79:仲良くしたいけど、順番があるよねって話


 タイタンデュークフロッグを倒したその日と次の日は、残っていたバロンフロッグ退治と、死体の処理に追われた。


 三日目の夜、村には大量の篝火が焚かれ、目の前に豪勢な料理が所狭しと並んでいた。

 大きな葉の上に、魚や肉、見た事のない木の実や野菜が積み上がり、美味そうな臭いを漂わせる。


「勇者たちよ、ひょうたん沼村を救っていただいたこと、改めてお礼申し上げる。遅くなってしまったが、精一杯の料理を用意させてもらった。ぜひ楽しんでいってくだされ」


 そう宣言したのは、この村の村長シャルレだ。

 今まで体調不良で寝込んでいたため、息子のジュララに全てを任せていたが、マリリンが診療し、それに合わせた薬を錬金し飲んでもらうと、それまで死にそうだったシャルレの目がかっぴらき、むくりと起きだしたのだ。


 老人という年ではないらしく、病気が治ったらこの通り元気に動き回っている。言葉遣いが古くさいのは、単純に親のしゃべり方が移っただけらしい。年齢は聞いていないが人間的には五〇歳前後じゃないだろうか。

 なるほど、ジュララのしゃべり方が硬いのもわかるってもんだ。


 何はともあれ、盛大な宴が始まった。

 宴が開始すると同時にたくさんのリザードマンたちが俺たちの周りに集まってきた。


「お前たちのおかげで村は守られた。本当に感謝する」

「俺は人間を見るのは初めてだが、見た目はシュルルと変わらないんだな。しっぽがないのが少し変な感じがするけどな」

「そっちの小さいのはノームか」

「気にしてるんだから小さいって言わないで!」


 リーファンのやつ気にしてたのか。

 正確にはノームのハーフだが、そこは指摘しないのだろうか?

 まぁどうでもいいけど。


「ノームを見るのも初めてだが、人間とあまりかわらんな。子供に見えるだけで」

「そのおかげで、差別もほとんどなかったんだけどね。……あ! カイル様の管理するゴールデンドーンはどんな種族でも差別なんかないからね!」


 リーファンはリザードマンたちをゴールデンドーンに誘っているのを思いだしたのか、慌てて言い繕う。


「その話なんだが」


 声のした方に顔を向けると、ジュララだった。シュルルも一緒にいる。

 ジュララは俺の正面に座り、なぜかシュルルは俺の横に座った。

 シュルルさん? 席はいっぱい空いてますよ?


「村長とも話し合ったのだが、前に話しただろう、近くに魔物の住む洞窟が見つかり、戦士の多くがそこに出掛けている」

「ああ、言ってたな」

「その戦士たちが戻ってきて最終決断をするつもりだが、お前たちの提案を受け入れるつもりだ」

「それは一緒にゴールデンドーンに来てくれるということか」

「そのつもりだ」


 とても嬉しい話だった。


「現実問題として、ひょうたん沼の汚染がひどい。いや、それだけでなく、最近魔物の数が異常に増えているのだ。どのみち、ここに長くは留まれなかっただろう」

「そうだったのか。しかしそうなると、こんなご馳走を出してよかったのか?」

「保存性の高いものは出していない。森で手に入る食材か、足のはやい魚などを中心に出したから気にするな。なにより勇者をもてなさねば、我らの沽券に関わるし、戦士たちを労いたい気持ちもある」

「ならいいんだ」


 ちゃんと考えた上での宴なら、ありがたくご馳走になろう。

 あとシュルル、真面目な話してるから、腕にしがみつかないでね?

 信じられねぇ。腕が埋まりやがる……!

 どこにとは言わない。


「あー、えっと、そういえばなんでレイドックでなく俺に言うんだ?」

「もちろん最初はレイドックの所にいった。だが、こういう話はクラフトとしてくれとのことだ」

「あー」


 あの野郎、面倒なのは丸投げかよ!

 まぁ、魔術師は考えるのも仕事だからな。正確には錬金術師だが。


 あとシュルルさん顔が違いです! 鼻息が耳元に当たってくすぐったいの!

 おいこらジュララ! 妹に対して言葉遣いだけでなく、態度も注意しろよ!

 いくら俺が男女の恋愛とかまるっきり不得手でも、さすがにジュララが俺に言い寄ってるのはわかるぞ!?

 それでいいのかジュララ!


「しかし、それにしても戦士たちの帰還が遅いな」

「そうなのか?」

「ああ。持っていった食糧の量を考えるとな。現地で狩りでもしてるのかもしれんが……」

「心配だな」

「うむ……」


 そこで考え込むジュララ。

 魔物がいる洞窟って、もしかしたらダンジョン化してるんじゃないのか?

