88:新しい魔導具は、わくわくするよなって話
俺は生産ギルドへやってきた。ノルマの錬金薬を納めるためだ。
ギルド員と適当に挨拶をしていると、リーファンが奥から飛び出してくる。
「クラフト君! 完成したよ!」
「お! どれどれ?」
彼女が差し出してきたのはいくつかの指輪。
オリハルコンのインゴットが完成してから数日、俺はリーファンに頼んで、指輪を作ってもらっていた。
使用した素材は、完成したオリハルコンをさらに錬金術によって変化させたものである。
とても繊細なデザインが施された、特製オリハルコンの指輪を明かりにかざす。
「素晴らしいデザインなんだけど、装飾品じゃないんだから、こんなに凝った作りにしなくてもよかったんじゃないのか?」
するとリーファンは目を丸くした。
「あれ? クラフト君知らなかった?」
「え? なにを?」
「魔導具の装飾って、ほんの少しだけど、効力を高めるんだよ」
「え!? そうだったのか!?」
「うん。錬金釜にも気合をいれて装飾しておいたでしょ? ってただの飾りだと思ってたんだ」
「すまん。思ってた」
知らなかった。
そういえば魔導具って、やたらと装飾過多だと思ってたんだ。
「へえ。そういうのは錬金術師の紋章からはわからないんだね」
「鍛冶の領域ってことなんだろうな」
しかしそうか。
錬金釜の効果が高くなっていなかったら、ギリギリでコカトリスの侵入を許していたかもしれないな。
改めてリーファンには感謝しかない。
俺が理解したと頷くと、リーファンは嬉しそうに指輪を一つ手に取った。
「この指輪がクラフト君専用だよ」
渡された指輪は、他の指輪より一回り大きく、装飾も過多である。つまりそれだけ多機能なのだ。
大きくなったのはそのあたりの問題だろう。
「じゃあ、さっそく試してみるか」
「うん!」
リーファンも自分用の指輪を取り出す。
渡す予定の人に合わせたサイズに調整済みのはずだ。
リーファンが指輪をはめていると、そこに生産ギルドの新人職員が書類を抱えてやってくる。
他の地域から、人手不足を補うため、生産ギルドの上が送ってくれた新人プラム・フルティアだった。
かわいい顔をした女の子である。
「ギルド長、こちらの書類なんですが、このまま商会にお渡ししていいですか?」
新人職員に渡された書類を一読して、リーファンの表情が緩む。
「うんうん。よくできてるよ、プラムちゃん! もうだいぶ慣れたね」
「はい! ありがとうございます!」
仕事を褒めているリーファンの身長が低いせいで、子供とお姉さんのおままごとに見えてしまう。
「クラフト君、何か失礼なこと考えてない?」
「何一つとして!」
思考を読まれた!?
「クラフト君、自覚ないのかもしれないけど、ものすごく顔に出るタイプだからね?」
「お……おう」
そうだったのか、……気をつけよう。
二人で漫才をしていると、新人ちゃんがなぜか顔を赤らめている。
なんで?
「えっと……やっぱりお二人はそういう関係だったんですね!」
「ん? そういう関係?」
「え?」
そういう関係って、どういう関係? ギルド長とその部下職員?
「ちっ! 違うよ!? クラフト君はそういうんじゃないんだからね!?」
リーファンが慌てふためき手を振って否定する。
どうやら彼女には意味が通じてるらしい。
「でも、似たデザインの指輪をされているようですし……」
「指輪?」
よくわからないが、プラムは指輪が気になるらしい。
「んー、この指輪は新しい魔導具だぞ?」
「え? 魔導具ですか?」
「ああ。そうだ、今からテストするところだから見てるといいよ」
「なんだぁ。婚約指輪じゃなかったんだ。噂は噂だったのかな?」
「ごめん、聞き取れなかった」
プラムが何かをつぶやいたが、声が小さく聞き取れなかった。
「なんでもないです! それより、どんな効果の魔導具なんですか?」
なぜか慌てるプラムだったが、それよりも知りたいならば答えねば!
