84:新たな住人と、歴史の証人って話


「ようこそゴールデンドーンへいらっしゃいました。僕はこの町の統治を任されているカイル・ガンダール・ベイルロードです。どうぞカイルとお呼びください」


 カイル邸の応接間で待っていたのは、もちろんカイルその人だ。

 ベイルロード辺境伯の三男で、昔は病気で表舞台にほとんど上がらなかったが、ゴールデンドーンの開拓成功で、めきめきと評価を上げている十二歳の少年である。


 俺が初めてカイルと会ったとき、彼の兄であるザイードからあからさまにいじめられていたのを見て、俺はこのカイルを助けてやろうと決意したのだ。


 タイミングのいいことに、俺はカイルに会う直前に、錬金術師という最高の紋章が刻まれていたことで、カイルの病気を治療することができた。それだけでなく、ゴールデンドーンの生活向上などにも貢献できたと思う。

 他にも、ドラゴン討伐なんてのもある。

 全ての功績はカイルのものであるが、冒険者や仲間たちの大きな活躍を忘れてはならない。


 そして今、カイル・ガンダール・ベイルロードに新たな歴史的功績が刻まれようとしていた。


 幼さを残しつつも、貴族然とした柔らかな笑みを浮かべつつ、カイルは目の前の、身長が倍はありそうなリザードマンに手を伸ばす。

 目つきの鋭い、見た目トカゲ人間であるリザードマンが、ゆっくりとその手を握り返した。


「私はひょうたん沼村村長の息子ジュララ。詳細はこれから話し合うということだが、どのような形にせよ、新しい村が決まり次第、村長となる事が決まっている。よろしく頼む」

「はい。よろしくお願いします。次期村長ジュララさん」


 このように和やかに始まったリザードマン種と初めての公式会談だが、ここまでくるのには、少々時間が掛かっている。

 リザードマンと俺たちがゴールデンドーンに到着して事情を知ったカイルは、すぐにでも面会するつもりだったのだが、これは逆にリザードマン側が待ったをかけた。


 一週間ほど、街の中を見て回りたいという強い希望があったからだ。

 この提案は結果的に良い方向に働く。

 カイルはそれを受け、即座にお触れを発した。

 リザードマンと争うことや差別すること、それとしばらく商売することを禁じる。


 なんで商売を禁じたのだろうかと思ったのだが、お触れの内容が行き渡る前に、アキンドーがリザードマンに面会を申し込んできて、彼らの生活用品と交換に、彼らの持ち物をわけてもらいたいと飛び込んできたのだ。


 なるほど。まだどちらがどのような価値観を持つのかもわからない状況で商売なんてさせられるわけがない。

 アキンドーも、彼らからしたら価値がなくても、自分たちにとっては高い価値があるものを知りたかったのだろう。最初の取引がまるっと赤字になったとしても、情報が欲しかったのは明白である。

 もちろんアキンドーとの取引は即座に止められた。生活に必要なものは、現時点で全てカイルから提供されているから問題ない。


 リザードマンたちは、街をまわる際、ジュララの統率で礼儀正しく行動していたこともあり、特にトラブルもなくゴールデンドーンの住民に受け入れられたのだ。

 獣人や亞人差別撤廃を強く押し進めているカイルの政策があってこそだろう。


 短い間ではあるが、こうしてお互いの常識をある程度埋めあった所で、公式の会談となったのだ。

 お互いの挨拶が終わったところで、ジュララが口を開く。


「……俺たちリザードマンは、永きにわたり人間との接触を禁じられていた。古い決まりなのだが、時折人間の里を見に行くと、やはりすぐに交流を持とうなどとは考えられなかった」


 ジュララの真剣な言葉に、カイルがゆっくりと頷く。


「正直に言えば、レイドックやクラフトという人間を見ても、受け入れられないのではと不安だった。だが、カイル殿の治めるこの街は、たしかに私たちを受け入れてくれた。皆で話し合ったが、私たちはカイル殿の庇護下につきたいとおもう。認めてもらえるだろうか?」

