには、いずれ手が届くようにならねばならぬのじゃ」


 俺はなるほどと頷いたが、なぜか紋章がうずいたような気がした。

 あったら便利だと思い、少しばかりの期待を込めて、紋章に魔力を注ぎ、知識が引き出せないか試す。

 すぐに紋章から知識が流れることはなかったが、なんというか独特の手応えを感じた。これは今までに何度か感じたことのある「俺自身の知識が足りない」状態だと思う。

 なにか、大事な前提知識があれば、死者を復活させる薬の錬金法を知ることが出来そうだが確証はない。先生に相談してみようとも考えたが、確信を得てからの方がいいだろう。


 俺が成長して、いずれ紋章に認められ、作れるようになればいいななどと、未来への抱負を抱いていると、部屋の扉がノックされた。


「レイドックだ。ジャビールさんがこっちにいるらしいが、入っていいか?」


 俺とリーファンは顔を見合わせるも、許可を出す。

 部屋に入ってきたのは、レイドックとソラルとエヴァの三人だった。


「よう。俺たちにじゃなくて、ジャビール先生に用事なのか?」

「ああ。前々から依頼されていた仕事がようやく終わったからな」


 レイドックたちも椅子に座ると、先生に視線を投げる。


「報告はこの二人がいても問題ないと思って来ましたが、場所を移動しますか?」

「問題ないのじゃ。むしろこの部屋の方が安全じゃからの。例の件じゃろう?」

「ええ。時間が掛かって申し訳なかったです」

「かまわんのじゃ。元々手空きの時間に探してもらうよう頼んだのはこちらなのじゃ」

「そう言ってもらえると助かります」


 どうやら、なにかを探してもらっていたようだな。そして俺とリーファンの前に出せるということは、開拓に関係のあることだろう。

 決して、ジャビール先生が個人的に結婚相手を探していたとかではないはずだ。もしそうならそいつが先生に相応しいか、俺がテストしてやらねばなるまい。


「……クラフト君、なんかまた変なこと考えてない?」

「大事なことなら考えてるぞ?」


 なぜか部屋にいる全員が揃って苦笑した。解せぬ。


「まぁいい。これは全員で共有すべきものだと、俺も思うしな」


 レイドックがそう言いながら取り出したのは、禍々しくも大量の魔法陣が刻み込まれた、宝箱であった。


「なんだそりゃ? ダンジョンで呪われた宝箱……トレジャーボックスでも見つけたのか?」


 ボスのいるダンジョンの奥に必ず設置されている宝箱。理由は不明だが、人工的に作られたと思われるダンジョンには、貴重品が置かれていることが多いのだが、そのほとんどがこのように宝箱に入っている。

 ……俺が冒険者時代には、あまり見たことがなかったシロモノだな。


 それにしても、冒険者連中やギルドで見せてもらった宝箱と比べて、やたらと禍々しい。


「逆じゃ。呪われておるのではく、考え得る限りの防御や封印を施してあるのじゃ」


 意味がよくわからなかったが、そこはレイドックが補足してくれた。


「この宝箱自体は、俺たちがダンジョンから持ち帰ったもんだ。ダンジョンから出土される宝箱は、それ自体も丈夫で価値があるのは知っての通りだ」


 ……うるせえ、その辺はよく知らねぇよ。

 どうせ底辺冒険者だったからな!


「クラフト、全部表情に出てる。悪気はなかったんだ」

「ふん。そのうちお前たちにくっついて、暇つぶしにダンジョン制覇してやるわ」

「クラフト君が暇になればいいねぇ」


 リーファン、恐ろしいことを言わないでくれ。

 それより話が盛大にそれてるぞ。


「とにかくこの丈夫な宝箱に、ジャビールさんがいろんな防衛手段を施してくれたんだよ」


 なんのために。と聞くまでもないだろう。それだけ危険ななにかを、先生は取ってこさせたのだ。

 だから聞くべきはこれだ。


なにを・・・とってきた?」


 レイドックが宝箱に手を掛けると、エヴァが全員に防御魔法を掛け、ソラルが最大限の警戒を見せる。

 ほんといったいなにを持ってきたんだよ、お前は。


 緊張感溢れるなか、開いた宝箱をのぞき込むと、そこには。


「黒い……植物?」


 スタンピード騒動のたび目撃されていた、謎の植物がそこに収められていた。



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