最近は錬金術師として、物を作る喜びに目覚めてきたのだ!
自分の作った物を説明するのは何より楽しい。
「よくぞ聞いてくれた! この魔導具はな! なんと離れた場所と会話ができる魔導具なんだよ!」
「え!?」
「名づけて、通信の魔導具!」
「よくわからないけど凄いです!」
プラムがすごく驚いてくれる。
素直で嬉しいぞ! そういう表情が見たかった!
俺は鼻を高くしながら、指輪をはめる。
「まずは起点になる俺の指輪に魔力を込めてっと……」
ずわりと魔力が指輪に吸い込まれ、装飾が魔力発光しはじめた。
錬金釜と同じだな。
なるほど、魔導具の魔力発光は、特殊な装飾も理由だったのか。勉強になる。
「予想していたとおり、かなり大量の魔力が持ってかれるな」
魔導具を発動させるだけで魔力が大量に必要になるのはわかっていたが、実際に使ってみると、多用できるものではないとわかる。
「やっぱり大量に魔力を消費してるみたいだね」
リーファンが俺の指輪をのぞき込む。
装飾の発光ぐあいから、魔力の消費量を予測できるのだろう。
「ああ。起動するときは、俺の指輪を介在する形にしてよかったよ。もしすべての指輪の性能を同じにしていたら、ほとんどのやつが魔力不足で起動もできないと思う」
正確には、俺とジャビール先生なら使えるだろう。
それと、エヴァが使えるようになる可能性が高い。今のエヴァではきついと思うが、ゴールデンドーンでしばらく頑張れば、彼女の実力なら魔力も足りるようになるだろう。
「おかげでクラフト君の指輪以外は、機能の制限があるけどね」
リーファンがはめた指輪を眺めていると、プラムが興味深げに聞いてきた。
「えっと、私も魔導具でお話してみたいです!」
通信の魔導具は、複数の人とも
「生産ギルド用にも指輪を用意してあるからちょうどいい、プラムが使い方を覚えてくれよ」
「はい! わかりました!」
リーファンが生産ギルド用の指輪をプラムに渡す。少し大きめに作ってあるので、彼女の指にはぶかぶかだった。
生産ギルドとの緊急連絡用なので問題はないだろう。
「テストしながら説明するぞ」
「うん」
「はい!」
俺は指輪に魔力を使って念じる。
「〝精神感応・リーファン〟〝精神感応・生産ギルド〟」
俺の指輪に魔術式が発動し、指輪の表面に魔法陣が浮かぶ。
装飾の魔力発光と合わさって、けっこう派手だ。
同時に、リーファンとプラムの指輪も淡く光り始める。
「わっ!?」
「え? え!? 何か頭の中に響いてきました!」
どうやら最初の段階は成功したらしい。
オリハルコンの特性を利用して、二人の精神と俺の精神が繋がったのだ。
ただ、今の状態では完全に繋がっているわけではなく、これから繋げてもいいかと、扉をノックしているような状態だ。
なので、二人には精神の扉を開いてもらう必要がある。
「よし。二人とも、心の中でいいから〝精神感応・クラフト〟って唱えてくれ」
「は、はい! 精神感応、クラフトさん!」
「いや、口に出さなくていいんだが……、いや、俺も最初だから口に出してたけどさ……ん? お、おお!?」
ふっと、意識の一部が、プラムと繋がった。
頭の隅に、ぼんやりとした映像が浮かび上がる。
はっきりしないが絶世の美男子がそこに!!
