94:初陣は、緊張するよなって話


 ザイード村に寄った俺たち湿地討伐隊は、ジャビール先生と謎の冒険者ヴァン・ヴァインを加えて目的地である湿地帯へと進路を進めた。

 本来は村で一泊の予定であったが、ザイードのアホが兵隊を引き連れて危険地帯に突っ込んで行ってしまったので、少しでも早く救出するため、日暮れギリギリまで湿地帯へと近づいた。


 野営地を決め、俺が〝空間収納〟からテントなどを取り出す。

 ゴールデンドーンからザイード村への道中で何度も繰り返した作業なので、全員慣れた様子で野営準備を進めていく。


 最期にカイルとマイナ用の宿泊馬車を設置していると、全体指揮を終えたカイルたちがこちらにやってきた。


「よう、お疲れさん」

「僕は見て歩いていただけで、何もしてませんよ」

「それが責任者の仕事だから、お疲れさん」


 カイルと一緒にいるのは、マイナと護衛のアルファード。ジャビール先生。それとヴァンだ。

 うーん。先生がカイルと一緒に行動するとは意外だったな。

 知り合いのようだから積もる話でもあったのだろうかとも思ったが、どうも先生の視線はヴァンにばかり向いている気がする。


 なんかこう、もやっとする。

 理由は不明だけど。


 カイルが辺りを見渡す。

 湿地帯までは俺たちの速度であと一時間くらいの位置だろう。


「考えようによっては、この位置での野営は逆に良かったかもしれませんね」


 俺もその意見には賛成だ。


「ああ、日の出と共に起きて、朝食と撤収に一時間。移動に一時間と考えると、現地で活動できる時間が大きく取れる。狙ったわけじゃないが、ベストだと思うぞ」

「ザイードお兄様の事は心配ですが、夜に活動するわけにはいきませんからね」

「ああ」


 色々思うところはあるのだろうが、カイルは冷静に判断している。

 やはりカイルは芯が強いんだな。

 俺がカイルを誇らしく思っていると、シリアスを壊すように、ヴァンがあきれ顔で割り込んできやがった。


「まてまてまて、おまえらおかしくないか!?」

「ヴァンさん? なにがでしょう?」


 カイルがキョトンとして、ヴァンを見つめる。


「全部だ全部! まず昼すぎに村を出たのに、日暮れまでにここまで移動して来たっておかしいだろ!?」


 かさばる荷物は全部空間収納で運んでるんだから、そんなに変じゃないだろ?


「この湿地討伐隊は、厳選したメンバーですから」


 カイルがにこやかに答えるが、ヴァンは激しく首を横に振った。


「この世界は不公平にできてる。強い奴はどこまでも強くなれる。そこにいるアルファードや、先ほどちらっと見た、レイドックとかいう青髪の冒険者ならわかる」

「レイドックたちだけならもっと早えーよ」

「茶化すな錬金術師! 俺が言いたいのは! これだけの軍勢なんだぞ!? リザードマン隊なんて種族の違う部隊まで混じった! なんでそれでこんなおっそろしい進軍速度なんだって事を言っている!」

