152:出迎えは、礼儀正しくって話
ゴールデンドーンの中央通りに、立派な馬車と、立派な鎧の騎士が、王国の旗を掲げながら、整然と行進していた。
一糸乱れぬ足並みで進むその一団に、住民は沿道から、建物の上から、大量の花びらを撒きながら歓声を上げている。
今日は王都から、国王陛下を伴った訪問団がやって来ているのだ。
俺たちは、その様子を城から眺めている。
「予定より、ずいぶん早い到着でしたね」
「まあ、ヴァンはせっかちだからな」
俺が答えると、カイルが少し苦笑する。
「クラフト兄様。今日は国王陛下として来られるのですから、ヴァンさん呼びはまずいですよ?」
「わかってるって。でもなぁ……」
初対面で、冒険者として自己紹介されたから、どうも国王陛下って印象がな。
あと本名が長くて覚えられん。
「ま、気をつけるよ」
「はい」
「公式の場でのやりとりは、全部カイルに任せた」
「はは。任されました」
カイルが嬉しそうに答える。
もうすでに、カイルに病弱だった頃の面影は残っていない。少年らしい活発さで日々動いていた。
最近では、領主の義務である、剣の腕を磨きたいそうなのだが、領地経営が忙しすぎて、最低限しか練習できていないとぼやいていたほど。本当に元気になったもんだ。
俺がカイルを頼ると、嬉しそうにするのは、それだけ懐かれているからだろう。そういや、孤児院時代も、妙に年下に懐かれたもんだぜ。
……今も、孤児院や学園の子供たちに懐かれてるか。
俺のマントにしがみついている、マイナの頭を撫でてやる。この部屋には俺とカイル以外に、マイナとペルシアとジャビール先生。それに文官と執事が控えていた。
ジャビール先生は、騒ぎには我関せずと、テーブルでお茶を飲みながら、論文を読み込んでいる。
「マイナ。もうすぐヴァンの野郎が来るぞ。嬉しいか?」
マイナはしばらく考えたあと、小首をかしげた。
どうでもいいらしい。ヴァンだしな。
「マイナ。国王陛下が直々に領地を視察するのは、大変名誉なことなんだよ?」
カイルが言い聞かせるが、いまいちよくわかってないようだ。
ま、俺もだが。
俺とマイナの無関心組とは真逆に、ペルシアは若干興奮気味である。
「そうです! 今までのお忍びとは違い、国王陛下の公式訪問なのだ! ああ! これもすべてカイル様の努力の結果! 本当に頑張りましたね!」
いや、若干じゃなく、激しく興奮の間違いだわ。
「おい、ペルシア。陛下の前でも鼻息を荒くしてるなよ?」
「相変わらず、失礼なやつだな! 貴様は!」
俺は、苦笑しながらガシガシと頭を掻き、城下のパレードをうかがう。
ゴールデンドーンで、恒例となっている、街を挙げてのお祭りとは、少々様子が違った。
屋台などの出店は最小限で、多くの住民が中央通りの両側に、ずらりと並んで集まっている。だが、通りそのものに、住民は一人もいない。
兵士や冒険者、それに聖騎士などが壁となっているからだ。
今頃、警備責任者のアルファードは死ぬ思いで指揮をしていることだろう。
そして、その花道を、国王陛下の乗った豪奢な馬車が、ゆっくりと進んでいる。
馬車の前後を儀仗兵が挟み行進する様を、見学し、たたえるために住民が集まっているのだ。
国王陛下直々のご訪問ということで、ゴールデンドーンの住民たちは熱狂に近い歓迎をしている。それだけ名誉なことなのだ。
大量に舞い散る花びらに飾られながら、王国の一団が城に入ると、城門が閉められ、住人たちから見えなくなってしまうと、そのまま住民たちは掃除をしつつ、普段の生活に戻っていく。
俺とカイルは、陛下を
訪問団の相手は、文官がしている。理由は簡単で、ヴァンはこの訪問団に
そのまま応接間で待っていると、予定通りアルファードが戻ってくる。
「お疲れ様です。アルファード」
「は!」
びしっと敬礼で返す姿は、この領地最高の軍事責任者らしい。
「お疲れ。下は大丈夫なのか?」
「ああ。残りの指示はデガードとタイガルに任せてきた」