……はい、ごめんなさい。プラムが見ている、俺の姿です。
まだ指輪に慣れていないので、表情もわからないていどにぼやけてます。はい。
なんであれ、彼女の見ている視界が脳内に浮かび上がったってことは、精神感応が成功したってことだ。
「わっ!? わっ!? 視界が二重に見えます! ……違いますね、なんていうか、別の視点が頭の中にぼんやりと浮かび上がるというか……」
プラムがわちゃわちゃと慌てふためく。
魔法に慣れていないと、最初は混乱するかもしれないな。
「声はどうだ?」
「え? そういえば……」
「近すぎてわからんか。ちょっと待っててくれ」
俺は地下の倉庫へと移動する。
商業ギルド経由で、各商会へと渡される荷物が山積みだ。
横にいたら、心に聞こえてくる声なのか、しゃべってる声なのか判別付かなくなるだろう。
「プラム。聞こえるか?」
『わっ! わっ! 聞こえます! クラフトさん隠れてませんよね?』
俺は思わず苦笑してしまう。
プラムの声はしっかりと、さらにプラムの視界がぼんやりと理解できているので、正常にお互いが精神感応できているのが確認できた。
彼女にも俺の視界が見えているはずである。
「プラム。俺の見ている風景はわかるか?」
『は、はい……えっと、たぶん倉庫だと思います。樽と木箱がいっぱい見えるので』
「そうか。リーファンはどうだ?」
実はリーファンとも精神が繋がっている。彼女はちゃんと心の中で指輪を発動させたのだろう。
『うん。見えてるし聞こえてるよ』
「なんかテンション低くない?」
もうちょっと驚いてくれると思ったんだが……。
『低くないよ! 驚きすぎて、言葉がでないんだよ!』
「なんだ、そうだったのか。なかなか便利そうだろ?」
遠くの人と通信するための魔導具は、ずっと欲しかったのだ。
『クラフト君……これ、とんでもない魔導具だからね!?』
リーファンの声は震えているようにも感じる。
このまま精神感応で話してもいいのだが、さっきから指輪に魔力をもりもり持っていかれているので、長話は無理だ。
「すまん。まだ慣れてなくて、魔力消費が大きい。いったん切るぞ」
精神感応を一度切る。
慣れればもう少し魔力を効率よく使えるようになるだろうが、初めてだったこともあり、無駄な魔力を消費してしまったようだ。
二人の所に戻ると、プラムが興奮していた。
「クラフトさん! すごいです! こんな魔導具初めて見ました!」
「おう! 驚いてくれたようだな! 便利だろ!」
「はい! これってどのくらい遠くの人と話せるんですか?」
「うーん。その辺は慣れもあるからなんとも。予想値だと、王国の端から端まで届くと思うんだけどな」
この辺の細かい数値は、〝鑑定〟の魔法をつかってもよくわからない。
おいおいテストしていこう。
おそらく洞窟の中や、異界化したダンジョンなどとの接続は無理だろう。
「クラフト君? そろそろちゃんと説明してくれるかな? かな?」
なぜか少し怖い顔をしているリーファンだが、今回はちゃんと性能を前もって教えてあるから、怒られることはない。
……ないよね?
「え? 性能は教えてあったろ?」
「私が聞いてるのは、遠距離の通信器具ってことだけだよ! それだけでもとんでもないのに、なにあれ! 声だけじゃなくて、風景まで見えたんだけど!?」
「あれ? 言ってなかった?」
「聞いてないよ!」
あれー?
そういえば、通信器具としか言っていなかったような気もする。
うん。言ってなかったわ。
よし、ごまかそう。
「えっとな、オリハルコンって金属なんだが、おもしろい特徴があってな。これ、精神感応金属だったんだよ。生成されたオリハルコンを錬金してやると、その塊は分割しても魔力的に繋がった状態になるんだ。つまりこの特性を利用したのがこの指輪で……」
「ク・ラ・フ・ト・君?」
あ、はい。これは正座ですね?
