117:お忍びとは、いいご身分だなって話
ゴールデンドーンに到着した夜。
改めてカイルの屋敷に、今回の主要メンバーが集まっていた。
広い会議室が狭く感じるほどの密度だ。
気分をほぐすためか、最初はカイルのお礼の言葉から始まる。
「クラフト兄様。改めてお礼を言わせてください。マイナを守ってくれて本当に感謝しています」
「……ん」
すでに俺の膝の上に鎮座しているマイナが、カイルの言葉に合わせて小さく頭を下げる。
「僕は全員の身を危険にさらしました。皆に対してどのように責任を取るべきなのか、答えがでないのです」
カイルが暗い顔をしている。どうやら自分の責任をみんなに問うための会議のようだが、それはお門違いというものだ。
今回、どう考えても悪いのは俺である。
「いや。むしろ二人を危険に合わせた俺は、責められるべきだろう」
俺が二人に頭を下げると、レイドックが首を横に振った。
レイドックのパーティーからはソラルと二人で会議に参加している。
「違うぞクラフト。俺からすればカイル様とマイナ様だけではない。お前も護衛対象だったんだ。不甲斐ないのは俺たちだ」
レイドックの横に座るソラルも悔しそうに頭を下げる。
するとソラルの逆側に座っていたキャスパー三姉妹の長女、エヴァがうなだれる。
「いいえ。レイドック様は指揮官だったのです。一番そばで護衛していた私たちにこそ責任があります」
今度はカイルの背後に立つアルファードがため息をついた。
「馬鹿なことを言うな。カイル様の護衛は私だ。誰がなんと言おうと、全ての責任はこの私にこそある」
アルファードに別の声がかかる。
リザードマンの代表として出席しているジュララだ。
「いいや。此度の件。我らリザードマンにこそ責任がある。カイル様の大恩に、我らは命を賭して答えねばならなかったのだからな」
この場にいる主要メンバーのほとんどが、ずーんと沈み込む。
自分が悪い、我が悪いと言い合う俺たちだったが、その暗い空気は笑い声によってぶち壊された。
「ぶははははは! まったくお前らときたら!」
「……真剣な話をしてるんだけどな。ヴァンさんよ」
俺がじと目を向けるも、やつは不敵な笑みを返すだけだ。
「ふん。その理屈でいけば、カイルとマイナを絶対に守ると誓って雇われた冒険者の俺こそが、責を負うべきだろう」
ヴァンはくだらないという風に、手首をひらひらと振る。
「今回の件は、ひどく簡単なことだ。想定以上に……いや、戦争しにいったら災害に巻き込まれたようなもんだ。誰の責任でもない」
「ですが陛下……」
「責任と言うが、なんの責任を取るつもりだ? 死者はゼロで、けが人も全て治療済み。湿地帯のヌシも倒した。お前が取るべき責任がそもそも存在せん」
「あ」
俺は思わず間抜けな声を出してしまった。
たしかに結果だけみたら、大成功じゃないか!
呆け気味のカイルに、ヴァンが続ける。
「ふん、カイル。貴様は大成功した責任者だぞ。お前が取るべきは勝利の責任だ。勝利者の代表として、胸を張るのがお前の仕事だ」
カイルはしばし目を丸くしていたが、ヴァンの言葉通り背筋をただす。
「……はい!」
「うむ」
さすが王様だな。
ヴァンのおかげで、胸につかえていた心のトゲが、全て洗い流された気分だ。
俺たちは憂いがなくなり、辺境伯の所へ向かうまでの短い間、忙しい日々を過ごすことになる。
そして、その日はやってきた。
◆
「祭りだ!」
恒例行事になっている、ヴァンの叫びが辺りに響き渡った。
カイルが必死になって、留守中に溜まった仕事と、ザイード村の仕事と、祝勝会の準備と、辺境伯の所へ向かうための準備に追われる中、ヴァンの野郎、ほとんど毎日、物見遊山気分で観光してやがったよ!
だが、一人で放り出すわけにも行かず、同行という名目で、俺とレイドックとソラル。さらにキャスパー三姉妹。あとなぜかジタローが一緒に行動することになった。
「祭りっすよ! ヴァンさん!」
「おう! これは凄いなジタロー!」
「ゴールデンドーンの祭りはすごいんっすよ!」
妙に意気投合し、お互いに肩を抱き合い、酒瓶を振り回している姿が似合いすぎていた。
「なんであいつは、あんなに馴染んでんだ?」
レイドックが呆れて零す。
「知らん。なんつーか。ジタローらしいというかなんというか」
ヴァンとジタローが近くの女性に「へーい! かのじょー! ちょっと住所氏名年齢趣味好物を語り合おうぜー!」と声をかけては逃げられていた。
……いや、いろいろおかしいだろ!
