129:モテたいとは思っても、肉食系だと及び腰って話


 ザイード開拓村改め、リーファン町に到着。

 ザイードが治めていたときは、木製の柵くらいしかなかったが、今はしっかりと錬金硬化岩の壁が町を守っている。

 さすがにゴールデンドーンほどの高さはないが、一般的なヒュドラくらいなら充分防げる防壁だ。


 リーファン町と名付けられた経緯は、聞くも涙、語るも涙……なんてことはなく、ザイードという名前を残すわけにはいかなかったので、急遽、新たな村の名をつけなければならなくなったことに起因する。

 名付け会議の場に国王陛下であらせられるヴァンの野郎が同席していたことが、リーファンの運の尽き。

 もともと土小人ノームが中心となって開拓していた地に、その血族であるリーファンの名のついた村が出来れば、王国が亜人に対して差別していないことをアピールも出来ると、言いくるめられたのだ。


 言ってることは間違ってないが、絶対面白さの方が勝ってる。賭けてもいい。

 開拓の功労者であるリーファンの名前がつくのは賛成だから、俺は特にリーファンの味方はしなかったが。


 中継地として宿屋ばかりが目立っていた町だが、今は商業ギルドもやって来て、非常に賑わっている。

 その理由は、リーファン町とゴールデンドーンの間に、立派な街道が出来、ゴールデンドーンの商品のほとんどがリーファン町で手に入るようになったからだ。


 リーファン町とゴールデンドーンの距離は非常に離れている。

 そもそも、王国の商人からすれば、リーファン町ですら、並大抵の遠さではないのだ。

 そこからさらに絶望的な距離を進まねばゴールデンドーンへはたどり着けない。


 だが、今まではゴールデンドーンまでいかなければ商品を手に入れることが出来なかった商品が、リーファン町で手に入るようになったことで、多くの商人はこの村で仕入れを済ませようになったのだ。

 おかげで村はすでに街と呼ぶべき規模で、小ゴールデンドーンとも言える発展をみせている。


「うひゃー! なんかまた建物が増えてるっすね! こないだ来たばっかりなんすけどね!」


 ジタローがポニーの上から町を見渡す。


「リーファン町では、錬金硬化岩を安定的に生産する施設が完成したからな」


 錬金薬さえあれば、今のリーファン町なら、効率的に錬金硬化岩を作れる。火山灰なども王国から仕入れやすい位置にあるため、おそらく王国のなかで、一番低コストに錬金硬化岩が作れるだろう。

 おかげで、安価に丈夫な建物が作れると言うことで、硬化岩の建物が乱立している。


 町を見渡せば、たくさんの馬車が行き交い、商談や呼び込みの活気ある声が辺りに響いていた。

 ここが危険な辺境の奥地にある町だとは、信じられないだろう。

 ……まぁ、ゴールデンドーンはさらに前人未踏の奥地に存在するわけだが。


「んじゃ、宿でも取るか」

「了解っす!」


 アホほど宿屋が乱立しているので、すぐに泊まれると思っていたのが甘かった。

 どの宿も満室御礼。

 何件か回ったが、どこもいっぱいで焦ることになる。

 幸い、生産ギルドに相談したら、緊急用に確保してある部屋を融通してもらえた。


 ただし、二部屋。


 それを聞いた瞬間、シュルルの瞳に危険な色が浮かぶ。

 あれだ。獲物を狙う狩人の目。


「クラフト様……ふふ……ふふふふ……」

「ちょ、ま」


 にじり寄ってくるその威圧感は、まさに爬虫類が小さなカエルを狙うそれ。


「大丈夫です。後悔はさせませんから!」


 するよ!

 やべぇ! 逃げ道が……!


 どんどんとホテルの部屋へと押し込まれていく感覚。

 掴まれたらおしまいだ!

