131:慌ててるときほど、落ち着かなきゃって話


 俺たちがゴールデンドーンに到着し、生産ギルドに向かっている途中だった。

 大通りはいつも通り人であふれている。

 俺の乗るブラックドラゴン号は特にでかい馬なので、周りに迷惑を掛けないよう、ゆっくりと歩ませていたのだが、人混みをかき分けながら、慌てた男が大声を上げながら、俺の横をすり抜けるように駆けていく。


「事故だ! けが人が出てるらしいぞ!」


 俺は弾けるように馬を飛び降り、人並みを抜けようとしていた男を捕まえた。


「どこだ!?」

「河だよ! 北の大河で橋脚試験をやってるんだけど、そこが大変らしい」

「なんだと!?」


 橋脚試験ってことはリーファンを筆頭に生産ギルドの人間が何人も現場にいるはずだ。


「シュルル! 馬を頼む!」

「え!?」


 俺はブラックドラゴン号をシュルルに任せ、北門に向かって走り出す。ゴールデンドーンの中央通りは人や荷馬車がいっぱいで、馬を走らせられる状況ではない。


「走った方が速い!」

「おいらも行くっす! おいらのポニーもお願いするっす!」

「え! 私も一緒に……もー!!」


 文句を言うシュルルを置き去りに、俺は人混みを一気に駆け抜けた。


 ◆


 ゴールデンドーンの北側には、向こう岸が全く見えないほどの幅をもつ、巨大な河が流れている。


 街の北門を出て少し進むと、川岸に到着する。そこには桟橋が伸び、はしけ・・・と呼ばれる荷運び用の平たい船がいくつか浮いていた。


 ゴールデンドーンは、河川を利用した水上運送に関して、ほとんど発達していない。

 理由は簡単で、国内国外どちらにも貿易相手がいないからだ。もしガンダール方面に伸びているのなら、今頃水面みなもは商船で賑わっていたことだろう。

 残念ながら、大河の上流も下流も、危険地域しかないため、水運はほぼない。


 ゴールデンドーンがこの地に建設された最大の理由は、ここだけが、両岸の行き来が可能だと判断されたのが大きい。


 対岸を越えた先に小国家群があることから、なんとしてもここに大橋を建設しなければならない。


 生産ギルドは総力をあげていくつもの工法を考え出し、現在はもっとも一般的な建設方法を使って、比較的水深の浅い場所に、テスト用の小型橋脚を作っている。

 その建設現場は俺が今立つ桟橋から少し先、当然河の中だ。


 建材を積んだはしけ・・・がその辺りに何隻も浮かんでいるので、すぐにわかる。


「”遠見”」


 平たいはしけの上に、けが人が何人も横たわっているようだ。無事な者は水中に落ちた者を引き上げている。


 俺はどうやって現場のはしけまで移ろうかと、焦って辺りを見渡す。

 すると桟橋に係留してあるはしけに立つ男が叫んだ。


「人手が必要だ! 手伝ってくれる奴はいるか!?」


 俺はジタローと顔を見合わせたあと、すぐにそのはしけに飛び乗る。


「手伝うぞ! いそいで建設現場の水上まで移動してくれ!」

「あんたは……クラフトさん!? 心強いがちょっと待ってくれ!」


 水夫らしき男はさらに人を集めるため、大声を上げるも、集まってくる野次馬の喧噪であまり届いていない。


「任せろ!」


 俺は水夫を押しのけ、魔術式を展開する。


「”広範囲拡声”」


 これは一応俺のオリジナル魔法で、拡声の魔法を強化したものだ。魔力を馬鹿食いする代わりに、広範囲に声を届ける。

 ベイルロード辺境伯ガンダールの街中に声を届けたこともある。


『聞いてくれ! ゴールデンドーンの北の大河で事故が起きた! 人手が必要だ! これを聞いている者で、手伝ってくれる奴は、桟橋まで来て欲しい!』


 俺の声は魔力に乗って、広範囲に響き渡った。

 水夫が「おお! これが噂のクラフトさんか!」と興奮していたが、とりあえず無視。


 目を細めて街の方を見ていると、門の内側から砂煙が上がった。


「なんだ?」


 舞い上がる砂煙は増すばかりで、続いて「どどどどどどどど」という地響きすら聞こえてくる。


 こちらに向かって走ってきたのは冒険者の集団。

