130:困っているときに、助けてくれるものこそ親友って話
ジタローとシュルルの俺たち三人は、ギャーギャーとおしゃべりしながら、リザードマンの村へと進む。
途中、ゴブリンやらオークやらが沸いたらしいのだが、俺が知覚する前にジタローの弓で倒され、死体を見ることもなく魔石を抜かれていたらしい。
……ジタローはほんと、狩人としては優秀なんだよな。
そろそろ馬で進むのが難しくなった頃、目的地が見えてきた。
到着したリザードマンの村は、ヒュドラと激戦を繰り広げた湿地帯にある。
木の杭を何本も地面に打ち込み、その上に木で組んだ家が並ぶ。
故郷を捨て、移住してきたリザードマン全員の住処を優先したため、このような簡易的な建物になっている。
見張りの人間が俺たちの到着に気づいたのだろう、何人ものリザードマンが飛んできた。
「よく来てくれた! クラフト!」
大手を振って出迎えてくれたのは、シュルルの兄であるジュララである。
見た目がほとんど人間のシュルルと違い、ジュララの外見はほとんど爬虫類だ。
それでも人間に近い骨格を持っていて、二足歩行する。
良く発達した筋肉が服の間から覗いていて、彼が戦士であることを確認させられる。
「ジュララ。元気だったか?」
「ああ! 見てくれ! 俺たちの村を!」
自慢げに言われたが、そこまで立派な建物はなく、細い枝を組んだ簡素なものだけだ。
「まだ湿地帯にはまともな道がないから、生産ギルドとしても、大規模な建材の搬入が出来ず、申し訳ないと思ってたんだが……」
今回呼ばれたのも、このあたりの話だと思っていたのだが、違うのだろうか?
ジュララは少し不思議そうな顔をする。(たぶん、している)
「なにを言っているのだ? ああそうか。人間やドワーフたちは石の家に住むのだったな。俺たちはこのように風通しのいい、湿地帯の上に住むのがもっとも快適だ。防衛用の柵や壁は別問題だがな」
「じゃあ問題ってのは、村を囲む壁の話か」
「いや、違う。それはおいおいやっていくから急いでいない」
「なに? じゃあ発生した問題ってのは?」
俺が首を傾げると、ジュララが太い腕を組む。
「現場を見てもらった方が早いな。来てくれ」
ジュララを先頭に、数人のリザードマンと一緒に、俺たちは再び移動した。
◆
移動した先は、湿地帯の外周にあたる、端の部分だった。
何台もの荷車が止まっていたが、そのほとんどは、車輪がぬかるみに取られて、動かせなくなっているらしい。
荷車には大量の建材が積まれていた。
「馬車がスタックしたから俺たちを呼んだ……なんてことはないよな」
リザードマンたちは人間より力がある。
特にヒュドラ退治に参加した多くの戦士たちは、スタミナポーションを飲みながら血を吐くような訓練を重ね、ゴールデンドーンの冒険者並みに鍛えられているのだ。そんな彼らが荷車ごときで俺たちを呼ぶわけがない。
「このあたりに、人間の村を作る予定なのだ」
「ああ、湿地帯を水田に開墾する農民の村か」
「そうだ。だが、見ての通り、地盤が緩くてな……」
よく見れば、周囲の地面には杭や板が打ち込まれていたり、石組みを試みたあとなのがあった。
だが、そのほとんどは斜めになっていたり、石組みが崩れたりしている。
「リザードマンの村にあった建物は、大丈夫だったよな?」
「俺たちと同じ建築様式であれば、いくらでも協力するが、人の建物には応用できなかった」
どうやらすでに、色々試してくれていたようだ。
ジュララが腕を組み、眉間に皺を寄せた……気がする。
「カイル様の計画では、このあたりに人間の村を作り、ここから開墾を進める予定だ。俺たちリザードマンが防衛を担当する。周辺を調査したが、これでも湿地帯で一番地盤が安定している土地なのだ。このままでは村の建設が頓挫する。クラフト殿、協力してくれまいか?」
ここに村が出来なきゃ、開墾が始まらない。ジュララが焦るのは当然のことだ。
「もちろんだ。……と言いたいが、どう解決すりゃいいのかさっぱりだな。リーファンを連れてくるべきだったか」
だが、リーファンは生産ギルド長の仕事が忙しすぎる。とてもではないが連れ出すことは出来ない。
「協力は惜しまないが、どこから手をつけたもんだか。ジタロー、なんかいいアイディアはないか?」
「もちろんあるっすよ!」
え? 暇そうだったから話を振っただけなんだが、あるの?
