89:すべての準備は、これで万全って話


「こ! これはとんでもない魔導具ですよ! クラフト兄様!」

「気に入ったか?」


 俺は意気揚々と、完成したばかりの精神感応指輪……通信の魔導具を持って、カイルに会いに来ていた。

 さっそく通信を試してもらったのだが、カイルが珍しく興奮している。


「もちろん気に入りました! しかしこれは……」


 カイルが顎に手をやって考え込む。

 それを見て、護衛のペルシアがうっとりと頬に手をやった。


「カイル様、かわいいです」


 そこは全面的に肯定だな。カイルはかわいい。

 アルファードは苦笑気味だが、おまえも素直になれよ!


 カイルもっと素直に喜んでくれると思ったが、妙に真剣な表情だった。

 俺もそろそろ、この魔導具が結構なシロモノだと理解してくる。


 カイルの思考を邪魔しないよう、アルファードがこちらに視線を向けた。


「その通信の魔導具とやらは、私たちも渡してもらえるのか?」


 カイルの護衛であり、軍の総責任者であるアルファードに渡さない理由がない。


「もちろんだ」


 俺はアルファードだけでなく、ペルシアとマイナにも指輪を渡し、使い方を説明し、実践してもらう。


 テスト中、マイナとの接続だけが少し困った。


「あの、マイナ。頼むからなんかしゃべってくれ」


 視覚共有で、マイナの見ている光景はぼんやりと見えるが、無口なマイナの声が確認できない。


「……る」


 るってなんだ。るって。


「あー、俺の声は聞こえてるよね?」

「……ん」


 大丈夫……だよね?

 基本的にカイルといつもセットだから、通じなかったとしてもそんなに問題はない。……よね?


 指輪をはめて、嬉しそうなマイナを見ていたらどうでもよくなった。

 通じているみたいだから、上機嫌で膝の上で足を振っているマイナの邪魔をするのはやめておこう。


 アルファードの反応はマイナと正反対だった。


「まったく……クラフト。貴様は相変わらず自重せんな」

「便利だろ?」

「ああ、便利だ。通信の開始が、貴様からのみという点を差し引いても、紛れもない国宝級アーティファクトなのを認めよう」

「だったら少しは喜べよ」


 苦笑するアルファード。


「阿呆。国宝級を量産してるから、頭を抱えているんだろうが」

「カイルのためだからいいんだよ」

「それを言われるとな……。たしかに、開拓、軍事どちらにおいても代えがたい。いちおう礼を言うぞ」

「いちおうかよ! 素直に伝えてくれよ!」


 まったく、こいつはいつも真面目で堅物だな。

 聖騎士ってのは、堅物じゃないとなれないのかね?


 一方、ペルシアの反応はというと。


「クラフト! 貴様! 間違っても着替え中に通信を送ってくるんじゃないぞ!?」


 これである。


「だから、繋がって困るときは、指輪を外してくれって説明したろうが」

「馬鹿者! 護衛として、これほど素晴らしい連絡手段を外すなど考えられんだろうが!」


 ああ、そりゃ確かに……。


「最初に通信を送ったとき、否定してくれれば繋がらないから……」

「ほんとか!? 本当に大丈夫か!? 実はクラフトだけ私の裸体をねっとり覗いている可能性はゼロなのだな!?」

「もちろんだ!」

「誓え! クラフト!」

「お、おう!」


 だめだ。このポンコツ騎士、心配する方向が明後日過ぎるわ!

 そこにアルファードが苦笑しながら割って入ってきてくれた。


「大丈夫だクラフト。私たちは護衛だ。護衛に男も女もない。非常時は遠慮なく連絡してきてくれ」

「ぬ! ……ぐ! アル!」

「恥ずかしがって、万が一をおこしていいのか? ペルシア」

「ええい! そんな事はわかってる! わかってるが……!」


 えーと、俺はどうすりゃいいの?

 困っていると、カイルが笑顔で指輪をかざした。


「大丈夫ですよ、ペルシア。クラフト兄様が最初に連絡を入れてくるのは僕になると思いますから」

「え? あ。それもそうですね……」

「つまり、兄様がペルシアに直接連絡を送るときは、緊急度が高いときだけになると思いますよ?」


 それもそうだな。

 やっぱカイルは頭がいいや。


 ……連絡したときに限って、風呂に入ってるとか……ないよね?


 俺とペルシアが漫才を終えると、カイルが表情を引き締める。


「クラフト兄様。この通信の魔導具ですが、ほかにどなたに渡すつもりでしょうか?」

「俺が考えているのは……」


 名前を並べると、カイルは大きく頷いた。


「わかりました。全員を集めましょう」


 ◆


 次の日、カイル邸に俺の信頼する仲間たちが集まっている。

 今から彼らに通信の魔導具である指輪を渡すのだ。


 カイルとマイナ。それにアルファードとペルシアはすでに受取り済みである。


 リーファンにも、すでに指輪を渡してあるが同席してもらった。


 そして本命は、青い髪をなびかせたレイドックである。

 いや、なびいてないけど。

 凄腕のBランク冒険者であり、親友であるレイドックとの連絡が取れるようにするのは、何よりも優先度が高いだろう。

 コカトリス戦を思い出す。あのときこの魔導具があったら、ずいぶんと楽だったろう。


 リーファン以外に亜人が二人。

 一人はカイルに呼び出され、落ち着かなそうに席に着いている、キツネ獣人のアズール。

 もう一人は最近ゴールデンドーンの住人になったシュルルだ。


 アズールは教会の責任者であり、幼なじみだからぜひ持っていてもらいたい。彼女が持っていれば、孤児たちとも連絡が取りやすいのもいい。


 先ほどから俺ににじり寄ろうとしては、マイナに妨害されているシュルルに渡すのは、少し悩んだ。

 カイルと相談して、リザードマン代表として渡すことに決めた。


 新しい村長であるジュララに渡すことも考えたが、以下の理由で彼女に設定した。

 討伐がうまくいき、ザイードとの交渉が上手くいったらという前提になるが、湿地帯の開発と、村の建設が始まることになる。


 そのとき、ゴールデンドーンとリザードマン村を往復する、外交官の役割をシュルルは担うことになっているのだ。

 村との窓口であるシュルルに通信の魔導具をを渡すのは適切だろう。


 ……ジュララに指輪を渡して、シュルルに渡さなかったときが怖いと考えてかないよ? ないからね?


