107:準備不足でも、泣き言は言わないって話
完成した神酒は、レイドックに渡して、彼らに使ってもらうのが一番いい。
理想としては、レイドック部隊が隠れた状態で、ヒュドラに酒を飲ませ、その酔っ払い度合いを確認してから、一斉に襲いかかるのが確実だろう。
なので、まずレイドックと合流するのが優先だ。
合流できれば、倒す以外の選択肢もとれるからな。
とにかく、どうにか合流し、酒を渡す。
「よし。この方向性でレイドックと相談だな」
そんなことを考えながら、レイドックに精神感応の通信を飛ばす。
「レイドック、今大丈夫なら精神感応を――」
『クラフト! 何をした!? ヒュドラ野郎、真っ直ぐに突っ走り始めたぞ!』
許可を求めるまでもなく、速攻で通信がつながると同時に、レイドックの怒声が響いた。
お互いが精神感応したことで、レイドックの視界も脳裏に再生される。
レイドックは走っているらしい。
その視線の先。
巨大八ツ首ヒュドラが木々をなぎ倒し、水しぶきを上げながら、真っ直ぐに爆走している後ろ姿が見えた。
「なんだありゃ!?」
『こっちのセリフだ! お前がなんかしたんじゃないのか!?』
レイドックは即座に俺の仕業だと思ったらしい。
悲しい!
まるでいつも俺がやらかしてるみたいじゃないか!
まぁ、やらかしたっぽいんだけどね!
「思い当たることが一つだけある。ヒュドラが好きそうな酒を錬金した……」
『なにをやってるんだこの馬鹿!』
いやいやいや!
いくらなんでも、この濃霧の中で、離れた魔物が走り寄ってくるほど強烈だとは思わなかったんだよ!
匂いか?
匂いなのか!?
『なんでそんな酒を造った!? なにか考えがあるんだろうな!?』
レイドックは冒険者とリザードマンの部隊に指示を飛ばしながら、俺にも怒鳴る。
レイドックの後に、部隊が続いて走ってきているのだが、なぜかザイード部隊も一緒についてきていた。
どうでもいいな。
「この酒なんだが、魔物が飲めばかなり酔っ払うらしい! お前に渡して使うつもりだったんだが……」
チッっとレイドックの舌打ちが小さく響く。
『そうか……。ヒュドラの後を追うのは簡単だが、引き離されてる! お前たちがどの程度離れているかわからんから、追いつくまでどのくらいの時間差が出るかわからんぞ!?』
「なんとか時間は稼ぐ! できるだけ急いできてくれ!」
八ツ首ヒュドラが真っ直ぐに酒を目指しているなら、これを置いておけば勝手に時間稼ぎになるだろう。
さらにヒュドラの通った後は、竜巻が通り過ぎたのと変わらない。この濃霧でもレイドックたちが道を間違えることはない。
『ソラルとジタローがカイル様を捜索してる。見つかったら俺たちの場所まで移動してもらう手はずになってたんだが……』
「この霧の中で、場所がわかるのか?」
『ソラルなら時間をかければ、カイル様を見つけ出せる。お前たちと違って部隊だからな。さらにレンジャーの能力で、自分が通った道を覚えていられるから、カイル様の部隊と一緒に、俺たちが待機していた場所に連れてきてもらう作戦だった』
なるほど。レンジャーの紋章に、そんな能力があるのだろう。
その能力なら、宿営地まで戻って、そこからカイルたちの痕跡を追えばいい。
合流したら、今来た道を戻れば、宿営地を抜けて、レイドックが隠れていた場所に戻れる。
なら、カイルたちは放っておいても大丈夫だな。
しばらくそこで待ちぼうけになっていてもらおう。
ヒュドラを倒してから合流すればいい。
「時間がない。俺はすぐに準備をする!」
『ああ! 無理はするなよ!』
「今しないでどうするってんだ!」
『……そうだな。死ぬなよクラフト』
「その前に助けてくれよ」
通信の魔導具に魔力を流すのをやめる。
俺の身体に残された魔力は半分ってところか。マナポーションを一本くらい残しておけば……いや。その一本がエヴァたちの生死を分けている可能性もあるんだ。贅沢は言うまい。
マイナが不安げに俺に顔を向けた。
レイドックとの会話を聞けば、事態は通じているだろう。
「マイナ。よく聞いてくれ。あのでかいヒュドラがこっちに向かってる」
「……黒……い」
「そうだ。あの黒くてでかい八ツ首ヒュドラだ。時間がない。俺は今から準備をする。マイナはここを絶対動かないでくれ」
「……え?」
俺はマイナの返事を待たず、錬金硬化岩のセットを取り出した。
砂利や火山灰、錬金薬や空樽である。
時間がないから、魔力で強引に素材を混ぜ合わせ、木の根に隠れるよう、分厚く塗りたくっていった。
さらに、魔力で強引に水分を抜いて乾かしていく。
ちゃんとした魔術式がある魔法ではないので、脳みそが焼き切れそうだ!