「はぁ……今頃カイルは式典をがんばってるんだよな。俺はこんなやつのおもりじゃなくて、カイルのかっこいいところを見たかったよ」
「それは、同感だな」
俺とレイドックがそろって苦笑する。
街の中央広場には、ヒュドラの首が三本ほど置かれ、目一杯装飾されていた。
おどろおどろしい姿だが、ここまで飾り付けをすると、どこか愛嬌すら感じるので不思議である。
「あ! クラフトさん! やりましたね!」
「こんなでかいヒュドラがいたんですねぇ!」
「ちっくしょー! 知ってたら俺も参加したのに!」
無料で酒を配っているあたりに、冒険者たちがたむろしていた。
今回参加した冒険者も、ゴールデンドーンに残ってくれた冒険者も、肩を組んで杯を酌み交わしている。
「湿地帯の開拓! それは人類の夢! 大量の米が人類の胃袋を救うのだ!」
「ヴァインデック・ミッドライツ・フォン・マウガリー国王陛下に続く大偉業ですね! クラフトさん!」
ヴァインデッ……なに?
あ、ヴァンの本名か。舌を噛みそうな名前だな。
俺はヴァンに耳打ちする。
「偉業って、なんのことだ?」
「細かいことは省くが、俺が兄弟を差し置いて国王になった最大の功績だ。今回の湿地帯ほどではないが、かなりでかい湿地帯を開拓し、大量の米を作れるようにした」
「……凄いじゃん」
「凄いんだよ。尊敬したか?」
「少しな」
「なら、あそこの肉串を奢れ!」
「はいはい」
俺は肩をすくめながら、小銭を取り出すのであった。
◆
「おいクラフト!」
「なんですかい、ヴァン閣下」
嫌みを付け加えて無気力に返答。
「そろそろ
俺が答える前に、ジタローが返答する。
「ちっちっち! 違いやすぜ! ヴァンさん! コンサートじゃなく、ステージライブっすよ!」
ヴァンは眉を寄せて、腕を組む。
「違いがわからん。歌と音楽を提供するのならコンサートだろう?」
「違うんすよ! そこは! 観ればわかっるすから。それより席取りは必要ないっすが、そこまでの移動が大変なんで、もう行きやしょう!」
ゴールデンドーンでは、いつのまにやら大きな祭りのたびに、ステージライブを開催するが恒例となっていた。
最初は開拓村の小さなお祭りで、出し物がないからと、リーファンに歌と踊りを披露してもらったのが最初である。
その時、ジタローが全てを取り仕切ったのだが、これが住人に受けまくり、リーファンのファンクラブが結成されたほどだ。
それ以来、ずっとジタロープロデュースで、普通のコンサートとは違うライブステージが何度か開催された経緯がある。
「今回はおいらのプロデュースでないっすから、ちょっとつまらんかもしれやせんねー」
「なーに、あの堅物女騎士のペルシアと、生産ギルド長のリーファンのデュオというだけで見逃せんだろ」
「それもそうっすね!」
住人の強い要望もあり、今回もリーファンとペルシアのステージライブが決まったのだが、俺もジタローも忙しく(ジタローは別に頼んでないのに俺たちと一緒だったのだが)、どこからかアキンドーがその話を聞きつけ、今回のプロデュースを買って出てくれたのだ。
「さーて、お手並み拝見っすよ!」
ジタローは余裕綽々で貴賓室でふんぞり返っていたが、いざ始まるとジタローの余裕は消え去る。
今までジタローがプロデュースした方法を上手に使いこなし、素晴らしいステージライブに仕上げていたからだ。
男装姿のペルシアと、フリフリ衣装のリーファンが、ステージに上がると、大地を揺るがすような歓声が響き渡った。
リーファンが拡声の魔導具を掴む。
『最初の曲は、ようこそ辺境スターダスト! デュオバージョンだよ!』
いったい何人の魔術師を雇ったのか想像がつかないほど、ステージには色とりどりのライトが降り注ぎ、特注のラメ入り衣装が輝きまくりやがる。
うん。
リーファンとペルシアのデュオは、破壊力ありすぎたな。
興奮しすぎて失神した観客が、次から次へと運び出されるほどの熱狂に包まれる。
「ぶはははは! なんだこれは! なんだこれは! 俺の知っているコンサートとはまったく別物だな!」
「イカスだろ?」
「うむ! ステージライブ! 気に入った! ……ふーむ。王都でもやらすか」
ヴァンがなにやら不穏なことをつぶやいた気もしたが、歓声で後半がよく聞こえなかった。
こうして、ステージライブは大盛況で幕を閉じた。
途中から普通に楽しみまくっていたジタローが、急に我に返ってその身を海老のように反らす。
「くおおおおお! 次は! 次はおいらがもっと凄いイベントを企画するっすよー!」
なんだろう。嫌な予感しかしない。
ヴァンは終始、ペルシアを指さし、笑いこけていた。
いや、笑いすぎだろ。
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