 それもゴールデンドーンで鍛えられた一流の冒険者軍団である。馬の全速力を遙かに超える速度で先頭を走るのはもちろん、蒼髪のパーティーだ。


「レイドック!」

「クラフト! なにがあった!?」


 俺は河の奥を指さす。


「あそこに見える水上の工事現場で事故があった! 事故の内容はわからんが、溺れている奴や、怪我をしている奴が見える! すぐに救出しないと!」

「わかった!」


 レイドックに続いて、ソラル、エヴァ、カミーユ、マリリンもはしけに飛び乗る。

 少し遅れて、大挙して押し寄せてきた冒険者たちもはしけに到着する。


 はしけとは、建材などを運べる平たい巨大な船だ。

 船と名はついているが、見た目はただの四角い箱が浮いているようにしか見えない。

 おそらく初めてはしけを見た人間は、浮き橋と勘違いするだろう。

 そんな荷運び専用の船だから、冒険者がたくさん乗ってもスペースに余裕はあるのだが、この船には大きな弱点がある。


 ただの浮くだけの、平たい土台みたいなものなので、自力では進めないのだ。

 小さな帆のついたはしけも存在するが、今乗っているものにはないらしい。


 水夫たちが集まってきて、近くに係留してあるガレー船の準備を始める。

 どうやらそのガレー船で、このはしけを牽引するらしい。

 それに気づいた冒険者たちが叫ぶ。


「ガレー船なんて待ってられるか! その船のオールを寄こせ!」


 ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる冒険者たちに、ガレー船の上で準備を進めている水夫たちが困惑している。

 するとレイドックがいっそう大きな声で言い切る。


「その船のオールを全てこっちに投げてくれ! あとはこっちでやる!」


 水夫たちはお互いの顔を見合わせていたが、この街の住人で知らぬ者はいないレイドックの言葉だ。ややうろたえながらも、ガレー船から巨大なオールを俺たちの乗るはしけに投げ始める。


「エヴァ!」

「はい! 任せてください!」


 はしけまで届かずに、水面に落ちたオールを、エヴァが魔法ですばやく引き寄せると、冒険者たちがすぐに受け取っていく。

 名前を呼ぶだけで役割を理解し合えるほど、キャスパー三姉妹とレイドックたちは上手くいっているらしい。


 本来は数人がかりで使う、ガレー船用の巨大なオールだが、冒険者たちは当たり前のように、一人一本を手にしていた。

 最後にレイドックがオールを受け取ると、当然のように指示を出す。


「はしけの左右に同じ数分かれろ! 声に合わせて一漕ぎだ! いくぞ! いーち!」


 レイドックが音頭をとっていることに誰一人文句を言わず、まるでもともと同じパーティーメンバーかと間違うほど、きれいに指示に従う冒険者たち。


「「「いーち!!!」」」


 身長の三倍はありそうな長さのオールが、一斉に振り上げられると、かけ声と共に水面に下ろされ、一気に水をかく。


 直後、はしけが想像を遙かに超えて加速され、俺は後ろにひっくり返ってしまった。


「うぉっ!?」

「きゃっ!?」


 なにか柔らかいものにぶつかり、そのままもつれて二転三転。


「いてて……」


 まさか巨大なはしけが、小型のボートより軽く加速するなど想像すらしてなかった。


「油断したぜ」


 つぶやきながら起き上がろうと、床に手をついた。


 ふにゅん。


 なんか木の床とは思えない柔らかさを手のひらに感じ、なんだろうと無意識で手を動かし感触を確認する。


 ふにふにふに……。


 俺は進行方向に向けていた視線を、手のひらに移す。


 目が合った。

 エヴァと。

 ものすごく睨まれている。真っ赤な顔で、睨らまれている。

 俺の背中に、冷たい汗が大量に噴き出た。


 俺が床だと思って勘違いしていたのは、エヴァの胸だった。


「……」

「……」

「あー……」

「……」

「あれだ。見た目よりある・・だな。ははは」


 無言でぶん殴られた。



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