80:女の子は好きだけど、経験がないって話


「さあいこう! クラフト様!」


 もちろん俺の腕にがっつりと絡みついてきたのは、リザードマンのシュルルだ。


「あの、シュルルさん? これだと歩きにくいんですが……」

「じゃあこうするね!」


 ひょいっと、なぜかお姫様抱っこされた。

 俺が。


「ぶふーっ!」


 ジタローが吹いた。あとでゼッテーしばく!


「シュルル!? お願いだから降ろして!?」

「これなら歩かなくてもすむでしょ?」

「いやいやいや! ほら! シュルルが疲れちゃうし!」

「大丈夫! クラフト様のスタミナポーションを飲んでるから!」

「そうじゃなくてね!?」


 半ばパニックで、どう止めさせられたらいいのかまるで思いつかない。

 リーファンが苦笑しながらため息を吐いた。


「クラフト君。素直に恥ずかしいって言えばいいんじゃないかな?」

「ふえ? あ、ああそうだな! シュルル! めっちゃ恥ずかしいの! お願い降ろして!」

「私は平気だけどな」

「俺が恥ずかしいの!」

「そっか……しょうがないなぁ」


 しぶしぶといった感じで俺を降ろしてくれた。

 シュルルがすかさず腕に抱きついてきそうだったので、俺は全力でジタローの横に移動した。

 するとシュルルは残念そうに指を咥えてこちらを見るのだ。

 待ってシュルルさん。嫌いじゃないけど、そこまでグイグイ来られると逃げたくなるの!


「レイドック! 準備が出来たから出発しよう!」

「お、おう。そうだな」


 助けを求めるようにレイドックに近づいたら、こいつはこいつで左右にソラルとエヴァを連れてやがる!

 レイドックを挟んで睨み合ってて怖いんだけど!


「ソラルさん。レンジャーが指揮官の横にいる必要はないと思いますよ?」

「あんたもくっつく必要はないんじゃない?」


 ばちばちと音がしそうな視線のやり取りに、思わずひくついてしまう。


「みんな! 出発だ! 隊列を組め! ソラルが先頭斥候、シュルルはジタローと一緒に道案内! エヴァはクラフトとマリリン、それにバーダックと一緒に中央!」

「私はレイドック様と一緒にいたいのですが……」

「俺は遊撃だから!」


 困ったように叫ぶレイドック。


「もげちまえ」

「クラフトさんも同罪ですぜ?」

「うるせー」


 今まで実力皆無の貧乏魔術師だったから、擦り寄ってくる女なんていなかったけど、最近はちょっと事情が違うんだよな。

 そりゃあ! 女の子には興味あるけどさ! 色んな意味で経験ないから、どう対処していいかわからないし!

 何より、将来ずっと一緒にいる人を決めるなんて、簡単に出来ない!


「え? クラフト君って結婚願望があるの?」

「リーファン……。いや、そういうわけじゃないけど、付き合うならそこまで考えなきゃダメだろ?」

「あーうん。そうだね。真面目なんだね」


 なんだろう?

 間違ったことは言ってないはずなのに、微妙に同情っぽい視線を向けられたんだが……。

 いや、気のせいだな!


「クラフト! 行くぞ!」

「悪いレイドック! みんな気持ちを入れ替えて隊列を作ってくれ」

「私は準備出来てるよ」


 魔法使いの直衛であるリーファンが、少し口を尖らせた。

 エヴァもしぶしぶこちらにやってきたので、俺たちは出発した。


 ◆


 森をしばらく進むと、シュルルが跳ねるように戻ってきて抱きついてきた。


「あそこに見える洞窟だよ!」

「シュルル! いちいち戻ってこなくていいから!」


 俺たちは一度集まって、念のため離れた場所から様子を窺う。

 ソラルだけ、近くに近づいて安全確認をしてくれている。


「外から見た感じは何もなさそうだな」

「ああ。しかしリザードマンの戦士が戻ってこないってことは、中が異界化してるのか?」

「だとしたら少し厄介だな」


 異界につながったダンジョンは、見た目からは規模が予想出来ない。

 ダンジョンにはいくつかパターンがあるので、中に入ればある程度予測は出来るので、入ってみるしかないだろう。

 逆に、異界化していない洞窟であれば、中に強力な魔物がいる可能性が高い。でなければ戦士たちが戻ってこないというのは不自然だろう。

 そんな話をレイドックとしていると、ソラルが戻ってきた。


「お待たせ。やっぱり異界化してるわね。ただ洞窟タイプのダンジョンだから、少し広いかもしれないわ」

「洞窟タイプのダンジョンか。資源はありそうだな」

「異界化してるのに、一度村に戻らなかったのか?」


 そこでシュルルが俺の腕を掴む力を弱める。


「今まで異界化したダンジョンを見つけたられたのは、数えるほどしかなかったから。それも戦士たちで攻略出来たって聞いてる。だからここも大丈夫だと思ったんじゃないかな?」