「はい。事前に伺っていたとおり、マウガリア王国ベイルロード辺境伯はリザードマン種族の受け入れと、集落単位の自治を認めます」


 これも一週間の準備期間があればこそ、ベイルロード辺境伯……つまりオルトロス父ちゃんに確認することが可能だった。


 少し不思議だったのが、返信にはしっかり国王に許可を取ったと明記してあったことだ。

 辺境伯とゴールデンドーンの往復は、スタミナポーションで育ったスーパー馬を使ったので一週間で収まるのだが、辺境伯と国王がどうやって連絡を取り合ったのかが謎なのだ。

 仮に辺境伯がこのスーパー馬を持っていたとしても、一週間以内に国王の許可など得られるはずがないにも関わらずだ。


 噂に聞いた、国宝級アーティファクトにあるという、魔力を使った通信具がある可能性が高いのかもしれない。

 存在するなら俺も欲しい。


 話はそれてしまったが、こうして、人間種族とリザードマン種族の、新たな交流が始まった。


 ◆


 リザードマンとの謁見が終わると、俺はカイルの自室に呼び出されたのでそのまま向かうと、部屋にはリーファンとマイナがいて、こちらに視線を向けてくる。


「お疲れ様クラフト君」

「ああ。現時点で考えられる最高の結果になったと思う」

「それはよかったね! 準備に奔走したかいがあったよ」

「ああ、リーファンもお疲れさん」


 いつもの席につくと、マイナが当たり前のように膝の上に座り込んで、俺を見上げてきた。

 その角度、首痛くない?


「……お話、おみやげ」


 俺がマイナの反応を待って無言でいると、しびれを切らせたのかマイナがボソリと呟いた。


「おう。お土産はこれだ。リザードマンたちの着る晴れ着で、民族衣装だぞ。リーファンと共同のおみやげだ」


 空間収納から、リザードマンたちからいただいた晴れ着を取り出すと、さっそくリーファンがそれを手に取り、マイナに見せた。


「マイナ様。着付けますね!」

「ん」


 部屋にはもちろん、護衛のペルシアもいるので、三人が揃って着替えに部屋を出る。

 着替え終わったのだろう、しばらくして三人が戻ってきたのだが、なぜかリーファンとペルシアしか部屋に入ってこない。


「どうした?」

「それがマイナ様、照れちゃって」

「照れる?」


 はて?

 リザードマンの普段着は少し薄着で、胸のあたりの防御力が怪しいのだが、贈った服は祝い事などで着るもので、肌の露出はあまりなかったはずだ。そもそもリーファンがサイズ調整がてら軽く手を入れているので、恥ずかしい衣装になるわけがない。


 リーファンだけでなくペルシアも、廊下にいるマイナに必死に声をかけている。


「大丈夫ですよマイナ様。とてもお似合いですから!」

「そうですよ! 私が見立てたんだからとっても可愛いです!」


 そうな。俺が見立てた奴は全部却下されたもんな。

 うーと唸るマイナを二人が引きずるように部屋に入れたのだが、すぐさまマイナはリーファンの背中に隠れてしまった。


「ほらほら! クラフト君にも見せてあげましょう!」

「とても可愛いです! マイナ様! ……おいクラフト。私に土産はないのか?」


 ペルシアが、そっぽを向きつつこちらに視線を投げる。心なしか頬が赤いように思えたが気のせいだろう。


「おう、ちゃんとあるぞ。これだ!」


 俺は乾燥した草を編んで作られた人形を取り出す。

 人形は縦長の仮面を被っており、手には槍と盾を勇ましく構えていた。

 屈強なリザードマンがモデルらしく、太い尻尾と分厚い胸板が特徴的である。

 うん、格好いい!


「…………なんだこれは?」

「なんでも、伝説のリザードマンを模した縁起物らしい。戦士に贈るならこれがいいとシュルルに薦められてな」

「お前……ちゃんと女性に贈ることを伝えてないだろう?」

「え? ちゃんと男性と女性に渡すって言ったぞ?」

「……そうか……リザードマンの文化なのか……? そうか……だがその晴れ着は……」


 なんか思ったより喜んでくれなかったな。

 さっき廊下で会ったアルファードに渡したときは喜んでくれたんだが……。


「クラフト君……そんなお土産だったの!?」

「ああ」

「本当にクラフト君は……、はいペルシアさん! これどうぞ!」


 リーファンが差し出したのはディープグリーンの石が嵌め込まれた指輪である。

 光の加減ではエメラルドグリーンにも輝く珍しい宝石だ。


「お、指輪か?」

「うん。宝石としての価値はほとんどないんだけど、リザードマン村で装飾品に使われている綺麗な石を加工したんだ」

「これはいいな。あまり高価すぎるものをもらっても困るが、これなら普段使いによさそうだ」

「気に入ってもらってよかったよ」

「礼を言うリーファン。……クラフトはもう少し世間を学べ」

「え!? 俺!?」


 唐突な攻撃に声が裏返ってしまった。

 何がいけなかったの!?


