141:意味がわからない、けど期待しちゃうって話


 僕はフェイダール・イング。

 優秀な紋章官である爺ちゃん、ゲネリス・イングの孫である。

 ある日突然、爺ちゃんに連れられ、何週間も馬車に揺られたと思ったら、王国の地の果てにいた。


 意味がわからない。


 「死の」とか「魔の」とか「暗黒の」とか枕言葉が飾られるような、辺境であり、さらに前人未踏の奥地。普通に考えたら人類が赴くべき場所じゃない。


 ところが、そんな魔物で埋め尽くされているはずの辺境には、王都よりも立派な大都市があった。

 意味がわからない。


 爺ちゃんの話では、この魔界と呼ぶべき辺境に、新しく出来た領地だと言う。

 家庭教師に教わった地理だと、この辺りは名目上、ベイルロード辺境伯の領地だったはずだ。

 名目上というのは言葉のままで、誰も踏み入ることができない広大な危険地帯をあてがわれていただけ。その領地は王国全土の半分近くになる。


 住むことはおろか、むしろ魔物の住み家である領地であるにもかかわらず、多くの貴族から「ベイルロードの領地は大きすぎる」という文句が多発していたのだから、子供ながらに貴族というのは馬鹿馬鹿しく思う。


 そんな広大な領地の半分。それも全く手つかずの危険な領地を与えられたのが、カイル・ゴールデンドーン・フォン・エリクシル開拓伯である。

 辺境伯の子供なのだが、なんとこの僕よりも年下らしい。

 意味がわからない。


 ど田舎の道を進んでいく。

 普通、辺境に行けば行くほど道は荒れるものだが、なぜか道は立派になっていく。

 通過する馬車の量も、王都周辺並だ。

 意味がわからない。


 長旅ではあったけれど、魔物と出会うこともない、割と快適な旅が、ようやく終わる。


 見えてきたのは、開拓伯のミドルネーム、ゴールデンドーンの名のついたその都市。

 その圧倒的な規模に、驚きすぎて実際に顎が外れた。


 どうしてこの僕がこんな辺境まで来なければならないのだという疑問が、そこで少しは解ける。

 王都より発展した都市なら、爺ちゃんが呼ばれるのにも相応しい。


 その後、カイル様との面会に同席させてもらったのだが、見るからに秀才のお利口タイプ。

 しかも、今年の祭りで、成人する全ての者に、紋章検査をしたいとか言い出した。

 マジで世間知らずのお坊ちゃんなんだな。

 紋章官に詳しくないと知らないのかもしれないが、紋章の適性を調べる呪文は、その人物に駆け巡る魔力を丹念に調べ上げなければならず、非常に難しく、魔力を消費する。


 そんな説明を爺ちゃんが伝えると、横にいた錬金術師が、貴重な魔力薬マナポーションをテーブルいっぱいに積み上げやがった。

 意味がわからない。


 そのあと、俺らがいるにもかかわらず、領地の大事な話を続けないでくれ!

 疲れる。この領主さまと錬金術師の組み合わせは疲れる!


 そんな気疲れした日から数日、僕は非常に苛立っていた。


 爺ちゃんがしばらくこの領地に住むので、この街の学園に通えと言うのだ。

 それはわかる。

 でも!

 庶民も通う学園に入れと言うのは違うだろ!


 まぁ、僕も庶民ではあるが、数少ない紋章官の孫なんだぞ!

 どうして、一般人が通えるような学園に行かなきゃならないんだよ!


 王都ではきちんと家庭教師に学んでいたのだ。貴族だけが通う場所ならわかるが、庶民も通うような場所ってことは、教会が週に一度開いている、庶民向けの教室と大差ないだろう。


 内心で悪態をつきながら、僕は学園に向かう。

 もらった地図の道をたどっていると、なにか様子が変だ。


 まず、近寄るにつれ、歩く子供が増えていくが、見るからに庶民もいれば、富豪っぽい子供もいる。

 さらに、ずっと通学路の横に続く壁を、貴族屋敷の壁だと思っていたのだが、どうやら壁の向こうの土地全てが、目的の学園らしい。


 どんだけ広いんだ!?


 たくさんの子供と並行して、流れに乗れば、そこは学園の正門。

 ……上級貴族が裸足で逃げ出すような、重厚で立派な門構え。


 え?

 カイル様のお屋敷とかじゃなくて?