「地面が柔らかいなら、固くしちまえばいいじゃないっすか! ゴールデンドーンみたいに、あの錬金硬化岩でしったけ? あれを流し込めばいいんすよ!」
胸を張って自慢げに語るが、それは無理だ。
「残念だが、難しいな」
「ダメっすか?」
「錬金硬化岩は、錬金薬と火山灰、それに水なんかを混ぜ合わせて作るんだが、このとき水の分量が重要になる。硬化岩は乾くまで時間がかかるから、そのあいだに水を吸っちまうと、脆くなるんだよ」
「このあたりは湿地じゃないっすよ?」
「石が数日で沈むような地盤だ。水分をたっぷり含んでるんだと思う」
「そうっすかー」
大げさに落ち込むジタローだったが、考え方自体は悪くない気もする。
地面が緩い理由は、水分な訳だから……。
「あ」
俺はぽんと手を打つ。
「なにか思いついたか?」
「ああ。とりあえずテストしてみようぜ!」
簡単な実験をするため、リザードマンたちに指示を出し、セッティングを進める。
「じゃあ私はクラフト様を癒やす係をするね!」
癒やす係ってなんだよ!
嫌な予感しかしねぇ!
誰か止めて!
俺の心の叫びが聞こえたのか、ジュララが厳しい表情でシュルルの前に立つ。
いいぞ! そのまま叱ってくれ!
「シュルル! 言葉遣い! クラフト殿は英雄だぞ!」
「こんな時まで……。はい。私がクラフト様を癒やす係をいたします!」
「良し」
言い直したシュルルに対して、満足げに頷くジュララ。
「良しじゃねー! 止めろよ!」
俺はシュルルにも適当に仕事を与えつつ、必要な錬金薬を準備した。
◆
みんなに用意してもらったのは、板を四角く打ち込み、ある程度の広さを囲ってもらうことだ。
板の長さは身長ほど。
狭い範囲とはいえ、隙間なく地面に打ち込むのは大変だったろう。
「ありがとう、みんな」
「礼など言わず、もっとこき使ってくれ」
「いや、こき使えとか言われても」
リザードマンたちが俺やレイドックに感謝しているのは理解しているが、さすがに少し大げさだ。
「だいたいまだ成功するかもわからないじゃないか」
ここまで尊敬の念を向けられて失敗したらかっこ悪いだろ!
適度に!
期待は適度に抑えといて!
「とにかく、実験しよう」
「そういや、なにをするんすか?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
そういや、指示しただけだな。
まぁいいや。やればわかる。
「ま、ここまで準備したからな。とりあえずやってみよう」
「リーファンの姉さんに怒られるっすよ」
「……いないからいいんだよ」
いつも、なにをやるのか先に言えと口を酸っぱくするリーファンがいないから、ついいつも通りに動いてしまった。
失敗失敗。
気を取り直していこう!
俺は準備しておいた、鉄のパイプを取り出す。
パイプにはいくつもの小さな穴を空けておいてもらった。
これも身長くらいの長さだ。
パイプの中には、粉末の錬金薬が詰まっている。
「よしジュララ! このパイプを板で囲った真ん中の地面に打ち込んでくれ!」
「承知!」
ジュララが他の戦士にパイプを持たせると、本人は丸太を振りかぶった。
木の板を打ち込んだのと同じように、力任せに丸太を振り下ろす。
「どぅりゃああああ!」
どがつん!