俺が床に膝を落とすと、リーファンは苦笑いしながら首を振った。
「いやあの、説教するつもりじゃないんだよ?」
「え?」
「ちょっと想像の斜め上な性能でびっくりしちゃったけど、とってもすごい魔導具だからね!」
「なんだよ、驚かすなよ」
なんか最近、新しい物を錬金するたびに正座させられてたから、つい反射的に……。
「うん! すごいよクラフト君! ……でもね、今度からもうちょっとちゃんと説明しておいて!」
「おう! 努力する!」
「そこは努力じゃなくて、必ず実行しよう!?」
俺とリーファンの、いつものやりとりを、プラムがどこか冷めたような目で見つめていた。
「あの。お二人の世界を作るのはいいんですが、もうちょっと使い方を教えてください」
おっと。説明の途中だったのを怒っているのか。
「すまん。この通信の魔導具だが、いくつか制約がある。まず、会話するのは俺から繋げるしかない」
「私たちの指輪から呼びかけられないってことですか?」
プラムが自分の指輪をまじまじと観察する。
「そうだ。最初は俺のほうから、狙った指輪に精神を飛ばす。するとプラムとリーファンが感じたような、繋がった感覚を得られる」
「あの最初の頭の中に声が響いてくる感覚ですね」
プラムがあれかという顔をする。
「そうだ。だが、その時点では完全に繋がっていない。それぞれの受け手が〝精神感応・クラフト〟と明確にイメージして、初めてしっかりとお互いが繋がるんだ」
「あの、忙しいとかの理由で、繋げたくないときはどうしたらいいんですか?」
「普通に感応を拒否してくれればいい」
俺はもう一度、二人に精神感応を飛ばし、それを拒否してもらう。
「……繋がりませんでした」
「なら正常ってことだ」
「これすごい便利ですね! ぜひ生産ギルドで量産しましょう!」
プラムはとても嬉しそうだが、それは無理だ。
「いや、作成にはオリハルコンが必要だし、それを加工するための素材もいろいろと必要だ。現状ではこれ以上増やすつもりはない」
「えー」
残念そうなプラム。
リーファンが半目を向けてくる。
「クラフト君。すでに二〇個以上指輪があるんだけど……」
「それは知り合い連中に配る分だよ」
予備も含めての数だが、インゴット一つを精神感応オリハルコンに精製しちゃったから、まとめて作らないともったいないだろ?
「配って大丈夫……かな?」
「カイルやリーファン、レイドックなんかに渡すんだ。大丈夫だ」
信頼できる奴にしか、この精神感応指輪を渡す気はない。
いちおう、誰に渡すかはカイルに相談する予定だ。
まぁ、反対される気はしないんだけどね。
「ならいいんだけど」
リーファンの顔は、どこか浮かない。
「なんだ、リーファン。問題あるか?」
「どうして問題がないって思えるの、クラフト君!?」
「え? え!?」
「アーティファクトを量産して、それを配っちゃうんだよ!? もうちょっとよく考えよ!?」
うーむ。
コカトリス騒ぎの時、レイドックに連絡が取れずに苦労したから、渡しておくべきだと判断したんだが。
あと、いざというとき安否をすぐに知りたい連中だ。
過去の問題点を考慮して通信の魔導具を作ったわけだが、なにか問題があるだろうか?
「あ」
問題があるとしたら、これか!
俺は精神感応指輪に重大な欠点があることに気がついた。
「やっと理解してくれた?」
「おう! なるほど盲点だったぜ!」
これは構造的欠陥だった。
リーファンが懸念するわけだな!
「うんうん。わかってくれればいいんだよ!」
「ああ!」
俺は腕にぐっと力をいれて答えた。
「トイレや風呂の時に通信が来るのは、ちょっと困るよな!」
リーファンの目が点になった。
プラムの目が点になった。
俺はどや顔だった。
なぜか無言の時間が寒々しく流れる。
あれ? なんで?
「クラフト君! 正座!!」
「ええええぇぇ!?」
俺は結局正座させられると、目を三角にしたリーファンから、政治的な考慮やら、軍事的な側面やらの説明を延々とされた。
情報の革命とか、分断された部隊の連携がどうとか。
難しい話が頭の中をぐるぐると駆け巡り、足がしびれきったあと、最期に俺はこう結論づけた。
「うん。トイレや風呂に入るときは、指輪を外してもらえばいいんだな!」
「わかってなあああぁぁぁい!!」
なぜか正座が二時間延長された。
解せぬ。
こうして、俺たちは通信の魔導具でつながるようになったのだ。
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