第六章【小国家群のミズホ神国】

151:人選は、慎重にって話


 蒸気船の巨大なパドルがゆっくりと回転する。


「とうとうここまで来ましたね」

「ああ。カイルが頑張ったからだ」

「クラフト兄様やリーファンさんたちのおかげですよ」


 カイルが満足そうに蒸気船を見つめる。

 大橋の完成までは、もう少しかかるこのタイミングで、水棲の魔物にも負けない、巨大な鉄の船が完成した意義は大きい。


 ゆっくりと動き出した巨大船の艦橋から、レイドックたちが手を振っている。

 俺たちも大きく手を振って送り出す。


「レイドック! 頼んだぞ!」

「対岸周辺を見回るだけだぞ! ヘマなんぞするかよ!」


 それもそうか。

 エヴァたち三姉妹が加わったレイドックパーティーが、先行偵察くらいで失敗するわけもない。


 蒸気機関の運用テストをかねつつ、レイドックたちを乗せた蒸気船が、大河の反対岸へと向かっていく。

 どうしてこんなことになっているかと言うと、大河を挟んだ北側にある小国家群へ、正式な国交を開くための使者を送る使命を、国王のヴァンから賜っているからだ。

 そんで、なぜかそのメンバーの選抜を、俺がやるようにと、ヴァンの野郎から言いつかっている。


 まだ使節団のメンバーは決まっていないが、レイドックパーティーは護衛として確定。当然だな。

 それもあって彼らには、まだほとんど情報のない対岸に先行してもらい、ベースキャンプの設営と、周囲の魔物を間引いてもらうことにした。

 使節団が確定したら、そのベースキャンプで合流し、そのまま一緒に小国家群を北に進むことになっている。


 蒸気船が水平線に消えたあと、並んで見送っていたカイルに向き直った。


「それで、使節団の件なんだが、まだ納得してないのか?」

「はい。僕が行きます」


 そう。

 よりにもよって、カイルは自分自身で行くと言って聞かないのだ。

 普通に考えたら領主自ら、なにがあるかわからない土地に行くことなど認められないのだが、カイルがこう主張するのには理由もある。


「何度も言っている通り、僕の代わりに政治的判断の出来る代官がいないのですよ。国王陛下の送ってくれた文官は優秀ですが、領地の意向を汲めるほどではありませんから」

「しかしな……」


 俺が眉間に皺を寄せると、カイルが強い意志で見上げてくる。

 本当なら、絶対に認められないのだが、代案も見つからない。


「……もう少し考えさせてくれ」


 俺はカイルの返事を待たずに、生産ギルドへと向かう。

 ギルドの建物に入ると、たくさんの商会や、商人たちが受付に並び、職員たちが対応に追われていた。

 軽く手を振って奥に入ると、リーファンやギルド総長が忙しそうにしている。


「あ、クラフト君。レイドックさんたちは無事に出発した?」

「ああ。大丈夫だ。それよりカイルのことなんだが……」


 書類仕事の手を止め、リーファンがこちらに顔を上げる。


「やっぱり一緒に行くって言ってるの?」

「ああ。引く気はないらしい」

「カイル様の理由もわかるんだけどねぇ」


 王国の意思を伝えるための人材など、今のゴールデンドーンにはいない。それにヴァンもカイルに直接行って欲しいと思っている節もある。おそらく、ヴァン自身にも迷いがあるから、使節団メンバーを決める仕事を、カイルではなく俺に押しつけたんだろう。

 「そんな大役を生産ギルド員に押しつけるな!」と文句を言えば「これは開拓業務の一環だから問題ない」とあらかじめ用意していたであろう言い訳が、即座に返ってきたので、俺は泣く泣くその仕事を引き受けたわけだが……。

 それでもなかなか決断出来ない。


「使節団の出立はそんなに伸ばせないよね」

「ああ。出立は一月以内にはしたいから、メンバーの選出は、数日のうちには決めないと」


 仮に、カイルが小国家群へと行くとして、今度はゴールデンドーンを任せられる人材もいないのだ。だったら、カイルには残ってもらうしかない。

 と、説得する予定だが、最終的にカイルがついていくと言い切ったら、俺にはそれを蹴る自信がない。


「うーん。カイルのことはいったん置いといて、レイドックたち以外のメンバーを考えるか」

「私は行こうと思ってるんだけど」


 リーファンが来てくれれば心強いが、ギルドは大丈夫だろうか?