アルファードの部下になった、元傭兵で、元冒険者の二人。デガード・ビスマックと虎獣人タイガル・ガイダルだが、かなり優秀なようで、仕事のほとんどを任せることもできるらしい。
……仕事できる部下がいてうらやましいわ。
などと内心嫉妬しているタイミングで、メイドがやって来て、訪問団の代表が城に到着したことを告げると、カイルがメイドに確認する。
「代表の方々は、休憩を挟むと言っていますか? それともすぐに会談を?」
メイドが恭しく答える。
「すぐにでも会談を始めたいとのことです」
「わかりました。謁見室に案内を。クラフト兄様とジャビールさんは、先にお願いします」
「了解」
「わかったのじゃ」
それまで無心で文章を追っていたジャビール先生も、すっと顔を上げ返答する。
「一番立場のあるものは、部屋に最後に入場せねばならぬなど、貴族のしきたりは面倒じゃな」
「俺もそう思います」
先生のため息交じりな愚痴に、俺も賛同する。みんなでぞろぞろ会議室にでも集まりゃいいじゃん。
そういうわけにいかないのが、貴族ってもんらしい。
すでに準備されていた謁見室に行き、あらかじめ指定されていた場所に立つ。
ここは広い縦長の広間で、中央に赤絨毯。その先が段になっており、その中央にやたら背の高い立派な椅子が鎮座している。
部屋の左右には柱が並び、エリクシル開拓伯の旗が、これ見よがしに並ぶ。
その柱の下に、聖騎士たちが身じろぎ一つせずに並んでいた。
まぁ、誰もがイメージする、王様と会う場所と同じであろう。カイルは領主だが。
すぐに、訪問団の代表一行がやってきて、案内役の聖騎士の指示で、赤絨毯の上に片膝をついていく。
もっとも、彼らは言われなくてもわかっているとばかりに手際が良く、新米聖騎士の方がうろたえていたのは黙っていよう。
聖騎士なんて言っても、つい最近までは私兵だったわけだからな。
訪問団の準備が終わると、壇上に、カイルとマイナが登場し、護衛のアルファードとペルシアが続く。
カイルが王座……ではなく領主席に着席し、マイナが一歩下がった場所に立つ。
全員の準備が終わったのを確認し、ペルシアが凜とした声を張り上げる。
「カイル・ゴールデンドーン・フォン・エリクシル開拓伯がおなりになられました! 一同! 面を上げ!」
普段はポンコツだが、こういうときのペルシアは格好いいな。
ざっと、代表たちが面を上げると、カイルが優しい笑顔で彼らを労う。
「皆さまお初にお目にかかります。私はカイル・ゴールデンドーン・フォン・エリクシルです。遠路はるばるご苦労さまでした。長旅でお疲れではないですか?」
すると一番年配っぽい立派なローブを身にまとった、長い白ひげの爺さんが答える。
「お初にお目にかかります。私はバティスタ・フォン・ヘルモンド名誉男爵ですじゃ。宮廷錬金術師筆頭を賜っております」
なんとこの爺さん、この王国で最高位の錬金術師だった。
隣に座るジャビール先生に目をやると「知り合いなのじゃ」と答えてくれる。
まぁ、宮廷錬金術師筆頭なんて言っても、先生には劣るんだろうけどな。
「旅はとても快適だったですじゃ。なんと言っても街道が恐ろしいまでに整備されておりましたからな。カイル様の手腕、恐れ入りますじゃ。陛下もたいそうお喜びになっております」
「ありがとうございます」
王国の代表からの褒め言葉で、謁見室に満ちていた緊張が、わずかに緩む。
「それでですじゃ。陛下をお迎えするためにも、早速ですが転移陣の設置をさせていただきたいと思いますじゃ」
そう、今回、住民たちには国王陛下が馬車に乗っていると思わせて、実際には来ていない理由は、この転移陣で直接やって来ることになっていたからだった。
王国の秘匿技術らしいのだが、真っ先にここに設置するあたり、ヴァンの野郎、やりたい放題だな!
どーせ、しょっちゅう遊びに来たいだけなんだろうけどよ!
まったく、頭が痛てぇぜ。
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