 だが、じりじりと距離を詰められ、少しずつ交代する俺。


 どん。

 とうとう部屋のドアが背中に当たる。


 ニヤリと獰猛な笑みを浮かべるシュルル。


「まー、適当にやってくださいっす」


 さすがに飽きたのか、あくびをしながら隣の部屋に入っていくジタロー。

 そこで俺は「はっ」と気がついた。


「よし、シュルル。先に入ってくれ」

「! はい!」


 俺が背後のドアを開けて、シュルルを手で導くと、満面の笑みで中に入っていく。

 シュルルの身体が完全に部屋に格納されたのを確認した瞬間。俺は思いっきりドアを閉め、こっそり編んでいた魔術式を展開する。


「”氷塊”!」


 氷の魔法を使って、部屋のドアを一瞬で氷漬けにした。


「ちょっ!? クラフト様!?」

「この氷は朝まで溶けない! 無理に開けようとしたら扉が壊れるぞ! もしホテルの備品に傷をつけたら、俺は帰るからな!」

「そんな! 溶かして! この氷邪魔!」

「絶対に備品やドアを傷をつけるなよ!」

「えええええええええぇ!?」


 俺は目一杯シュルルに釘を刺して、隣の部屋の扉をくぐった。


「あれ? なんでこっちに来るんすか?」

「むしろ、どうして男女で別れるって、当たり前の結論にならないんだよ……」


 ツインの部屋が二つなんだから、素直に男女別にすりゃいいんだよ!

 シュルルの圧力で、しばらくそんなことすら考えられなかった。

 リザードマンの求愛怖いです。はい。


 しばらくの間、俺の名前を呼ぶ声が、どこかから聞こえた気がするが、気のせいだ。うん。

 俺は耳栓をしてぐっすりと眠った。


 ◆


「じとーーーーー」


 朝になり、氷が溶けたのを確認して部屋のドアを開けてやると、シュルルが文句ありそうな視線を向けてきた。


「口で言わない」

「じとーーーー。じとーーーーーー!」

「気持ちは嬉しいけど、そういうのは大事な人が見つかるまで我慢しなさい!」

「文化が違うもーん」

「デリケートな問題なの!」


 リザードマンの文化、受け入れられるかな?

 いや、シュルルほど人間に近い個体はいないから、そうそう問題にならん……か?


「クラフト様、なにを考えてるか想像つくから先に言っておくけど、よっぽど強いオスじゃなきゃこんなにならないからね?」


 心を読まれたような注意を、ざっくりと刺してくるシュルル。

 それならレイドックでもと反論しようとして、これ以上あいつに押しつけるわけにもいかんと、言葉を飲み込む。


 それに今のところシュルルの気持ちを受ける気はないが、じゃあだからと言って、別の男と番いになったら、それはそれでもやっとしてしまう。


 つーか、自分のことで手一杯なのに、そーいうことはまだ考えられないっつーの!

 俺は頭を強く振って、邪念を追い払う。


「やめやめ! それより湿地帯に向かうぞ!」

「えー? もう一泊しても……」

「リザードマン村の建設が優先だろ!」

「それは新村長に任せちゃえばいいんじゃないかなー?」


 新村長、ジュララはシュルルの兄だ。

 面倒ごとを丸ごと押しつける気かい!


「手に負えない問題が出たから、応援を要請してきたんだろうが!」

「苦労させとけばいいんですよー」


 シュルルは白々しくそっぽを向く。

 厳しい兄に、苦労させたいらしいが、個人的な感情を持ち出す場面でもない。


「じゃあ、シュルル一人でゴールデンドーンに帰るか? 俺は仕事がある」

「え!? 一緒に行きますから!」

「じゃあ素直に着いてくる!」

「はーい」


 ジュララに聞かれたら説教が始まる、間の抜けた返事をするシュルル。

 ジタローが楽しげに横に来る。


「今までにないタイプの問題児っすよね!」

「お前も大概だからな」


 こうして俺たち三人は、ようやく湿地帯、リザードマンの村へと馬を進めるのであった。

 ……うん。到着前から疲れる。



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