ちらりとマイナを見る。
俺は絶対に守ると約束した! マイナにも! カイルにも!
魔力を使い切る寸前で、なんとか木の根に隠れるような、錬金硬化岩のシェルターを完成させる。
入り口は俺がくぐれるぎりぎりの狭さだ。
これなら、もしヒュドラに気づかれても、顔を突っ込まれるようなことはない。
錬金硬化岩の硬さは折り紙付きだ。
なにかあっても、簡単に壊されることはない。もっとも、そうならないよう立ち回るのが、俺の役目だが。
念のため保存食や水をシェルターの隅に積んでおく。
「少しだけ、待っててくれ」
俺が出口をくぐろうとしたら、マイナがマントをひっぱってきた。
いつもより、かなり強く。
「……かないで」
行かないで。
ああ、そりゃそうだろう。こんなところに一人で残されるのは不安だろう。
俺だって一緒にいてやりたい。
でも、だめだ。
レイドックたちが合流するまで、ここが見つからないよう俺が時間を稼がなきゃいけない。
「……マイナ」
「……」
マイナがぽろぽろと涙をこぼし始める。
もちろん、それを採取したりはしない。しないぞ?
じっとマイナを見つめる。
俺はゆっくりと、腰に結んであった、人形を取り出した。
一見すると、体中つぎはぎだらけ、怪我だらけに見える、ウサギの人形だ。
マイナが一生懸命、手を入れてくれたものである。
「マイナ。少しの間、これを預かっててくれないか? 必ず取りに戻る。大事なもんだからな」
「……これ……」
「俺と一緒に冒険してきたこいつと一緒なら、さみしくないだろ?」
マイナが人形をじっと見て、俺をじっと見上げる。
唇がきゅっと閉まる。
「……ん。待ってる……」
きっと、歯を食いしばって、その言葉を出してくれたのだろう。
マイナは、俺が思っていたより、はるかに強い子だった。
「……から。ずっと……守っ……て」
ああ、そうだな。
その約束をしたら、絶対生きて帰らないとだもんな。
「ああ。約束だ。絶対戻る」
「……ん」
マイナの頭をぽんぽんと撫でたあと、俺はシェルターを出る。
念のため、入り口を枝で偽装。
さらに、魔物には判別がつかないような方法で、いくつも、誰かがここにいることがわかるような目印を、シェルターまわりにたくさんつけておいた。
俺は、シェルターの位置を見失わないぎりぎりまで離れて、深い霧を睨みつける。
魔力はほぼ枯渇。
仲間はなし。
視界最悪、足下湿地。
「く……くくく……」
なぜか、喉の奥から笑いが漏れた。
状況が悪すぎて、笑いしか出ない。
だが。
「だけど……約束したからな。絶対に生きて……守り抜いてやる!」
決意を、叫んで。
◆
「……」
俺は、樽を二つ少し離して置いた。
中には半分ずつ、神酒が入っている。
豊満な香りがあたりに漂っていた。
樽の周辺だけ霧が薄いようにも見えたが、さすがに気のせいだろう。
樽が見える位置で、俺は身体がギリギリ入れられる木の根に潜り込み、じっとしていた。
「……」
つまり、ただ待っているだけだ。
こう、うんこ座りで。
「……かっこ悪いとか言うなよ」
ヒュドラが来るまで、やることなんて隠れる以外、なにもないからね!
シリアスってなんだっけ?
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