 いや、違うのはわかってるが、領主様の屋敷より立派な、庶民向けの学園って、意味がわからない。


 門をくぐれば馬車が何台も通れる石畳の通路が玄関口まで続き、左右には花壇。その奥には広い運動場らしき場所まで見える。


 一瞬、どこかの貴族邸に迷い込んでしまったかと、辺りを見渡すが、歩いているのは庶民。

 ……いや、待てよ。

 庶民だとは思うけれど、その割には身ぎれいだな?


 服の質そのものは、庶民が着る低い品質のものだが、どうやら新品らしい。

 お古を着回した、独特の汚さを感じられない。

 さらに全員、毎日風呂に入っているレベルで、肌や髪がきれいになっている。


 そういえば、この街では水が使いたい放題らしい。

 空を見上げると、高い位置に水道橋が渡されているのが見える。

 高い位置から圧力をかけることで、水道から、水が出る仕組みだ。


 ふふん。家庭教師に習ったが、ここの庶民には理解出来ないだろうな。


「お! お前、新人か!」


 ばしん!

 男の子の声と同時に、背中を叩かれた。


「おわっ!? なにすんだよ!」


 僕は反射的に叫ぶ。

 生徒の誰かが声を掛けてきたのだろうが、やり方が荒っぽい!


「わりーわりー! 強かったか?」


 振り向けば、男子の生徒がニカニカと笑っていて驚いた。

 言葉とは裏腹に、まったく悪びれる様子はない。

 だが、僕が驚いたのはそこではなく、彼が獣人だったからだ。

 別の獣人も一緒である。

 俺の背中を叩いてきたのが、狼獣人。


「こら! エド! なにやってるのよ! 謝りなさい!」

「ええ!? ただの挨拶だろぉ!」


 どうやらその狼獣人の名前がエドらしい。

 エドを叱っているのが女の兎獣人だ。ちょっと可愛い。

 すると俺に向かってレッサーパンダの獣人が頭を下げてきた。


「あの、ごめんなさい。エドに悪気はないんだけど、手加減とか出来なくて……」


 おどおどという様子で話しかけられると、反射的に怒るのも難しい。

 僕はため息を吐く。


「……わかったよ。僕はフェイダール・イング。今日から学園に通うんだけど、君らも?」


 獣人なのに?

 とは続けられなかった。

 周りをよく見れば、彼ら以外の獣人も、ちらほらと校舎に向かって歩んでいたからだ。


 俺の質問に答えたのは、猫獣人で、ぽわぽわした雰囲気の女の子。この子も可愛いな……。


「うん~。そうだよ~。私はワミカ~。イング君は何歳~」


 舌っ足らずだが、人なつこい話し方で、一気に距離を詰められ、妙にどきどきしてしまう。


「13歳だ」


 もうすぐ祭りの日なので、すぐに14歳になるが。


「じゃあ全員同じクラスだねぇ~」


 ほんわかと微笑むワミカ。

 うん。

 獣人とか庶民とかどうでもいいや。

 理由はまったく不明だが、なぜか急にやる気が出てきた!


 四人と一緒に自己紹介しながら、校舎に向かう。

 そうか。兎獣人の元気な女の子がサイカで、レッサーパンダの男がカイ。こっちはどうでもいいや。


 エド一人が早歩きで、常にみんなより数歩先を進み、カイは俺から身を隠すようにしているので、自然とサイカとワミカに挟まれる形となった。


 うん。頑張ろう。学園生活頑張ろう。


 そんな決意をしたときだった。

 俺の人生をひっくり返すような衝撃的な出会いをしてしまったのは。


 最初に気がついたのは、錬金術師の姿だった。

 カイル様と一緒にいた、なんつーかこう、うさんくさい錬金術師。

 黒ずくめのローブとか、冒険者かっつーの。


 だが、そんなでくの坊なんて、どうでもいい。

 錬金術師と並んで歩いている女の子だ。

 上質な魔術師系のローブと服装。魔力が宿ってそうな数々の指輪や装飾類。

 透明感のある紫の髪は、少しウェーブがかって、太陽の光が透過し、女神を思わせる後光となって輝く。


 時々ちらりと見える横顔は白く、目鼻立ちが整っていた。

 ずがーんと、心臓が揺れる。アースクエイク。大地震だ。


 それと同時に、あのとっぽい・・・・錬金術師に殺意が生まれてくる。

 生徒と一緒に登校?

 あのロリコン教師め!


 見た感じ、女神は僕と同じくらいの歳だろう。

 同じクラスであることを祈りながら、教室に向かうのであった。


 ……もちろん。

 そんな衝撃は、手始めに過ぎなかったわけだが。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る