「そりゃー、行軍訓練もしたからなぁ」

「そういう次元の問題じゃないだろ!?」


 うーん。ゴールデンドーンで冒険者をやってたなら常識の範疇なんだが。やはりヴァンは別の地域の冒険者なのか。

 その割に、支給した伝説品質のスタミナポーションは飲み慣れている感じだったんだよなあ。

 どうにも正体が掴みきれない。


 ヴァンの野郎が、腕を組んで考え込んでいる。


「なるほど。カイルと錬金術師か……」


 なにがなるほどなんだか。


「おっさん。眠らずにカイルを守れよ」

「寝るわ!」


 冗談のわからんやつめ。

 カイルとマイナの馬車を中心に、重要人物の寝床を集めたので、俺を含めた主力陣が護衛してるので、実際には交代で睡眠は十分取れる。

 カイルとマイナと先生以外、全員が戦闘メンバーだからな。

 なにげにリーファンも強いし。


「さて、明日はどうなんのかね?」


 俺は呟きながら、毛布に潜り込んだ。


 ◆


 広大なる湿地帯。

 本来なら、人類が踏み込むには危険すぎる地。

 しかし、ゴールデンドーンの冒険者たちにとって、ここは稼ぎ場になっている。

 ゴールデンドーンからは離れているが、ヒュドラの魔石は品質が良いし、薬草類も高値の物が多いので、遠征にくる冒険者は多い。


 だが、それは湿地帯外周の話だったりする。


 俺とジタロー。それにリーファンの三人で軽い偵察に来ていた。

 久しぶりに湿地帯に来たジタローとリーファンが辺りを見回す。


「クラフトさん、この湿地帯ってどんくらい広いんですかい?」

「冒険者に調査してもらったんだが、予想よりかなりでかい」

「ゴールデンドーンで建設中の外壁よりですかい?」


 ゴールデンドーンで予定されている市壁は、大きく三段階にわかれる。

 一番内側の壁は、建設予定の砦を囲うものだが、こちらの建設は最後だ。


 記憶に新しい、コカトリス襲撃時、壁が未完成だので騒いでいたのが、現在の街を守る市壁である。

 現状でもとてつもなく広い街なのだが、その数倍の規模を包み込む範囲でさらに壁を建設中なのだ。

 こいつが完成すると、王都数個が収まる広さってんだからとんでもない。

 ジタローが言っているのは、このアホみたいな広さの外壁を指している。


 だが、流石に湿地帯はもっと広い。


「いや、比べものにならんくらい、湿地帯の方がでかいよ」


 いくらゴールデンドーンの最終面積が広いといえど、湿地帯がその程度の広さなら、こんな兵力は必要ない。


 すると、リーファンが俺たちの横に立つ。


「えっとね、ジタローさん。今見えてる、浅瀬にところどころ草が茂る範囲が、湿地帯の外周エリアだよ。ほとんどの冒険者はこのエリアでヒュドラ狩りや薬草集めをしてるの」

「おいらたちが昔、薬草を探したのも外周エリアになるんですかい? 結構奥まですすんだっすよね?」

「ギリギリ外周エリアかな? その奥が、今回の調査で判明してる中層エリアだよ」


 俺は冒険者の報告書を読んでいるので知っているが、かなり厄介なエリアだ。

 俺はリーファンの言葉を引き継ぐ。


「どうやら、中層エリアまでいくと、植生が変わるらしい」


 奥にうっすら見えていた緑は、てっきり湿地帯を超えた反対側にある森だと思っていたのだが違った。

 湿地帯の端だと思っていた場所が、そこからが本番、中心地帯だったのだ。

 広すぎるだろ!


 試しに〝遠見〟の魔法で確認したら、森の植物とは似ても似つかない植生をしている。

 植生が違う……つまり、生えてる植物の種類が、周囲の森と全然違うのだ。


 どうやらマングローブ、ガジュマルといった根の細かく枝分かれした植物が増えていくらしい。


 ヒュドラがたっぷり徘徊する外周エリアを突っ切って、奥まで行くなんて発想がなかったからな。


 だが今回は……。


 俺は偵察を終えるとカイルたちの元へ戻る。


「見える範囲にザイードの部隊はいないようだが。さてカイル、どうする?」

「まずはこの周辺の安全を確保確保して、痕跡を探しましょう」


 あんなやつでもザイードが心配なのだろう。カイルの表情が硬い。

 だから俺はできるだけ軽い口調で、口角を持ち上げた。


「了解だ。司令官」

「ちょ……クラフト兄様、恥ずかしいですよ」

「冗談だって」


 わざとらしくカイルの頭をぐりぐりしてやると、カイルから緊張が消えていくのがわかる。


「……ん」

「マイナ?」


 カイルの後ろにいたマイナが、こちらに寄ってきて頭を突き出してきた。

 同じように頭をぐりぐりしてやると、満足そうに俺のマントにしがみついてくる。

 あの、今は動きにくいです……。


 一連の流れを、ヴァンが半目で眺めていた。


「おまえらいつもこんなゆるゆるなのか?」

「緊張してるよりいいだろ?」

「まぁ……そうだが……」


 ヴァンが納得いかな気に首をひねって腕を組んでいたが、無視だ無視。

 準備の完了したアルファードがカイルに向かって敬礼した。


「カイルさま! 全軍準備完了いたしました! ご命令を!」


 どうやらシリアスタイムに戻ったらしい。


「わかりました」


 決意の表情で、カイルが片手を大きく振った。


「それではレイドックさん率いる冒険者部隊が突撃。続いてジュララさんの率いるリザードマン部隊を投入してください!」


 これが、カイルの初陣である。

 ペルシアがいたら号泣してただろうな。

 アルファードが恭しく敬礼で返す。


「はっ! 了解しました!」


 アルファードのやつ、必死でこらえてるけど、お前も感動で泣き出しそうじゃね?