「うー……」


 マイナがリーファンの背中で唸っている。折角だからちゃんと着ているところを見せて欲しい。


「そうだ。マイナにもらった人形のおかげで長旅も寂しくなかったぞ。ほら」


 俺は腰にぶら下げている、マイナからもらったゾンビ……いや、手術に失敗した……いや、真心込めて加工してもらったウサギのぬいぐるみを取り出す。

 出発前に可能な限り防汚加工しておいたが、それでもやはり少しくたびれてしまっていた。


「マイナのかわりに大冒険に行ったこいつを手にとって褒めてやってくれ」

「……うん」


 恥ずかしさより、興味が勝ったのか、とてとてとマイナが歩み寄ってくる。

 

 それは民族衣装で、赤青緑に紫と複雑な色と模様が入り交じり、普段のドレス姿とはまったく別のマイナがそこにいた。


「お……」


 いつの間に化粧もしたのか、想像していたより大人っぽいマイナの登場に、俺は一瞬言葉を詰まらせてしまう。

 いやいや! 幼女だぞ! カイルと同い年だぞ!


「どう? クラフト君! いいよね! マイナ様かわいいよね!」

「あ……ああ。うん。いいと思うぞ?」


 俺は内心動揺しつつ、何とか会話を合わせると、ペルシアがため息を吐いた。


「クラフト。そういうときはちゃんと似合うとか、かわいいとか伝えるものだ」

「え!? あ、ああそうだよな。……うん。とっても似合ってるしかわいいぞマイナ」


 リーファンとペルシアは、教えられたままのセリフをそのまま吐き出した俺に、半目を向けてきたが、マイナは真っ赤になって俯いてしまう。


「ん……」


 マイナはもぞもぞと、ウサギの人形を指で弄び、そのまま部屋が沈黙に包まれる。

 なにこの空気!?

 誰か助けて!


 その思いが通じたのか、扉がノックされ、救世主が現れる!


「皆さんいらっしゃいますか?」


 カイル!

 お前は世界最高の弟だ!!


 カイルは部屋に足を踏み入れると、ぱっと笑顔になった。


「ああマイナ。ずいぶんおめかししているね。とっても似合うよ」

「……ん」

「クラフト兄様のお土産かな?」


 カイルがこちらに視線を向けてきたので、軽く頷く。


「俺とリーファンの二人からだな。正確には服を提供してくれたリザードマン全員からとも言える」

「ありがとうございますクラフト兄様、リーファンさん。次期村長ジュララさんにもお礼を言わなければなりませんね」

「それがいい」

「マイナはちゃんとお礼を伝えたのかい?」


 カイルが優しく問いかけると、マイナはそっと顔を上げた。カイルがその目を覗き込み、小さく苦笑する。


「ちゃんとお礼をしないと」

「ん……」


 マイナはクルリとこちらに振り返り、貴族らしい仕草で膝を曲げた。


「ありがとう……」

「おう」

「はい! 喜んでくれたなら私も嬉しいです!」


 礼を終えると、ぱたぱたとマイナは部屋を出て行ってしまった。


「失礼する」


 すぐにペルシアがマイナの後を追い部屋をでると、入れ替わるようにアルファードが入ってきた。

 今日はカイルとマイナが別行動していることと、リザードマンが出入りしている関係から、ペルシアとアルファードがつきっきりなのだろう。


「クラフト、先ほどは縁起物をありがとう」

「いやいや。ペルシアには不評だったけどな」

「なに?」


 軽い世間話で流そうと思ってたのだが、なぜかアルファードは目を丸くしてこちらを覗き込んできた。

 え、なに?


「お前、あの人形をペルシアにも渡したのか?」

「あ、ああ……」

「まったくお前は……まあどうでもいいがな」

「え? え!? やっぱり俺なにかやらかしてんの!?」

「「いつものことだろ」」


 リーファンとアルファードが語尾は違えど同じセリフを間髪容れずにハモって来やがった。


 なぜだ!?

 伝説のリザードマン人形かっこいいよね!?


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