 俺はシンデリーに書類を積まれ、泣きそうになりながら仕事をしているギルド総長に目をやった。

 ちなみにシンデリーは総長と一緒にゴールデンドーンにやってきた、やり手の腹心である。


「なあ、ギルド総長。リーファンを連れて行ってもいいのか?」


 書類から逃げるように、総長が顔を上げた。


「ん? まぁなんとかなる。技術と腕っ節の両方を持ってる奴は少ないから、危険地帯に送り出せるのがリーファンくらいしかいない。それに最近は優秀な職人がたくさん移住してきてるから、生産の仕事は振り分けられるはずだ。……リーファンしか作れない、一部の装備品なんか以外はな」

「ならリーファンは決定だな」

「うん! でもそれなら、あとはクラフト君がいるんだから、十分じゃない?」

「そうなんだけど、ジタローは連れてかないと、あとでうるさいかなって」

「あー」


 リーファンが目を細めて、声を上げる。

 きっと、誘わなかったとき、面倒になると思ったのだろう。


「カイルが行くにしても行かないにしても、ジタローがいるといないじゃ、戦力的に大違いなんだよな」

「マタギの紋章を手に入れてから、ジタローさん凄く強くなってるもんね」


 そうなのだ。ジタローは狩人としてだけじゃなく、レンジャー的な能力も非常に優秀になっている。

 ソラルがレンジャーから弓女神アルテミスの紋章になったことで、探索能力が少しだけ不安なのだが、今のジタローならそこを埋められる。


「……まぁ、連れてくしかないだろ」

「そうだね」


 使節団の護衛としては十分すぎるしな。恥をさらさないようにだけ、よく注意しとかねば。


「アルファードさんやペルシアさんは?」

「アルファードは防衛の要だ。絶対に残す。ペルシアもマイナのために残す」

「そうだね」

「カイルが来るとしても、今の戦力なら十分だしな」

「うん」

「ジャビール先生にも残ってもらう。じゃないとポーションの供給が滞るからな」

「ジャビールさんがいなかったらと思うと、ぞっとするね」

「ああ」


 俺は黄昏の錬金術師の紋章のおかげで、伝説品質の薬を大量に作ることが出来る。その穴を埋められる錬金術師は先生以外に考えられない。

 素材の質などが上がってしまうし、作れる量も減ってしまうが、先生なら、同等レベルや普及用の品質を作ることが出来る。

 こればっかりは他の錬金術師には無理だ。

 さすが先生である。先生が黄昏の紋章を持ってたら、俺など足下にも及ばなかっただろう。


「あとはリュウコだな」

「リュウコさん?」


 リュウコはジャビール先生のおかげで作り上げた、人間型の使い魔で、人造ゴーレムであり、人造魔物であり、ドラゴントゥースウォーリアーでもある。つまりてんこ盛りだ。

 見た目も言動も、人間そのものの、メイドである。

 その素体に、先生からもらった、世界最高メイドの人格データを移植したおかげで、最高のメイドの能力を持った、人型使い魔として、俺の屋敷で働いてくれていた。


「ああ。カイルが行くにしろ、行かないにしろ、身の回りの世話をしてくれるやつは必要だろ? ミスリル鉱石探索のときとかさ、食事の支度とかを、リーファンに頼りすぎてたからな」


 リーファンと一緒に冒険に行くと、つい、その辺を全部甘えていたのは、反省するところだろう。


「うーん。確かにリュウコさんがいたら嬉しいけど、守りきれるかなぁ? 普通のメイドさんだもんね」

「もちろん。大事な仲間だから守るつもりだが……」


 俺はそこで顔を引き締める。


「最悪の場合でも、カイルのメイドや執事が死ぬよりはいいだろ」


 こんなことは言いたくない。

 俺に仲間を見捨てるなんて選択ができるとも思わない。

 それでも、万一を考えたら、選択肢はリュウコしかないだろう。


 なんといっても、リュウコの強さは一般人と変わらない・・・・・・・・・んだから。


「ま、レイドックもいるし、大丈夫だとは思うけどな」

「そうだね」


 そんなこんなで、カイル以外のメンバーが決まった。


 レイドック、ソラル、エヴァ、カミーユ、マリリン、俺、リーファン、ジタロー、リュウコの九人。

 それと、カイルの代わりに交渉を担当する代官を加えた十人だ。


 これならば、なにがあるかわからない、小国家群の最北、ミズホ神国までたどり着けるだろう。

 こうして、俺たちは準備を進めるのであった。



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