 なるほど。今まで見つけたダンジョンは、あまり大規模や危険なものがなかったのか。

 リザードマンの人口を考えると、異界化ダンジョンを見つけることも稀だろう。


「まずいな。ダンジョン探索に慣れていないと、罠に掛かってる可能性もあるぞ」

「え? ダンジョンに罠なんてあるの?」

「そうか。今までそういうダンジョンにあたった事がないのか。緊急を要するかもしれん。このまま潜ろう」

「それはいいんだが、シュルルは村に戻った方がいいんじゃないか?」

「私だって身を守るくらいできるよ!」


 レイドックが頭の後ろを掻いた。


「……一人で戻すのも不安だな。バロンの生き残りに出くわす可能性もある。戦士たちが持っていった食糧の量を考えると、今から村に戻るのは時間が掛かりすぎる。わかった。シュルルは絶対に戦闘に参加しないこと」

「クラフト様くらい守れるよ!」

「あー、わかった。クラフトのそばにいてくれ」

「はい!」


 ちょっ!?

 もちろんシュルルを守るのに異論はないが、くっつかれると動きにくいの!

 特に柔らかい部分が気になって!


「クラフト君……これはマイナ様にも報告しなきゃだね」

「なんでそこでマイナ!?」


 俺は腰にぶら下がっている、マイナからもらった不気味なウサギのぬいぐるみを撫でる。

 そうかあれか、カイルと違って不出来な兄貴の様子を告げ口する的な!

 俺は頼られるお兄ちゃんになりたいのに!


「と、とにかくシュルル! こっからのダンジョン探索はちょっとした事で命に関わるから、抱きつくのはやめてくれ!」

「はーい」


 シュルルは腕を解いて、ぴょこんと一歩下がってくれた。


 これがジュララ兄ちゃんくらいトカゲに近い体つきだったら、気にならないけど、ほとんど人間と変わらない上に、おっぱいが目立つから、どうしても意識しちゃうんだよ!

 そこでようやくリーファンが助け船を出してくれた。


「シュルルさん。本当に異界化したダンジョンは危険だから、中に入ったら抱きつくのは禁止だからね」

「わかった。かわりに私がクラフト様を守る!」

「決意は買うけど、無理はしないでね」


 シュルルが入れ込みすぎていて、少し不安だが、線引きはちゃんと出来るようだ。


「よし、隊列を狭めて中に入るぞ。全員油断するな」

「「「おう」」」


 それまでの弛緩した空気が、途端に締まったものになる。


「リーファンもダンジョンにまだ慣れてないだろ、俺かレイドックの指示を守ってくれ」

「うん。頼りにしてるよクラフト君!」

「おう、任せろ」


 俺たちはこうして異界化したダンジョンに潜っていった。

 この村に来る途中で見つけ、攻略したダンジョンとはかなり様子が違っている。先に見つけたダンジョンの内部構造は石壁で出来た建物型だったが、今潜っているのは洞窟型である。

 このタイプは見通しが悪く、迷いやすいのが特徴だ。


「リザードマンたちは、途中で罠に引っかかって、奥に逃げちゃったみたいね」


 ソラルがすぐに罠を見つけ、そう結論づける。


「足跡は追えるか?」

「任せて」


 痕跡を辿り、奥に入っていくと、次々と魔物が襲いかかってきた。

 何を食べて生きているのかすら不明だが、沢山の魔物が生息しているのは、異界化したダンジョンの最大の謎であり、常識である。


 もちろん。

 昔なら裸足で逃げ出す難度のダンジョンだったが、レイドックパーティーとキャスパー三姉妹に俺、リーファン、ジタローの揃っている状態ではピクニックと変わらなかった。


「クラフト様ぁああああ!」

「レイドックしゃまぁああああ!」


 なんかこう、もう少しシリアスになれないものか。

 結局、罠はソラルが解除していき、魔物は出てきたと同時に瞬殺。

 特に苦労することもなく、リザードマンの足跡を追っていくことが出来た。


 そして奥に、洞窟には不自然な巨大な扉がこれ見よがしに鎮座しているのだ。


「たぶんリザードマンはこの中だと思うわ」


 ソラルは罠を慎重に調べた後、扉に耳を当てる。


「……! 中から戦闘音がする! かなり大規模!」

「ちっ! 確認する余裕はないな! 突っ込むぞ!」

「「「おう!!!」」」


 戦士のモーダとレイドックが扉を蹴り開けると、そこは広い空間になっていた。

 当然、そこでは大量の魔物とリザードマンが戦闘を繰り広げていた。


「みんな!」

「シュルル!? 人間!?!?」


 血だらけのリザードマンたちが、こちらに顔を向ける。

 どうやら一刻の猶予もないほど、リザードマンたちは追い込まれているようだった。


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