 カイルと相談したといえばさらに二人。

 狩人のジタローと、冒険者のエヴァだ。


 ジタローは……まぁ渡さないと仲間はずれみたいになっちゃうからな。やつに渡すと言ったとき、カイルも苦笑していた。


 エヴァに関しては、かなりカイルと長い時間協議した。

 レイドック以外にもBランク冒険者がいるなか、Cランクのキャスパー三姉妹に渡すべきだろうかと。


 キャスパー三姉妹なら、ゴールデンドーンで活動していればBランクに上がるのは確実だし、すぐにレイドックパーティーに匹敵する実力を得るだろう。

 何より、長い旅を一緒にしてきたのが大きい。

 アルファードは難色を示していたが、リーファンの口添えもあり、最終的に候補に残った。


 この場にはいないが、あと二人。

 生産ギルド用の指輪を、普段プラムが持つことになっている。

 最初の実験に参加してしまったからな。


 最後が俺の使い魔であり、人造メイドであるリュウコだ。

 彼女は使い魔なので、指輪がなくともある程度の感覚は共有できるのだが、この指輪をつけると、より高度なやりとりができることが判明。

 なんと彼女のほうから、俺に通信を飛ばすことができ、驚いたものだ。


 俺を含めた十三人が、通信の魔導具を持つことになった。

 カイルの提案で、カイルが買い取り、彼らへは貸与の形を取る。


 また、オルトロス辺境伯へ、カイルから送ることも決定している。

 それと、ジャビール先生にも後日持っていく予定だ。

 湿地帯遠征時、ザイード村へ寄るので、そのときに渡せばいいだろう。


 リーファンとカイル以外には内緒だが、ジャビール先生に渡す通信の魔導具は、俺と同等品である。


 先生の魔力なら、なんとか起動魔力は足りるだろう。

 それに先生には、弟子としてフルスペックの魔導具を渡しておきたい。


 みんなに配る魔導具では発信できないので、そのあたりを説明しておこう。


「みんな、基本的に通信は、俺からしか繋げられない。一度繋がったら、切断するまでは、双方向で精神感応できる」


 それを聞いてシュルルが残念そうな表情を浮かべる。


「それじゃあ私からクラフト様にお話はできないの!?」

「あ、ああ。魔力消費もきついから、普段は繋げるつもりもないしな」

「なんだぁ。毎晩お話できると思ったのになぁ」


 シュルルが肩を落とすと、なぜかマイナが彼女の足をぺしぺしと蹴りはじめた。

 暴力はいかんぞ、マイナ。

 ……まったく効いていないし、シュルル本人も気づいてないみたいだけどさ。


 俺はマイナを持ち上げ、抱きかかえると、おとなしく抱き返してきた。

 子供の体温高いな。

 

 ちょっと間抜けな格好だが、俺が通信の魔導具の使い方を全員に説明する。


 レイドックは「これは便利だ」と感心していたが、エヴァの顔が青くなっている。


「え……これ、凄すぎるんですけど。しゃれになりませんよ。もし量産されたら、流通でも戦争でも開拓でも、革命的変化がおきるじゃないですか」


 どうやらエヴァはカイルと同じ利点に気がついたようだ。さすがである。


 俺はいまいちすごさがわからないんだけどね!

 あ、もちろん国宝級アーティファクトなのは理解してるからな!


 俺の説明が終わると、カイルが改めて表情を引き締めた。


「みなさん。この魔導具はとても貴重なものです。ですが、ゴールデンドーンの発展に欠かせない物と判断し、皆様に貸与いたします。どうぞ悪用などせず、大切にしてください」


 カイルの宣言に、全員が恭しく頭を下げるのだった。


 ◆


 その日、ゴールデンドーンの南門に、たくさんの住民が集まっていた。

 カイルを先頭に進むのは、湿地討伐隊である。


 レイドックを筆頭としたドラゴン戦に参加した歴戦の冒険者に、リザードマンの戦士たち。新たに実力を認められた冒険者も参加する。もちろんキャスパー三姉妹も含まれている。

 さらに、カイルの直衛として、私兵の一部がアルファードに引き連れられていた。

 

 ペルシアはゴールデンドーンの守備を担当することになり、お留守番である。

 コカトリス戦で活躍した、戦士のデガード・ビスマックと虎獣人のタイガル・ガイダルも残る。

 市壁が完成した今、街の防衛はペルシアたちがいれば大丈夫だ。

 もちろん大量の錬金薬を、防衛にも討伐隊にも用意してある。


 万全の体制を整えて、俺たちは一路湿地帯を目指すのであった!


「その前に、ザイード様の村に寄らなきゃなんだけどね」

「リーファン。テンション下げること言うなよ……」


 正直、すんなりと事が進むとは思えなかった。


「それでは湿地討伐隊! 出立します!」

「「「おおおおおおおお!!!」」」


 ま、なんとかなるよね?


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