140:楽しみは、増えると嬉しいって話


「そういえば、そろそろ錬金術師になって一年だな」


 生産ギルドの予定表を確認中、ポロッとそんなことを零してしまう。

 すると、横で作業していたリーファンが顔を上げる。


「あ、そうだね。クラフト君が生産ギルドに来たのって、成人の儀の少しあとだったもんね」

「ああ。成人の儀はこの国最大の祭りでもあるだろ? その期間は冒険者ギルドも忙しかったからな。そこまではなんとかパーティーを組めてたんだが……それを過ぎたら戦力外通告だよ」


 俺は冒険者ギルドをクビになった日を思い出す。

 成人の儀は、この国独特の行事である。


 この国の住民は、あまり誕生日という概念がない。

 成人の儀で年齢を加算するのが一般的だからだ。


 十六歳になる年が、一生で一番特殊な日となる。

 それ以外の年齢では、一年で一番楽しみな祭りの日で、年をとる日だ。


 この国において、十六歳の成人の儀を過ぎれば大人となり、正式な職に就くことが出来る。


 だが、一番重要なのは別だ。


「クラフト君。成人の儀でやらかす予定って聞いたよ?」

「ちょっ!? 人聞きが悪い! 考えたのはカイルだからな!?」

「それは知ってるけど……本当に大丈夫なのかな?」

「カイルが音頭を取ってるんだ。大丈夫に決まってるだろ」

「うーん。まぁ、そうなんだけどね?」


 リーファンが向けてくる視線に信用がない。

 ……信用のなさに、若干心当たりもあるが、今回は大丈夫だ。なんといっても、カイルが考えたんだからな!


「そんなわけで、カイルに呼ばれてるから行ってくる」

「あ、大橋の途中経過資料を渡しておいて」

「了解」


 水分蒸発薬と水中呼吸薬のおかげで、大幅に作業効率が上がり、ほとんど日ごとに工期が短縮されていくため、資料の作成が間に合わない状態なのだ。

 カイルに提出しなければならない資料は膨大だが、こまめに訪問するわけにもいかず、今回のように俺やリーファンが別件で呼ばれたときにまとめて渡している。


 大量の資料を抱え、俺はカイル邸に……と言っても俺ん家の横だが、に向かった。


 ◆


「本当にやるんですね?」


 俺とカイルに念押ししてきたのは、紋章官のゲネリス・イングだ。彼の後ろには孫のフェイダール・イングが控えている。助手的な立場なのだろう。


 なにをやるかと言われれば、成人する全員に紋章適正の検査をするかどうかということだ。

 俺とカイルは、ゲネリスに揃って頷く。


「わかりました。その前に、少しおさらいをしておきましょうか」

「おさらいですか?」


 カイルがコトンと首を傾げた。

 護衛として控えているペルシアの鼻息が荒くなったが、気がつかなかったことにする。


「はい。カイル様は領主として初めての成人の儀となります。この儀式は、領主としてもっとも重要な仕事の一つとなります。特に領民からすると、貴族や領主の成果を感じられる唯一のものとなるでしょう」

「なるほど」


 確かに、俺もカイルと会う前は、成人の儀で開催される祭りの善し悪しで、領主の善し悪しを判断していたなぁ。


「ですので、領民が成人の儀や祭りに求めるものを再確認する意味で、おさらいです」

「とても納得しました。ぜひ教えてください」


 ゲネリスが恭しく頷く。


「この王国では、国民全員が、この日を境に歳を取ります。ま、簡単に言えば、共同誕生日ですな」


 カイルが真剣にメモをとっている。真面目か。


「つまり、領主の開催する、成人の儀の祭りというのは、領民全員への誕生日パーティーみたいなものです。貴族の方ですと、この祭りの日と別に、正式な誕生日を祝ったりもしますが、庶民には縁遠い感覚ですな」