派手な音を立て、一撃で地面に金属パイプが完全に打ち込まれた。
その直後、地面にちょこんと顔を覗かせている、金属パイプの先端から、勢いよく水蒸気が吹き上がった。
「おおおおぉぉ!?」
ジュララと戦士が慌ててパイプから飛び退く。
吹き上がる水蒸気は止まるどころか、ますます勢いを増して、天空高くに白煙を吹き出し続けた。
しばらくすると、水蒸気の量は急激に減り、そのまま噴出をやめた。
パイプに詰めたのは、ちゃちゃっと錬金した”水分蒸発薬”である。
錬金釜を持ってきてないので、量は作れないが、テストする分には十分だ。
初めて作ったが、凄まじい効果だな。
……。
このときはまだ、水分蒸発薬がとんでもないシロモノだと気づく者は、誰もいなかった。
「クラフト様! なんかよくわからないけど凄いです!」
「わからんのに褒めるなよ……」
俺がげんなりと肩を落とすと、ジュララが金属パイプの先端を突く。
「もしかして、地中の水分を蒸発させたのか?」
「おお! わかってくれるか!」
「リザードマンは、地面の状況を感覚的に理解できる。だがこれは……」
ジュララは呆れたように顔を上げ、俺に向かって肩をすくめた。
「クラフト殿、落ちるぞ」
「は?」
直後、地面が陥没した。
「「「ぎゃああああああああああ!」」」
◆
「こ、怖かった!」
俺は激しく鼓動を打つ心臓を押さえながら、尻餅をついていた。
落下したのは膝の高さくらいだが、なんの前兆もなく突然身体が落下。想像以上の恐怖だった。
「びびびびびびってなんかねーっすよ!?」
「ジタローも悲鳴を上げてたろーが!」
「ききききききのせいっす!」
ここで虚勢を張る意味がわからない!
ああ、シュルルに対するアピールか。
……あれ?
強い戦士に惚れるなら、ジタローもそこに含まれるんじゃね?
疑問に思ってシュルルに視線をやるが、彼女は俺の視線に気がつき、思いっきり笑みを浮かべた。
……うん。ジタローのことは考えないようにしよう。
三人でそんなギャグ時空を作っている間に、ジュララとリザードマンたちは、丸太を使って地面を叩いていた。
「ふむ。信じられんが、木の板で囲まれた地面の水分は完全に抜けているな」
「これなら丸太で何度も叩けば、しっかりした地面になるだろう」
「戦士たちで作業すれば問題なさそうだ」
おおう。
なんかごめんよ!
「クラフト殿! この錬金薬は大量に用意出来るのですか!?」
「錬金釜が必要だから、ゴールデンドーンで作ってこっちに送るよ。ジャビール先生が効率的にスタミナポーションなんかを作るのに、置いてくるしかなかったんだ」
「そんなことはいい。これで村のめどがついた! 礼を言うぞ、クラフト殿!」
「カイルの為だから、協力するのは当然だ」
「ああ。カイル様のため、クラフト殿のため、俺たちリザードマンはどんな労力も厭わない!」
「助かる」
俺はジュララとがっつりと手を握り合い、友情を確かめ合う。
建設のめどが立ったので、俺たちは水分蒸発薬を作るため、急いでゴールデンドーンに戻ることになった。
「そうだシュルル」
帰宅の準備を手伝ってくれていたジュララが、シュルルに顔を向ける。
「ゴールデンドーンの輸送責任者はお前だ。サボるなよ」
「……え?」
ピタリと動きを止めるシュルル。
それってつまり……。
「そんなぁ! それじゃあクラフト様のそばにいられない!」
「馬鹿者! 護衛の手配、道案内、錬金薬の管理、生産ギルドとのやりとりの全てを出来るのはお前だけだろうが!」
「ふしゃああああああああ!」
しばらく二人は威嚇し合うように喧嘩をしていたが、最終的にシュルルが折れた。
当たり前だが。
がっくりと肩を落とすシュルルを無視して、俺はジュララの肩を叩いた。
「ジュララ。お前は俺の親友だ!」
「クラフト殿……!」
しばし別れを惜しんでから、俺たちは旅だった。
「クラフト殿。我らリザードマンは、カイル様とあなたに永遠の忠誠を誓おう……」
風と蹄の音で、ジュララのつぶやきは俺の耳には届かなかった。
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