 そんな心の声が聞こえてしまったのか、アルファードがこちらを睨む。


「クラフト! ここからはお前の出番だ! 両部隊に連絡せよ!」

「了解だ!」


 どうやら怒られるわけではなかったらしい。


 さて、何度か言いかけた、俺とカイルと一緒にいなければならない理由。

 それは……。


「カイル。レイドックとシュルル・・・・に連絡するぞ?」

「はい!」


 ようは連絡員だからだ。

 通信の魔導具を使った、伝令いらずの連絡員。カイルの指示を即時直接伝えられる。


 うーん。便利。


 俺は通信の魔導具である指輪に魔力を流し込み、レイドックとシュルルと精神感応を開始する。

 ジュララは魔導具を持っていないため、シュルルが同行している。

 はじめは危険なので別の連絡手段を考えていたのだが「クラフトさまにいいところを見せるチャンスです!」と意気込んだシュルルに強行された。

 ジュララはこの一ヶ月、スタミナポーションをがぶ飲みして、厳しい訓練をこなしたおかげか、自信満々で「自分の妹くらい守ってみせる」と豪語している。


 もともとリザードマンという種族が戦いに向いているのか、ここ一ヶ月で彼らはとてつもない戦士集団となっているので、大丈夫だろう。たぶん。


 まずはシュルルから。


「シュルル聞こえるか?」

『はい! クラフトさま!』


 シュルルの声だけでなく、彼女の見ている風景も、ぼんやりと感じ取ることができているので、精神感応は問題ない。

 ジュララが緊張した表情で(たぶん)シュルルをのぞき込んでいるのが、なんか面白い。


「レイドックたち冒険者が突っ込んだあと、お前たちリザードマンの部隊に出て欲しい」

『任せて!』

『言葉遣い!!』


 シュルルの声だけでなく、彼女をしかるジュララの声も聞こえてきた。どうやらシュルルが聞こえた音もある程度は共有できるらしい。


「シュルルたちの任務は、レイドックたちが討ち漏らした敵の掃討と、生存者の捜索だ。できるか?」

『もちろんです!』

『おい! クラフトはなんと言っているのだ!? ちゃんと伝えないか!』

『クラフトさま! 見事お仕事が終わったら、ぜひご褒美を! お情けをー!』

『馬鹿か!? この一戦、恩義を返すための戦いだぞ!? それに報酬を求めてどうするか!? クラフト! 俺の声は聞こえているか!? 我らは報酬など求めん! この馬鹿妹は無視して――!」


 その後しばらくジュララの懇願と、シュルルのお願いと、ジュララの叱咤が入れ替わりで聞こえてきた。

 うん。大丈夫そうだな。


 俺はそっとシュルルとの精神感応を切りつつ、レイドックに繋げた。


『よう、遅かったな』


 レイドックがにやりと笑う顔が目に浮かぶぜ。

 今、奴の視界で見えるのは、ソラルだけどな。仲のいいことで。


「先陣だ。いけるな?」

『聞くことか?』

「それもそうだな」


 俺の口元に、自然と笑みが浮かぶ。


「レイドック。お前の部隊は殲滅だ。ザイード村方面の外周エリアをすべて殲滅だ。捜索はジュララに任せた」

『ひゅう! 久々にあばられられそうだな!』

「おう! 飛ばしすぎてバテたら笑ってやるからな」

『ゴールデンドーンに来たての冒険者じゃあるまいし』


 お互いに小さく笑う。

 スタミナポーションは疲労しなくなるとんでもない薬だが、肉体限度を超えた動きをすると、さすがに疲労も出る。

 伝説スタミナポーションを初めて飲んだ冒険者が、調子にのって普段使う以上の技を連発し、依頼を失敗するというのは、ゴールデンドーンではあるあるネタの一つとなっている。


「んじゃ、頼むわ」

『了解だ!』


 今か今かと出番を待っていた冒険者集団が、レイドックが剣を掲げたのを確認し、一気にテンションを上げる。


「いくぞぉぉおおおおおお!!!!」

「「「おおおおおおおおお!!!!」」」


 ドラゴン討伐とコカトリス防衛戦を経験し、その後何度か起きたスタンピートのことごとくを乗り越えた、驚天動地の冒険者部隊が、湿地帯へと突っ込んでいった。


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