「なるほど」

「王国の公的機関も全て、この日を基準に動きます。それだけ大切な区切りの日なのです」

「はい」


 ゲネリスがそこでゆっくりと腕を組む。


「つまり、この祭りでいつもと違うことをするとなると、領民にとって常識が変わることになるのです」


 そこでカイルと俺がはっと顔を上げた。

 なぜゲネリスが王国民の常識である、成人の儀のおさらいなどをしたのか、ようやく理解する。


「カイル様に、常識を変え、それを維持して行く覚悟はありますか?」


 ゲネリスが真っ直ぐにカイルを見据える。

 カイルは一瞬も迷うことなく、紋章官に答えた。


「もちろんです。幸せになる権利を維持するのが、僕の役目ですから」


 力強い瞳に、ゲネリスはふっと微笑む。


「私は心よりゴールデンドーンに来て良かったと思います」


 彼の孫であるフェイダールは、カイルの決意に目を丸くしていた。彼とたいして変わらぬ年齢で、ここまで強い責任感を持てることにショックを受けているようだ。


「さて、続きです。本来の儀式であれば、十六歳になった者は、全員並んで紋章官の前に出ます。そしてあらかじめ決めておいた、希望の紋章を伝え、私たちに伝えます」


 俺の時もそうだった。

 紋章官がいる立派なテントに入る前、助手から希望の紋章を決めておけと説明があった。


 ほとんどの人間は、就職先や親の職業に役立つ紋章を希望する。

 親が鍛冶屋であれば、鍛冶の紋章といった具合だ。


「そして、ここで私たち紋章官は、希望された紋章の力を引き出す魔術を使うのですが……、大抵の場合は上手くいきません」

「それが、紋章の適正問題ですね」


 ゲネリスができのいい生徒に向ける顔つきをしていた。


「そうです。残念ながら、紋章の適正は生まれつきのものですから、希望された紋章を授かれることはまれです。ただ、血統で受け継がれる率は高いので、親が紋章持ちであれば、同じ紋章が刻まれる確率は大きく上がります」


 これが、紋章持ちが増えない最大の理由だろう。

 親が紋章を持っていればいいが、紋章を持っている人数は王国でも少数だ。


「さて、そこでカイル様は、この『希望する紋章』を刻むのではなく、成人する全員の適性を調べ、『刻むことが出来る紋章』の中から選ばせる方式に変更するわけですが……一日では無理でしょう」

「どういうことですか?」

「今まで普通の庶民からすれば、成人の儀で紋章を得られたらラッキーくらいの気持ちでしたが、適性検査をすれば、なんらかの紋章がほぼ確実に刻めます。その選択肢を渡された者たちに『さあ今すぐその中から選んでくれ』と言ったところで、誰が即答出来ますか?」


 俺は思わず「あ」っと声を漏らしてしまう。

 そりゃ、即答なんて出来るわけがない。


「ですので提案です。まず一日かけて適正の検査をし、刻める確率の高い紋章を伝えます。それから一日空けてゆっくりと親や保護者と相談してもらう時間を作ります」


 なるほど。

 カイルの領地で人が住んでいるのはゴールデンドーンとリーファン町の二ヶ所だけだ。

 そのうちリーファン町で成人する数名は、保護者同伴でゴールデンドーンに連れてくる予定である。

 もともと住んでいるゴールデンドーンの住民なら、保護者へすぐに相談出来るし、リーファン町から呼び寄せる成人たちも、基本的に保護者がいる。一日あれば、話し合えるだろう。


 将来に直結する決断だから、一日で決めろというのも酷かもしれないが、そもそも紋章が刻まれる確率の方が低いのだ。ここは頑張ってもらうしかない。


「なるほどな。それで中一日空けてから、次の日に選んだ紋章を刻む訳か。適正検査、相談日、本来の成人の儀である、紋章を刻む日で、全部で三日欲しいってことだな」

「うむ。もう一つ切実な問題として、適性を調べる魔法は魔力を大量に消費するのだ。いくら伝説品質のマナポーションで魔力を回復するとしても、一日で何度も魔力枯渇と魔力回復を繰り返せば、その疲労感は想像もつかん。休養をいただくという意味でも、認めてもらいたい」


 ゲネリスの懇願に近い提案だが、聞けば納得である。もちろんカイルは快諾。

 ふと思いついたように、カイルが顔を上げた。


「ならば、成人の儀であるお祭りも、三日間開催にしてしまいましょうか」


 ポツリと呟いたこの一言で、王国最大の祭りを三日間ぶっ通しでやることが決まる。


 その日の午後、リーファンに向け「俺がやらかしたわけじゃないんだからね!」と叫びながら土下座することになるのであった。



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