 ダンジョンにはいくつか種類があるが、異空間化している場所は厄介な事が多い。


「明日の朝までに戻ってこなければ、探しに行った方がいいだろ」

「それはそうなのだが、戦力が足りない。もともと最低限の防衛戦力しか残していなかったからな」

「バロンにやられたのはそれも理由か」

「そう思いたいが……マヒ毒を防ぐ手立てがなかったのだ。言い訳だろう」


 自分たちを冷静に分析できるのだから、ジュララが一流の戦士であることがわかる。

 なんとなくリザードマンとかって、自分が最強! とかいって、人の話を聞かずに失敗を認めない種族かと思ってた。うん。偏見もいいところだな。反省。


「なら、道案内をつけてくれ。俺たちが明日いくよ」

「なに? 流石にそこまでしてもらうつもりは……」

「戦士たちと合流しないと、ゴールデンドーンにいくかどうか決まらないんだろ? 話合いが終わらないと、俺たちも動けないからな。それに洞窟がダンジョンだったら興味もある」

「興味?」

「ああ。もともと調査の旅なんだよ。貴重な物や金属を探してる」

「なに? それなら洞窟になにかあるかもしれんぞ」

「どういうことだ?」

「洞窟を見つけた経緯自体が、古い伝承を検証して探したからだ。なんらかの金属があると伝わっている」


 それはびっくりだ。


「もし貴重な鉱山だとしたら、俺たちには教えられないか」

「いや、そもそも俺たちリザードマンは鉱山には興味がない。ダンジョンの種類によっては直接原石や金属そのものが転がっている場所があるだろう。俺たちはそれらを加工するのが精一杯なんだ」


 なるほど、鉱山を掘って採掘するのに向かない種族なのだろう。

 沼の側に住んでいることからも、想像できる。


「伝承を頼りに見つけた洞窟なんだが、魔物の巣となっていたからな。中の調査はしていないが、なにかしらの金属はあるんじゃないのか?」

「入る許可はもらえるのか?」

「もともと、この地を離れる可能性を考えて、武具を揃えるためだったのが大きい。俺たちは鉄くらいしか加工できんから、クラフトたちが使える金属を教えてくれるのなら、むしろ助かる」

「そういうことなら、金属のエキスパートがいるから安心して任せてくれ」

「ふむ」


 俺とジュララが同時にリーファンに目を向ける。

 なんか女性のリザードマンにもみくちゃにされていた。


「身体は小さいが、見事な盾と鎚の使い手だった。ノームとドワーフが優れた戦士であり鍛冶師であるという伝承は本当だったんだな」

「俺も最初に見たときはびっくりしたもんさ」

「……俺は人間の町を、何度か見た事がある」


 視線をジュララに戻す。


「村長の一族は、伝承を守ると共に、人間の様子を見ることが許されている。もっとも地方の小さな集落を遠目に眺めた程度だがな」


 リザードマンたちは、人間との接触を禁じられていたらしい。

 どれほど長い間、その決まりが守られていたのかはわからないが、時代が古くなればなるほど、亞人や獣人差別は酷かったらしい。身を守るには当然の決まりだったのだろう。


「だが、俺には人間がそこまで酷い奴には見えなかった。小さな集落だったから、亞人がいなかっただけなのも確かだがな。それにお前たちに出会った。クラフト、お前たちは間違いなく勇者だ。勇者が生まれる種族ならば、毛嫌いしてもしょうがあるまい」

「……」


 俺はうまく答えられなかった。

 正直、悪い奴はいっぱいいるのだ。亞人差別だって、酷いところは本当に洒落にならない。むしろカイルの治めるゴールデンドーンが異質なのだ。


 だから、安心して来てくれとは、口に出しにくいのだ。

 だが、それでも。


「大丈夫だ。俺に任せとけ」


 あえて、そう口にだした。

 ああ、なんとかしてやる。カイルもゴールデンドーンも大丈夫だろう。そこで確実にリザードマンの地位を確立すればいいだけなのだから。


「そうか、もし何かしらの金属や貴重なアイテムが見つかったら、リザードマンたちからの贈り物って事にすれば、さらにやりやすいだろう」

「俺たちリザードマンは、武具に必要な鉄さえ確保できればいい。他になにか見つかったのなら、好きにしてくれ。そもそも勇者に対する報酬が少なすぎるからな」

「わかった。では明日になったら洞窟に向かおう」

「よし。案内はシュルルに任せる」

「やった!」

「言葉遣い!」

「もう……! わかりましたー!」


 舌を出すシュルルにため息を吐くジュララ。

 だから! 言葉遣いより! 態度を! 叱って!


「じゃあ、私たちこのこと、もっと教えてあげるね。……もちろん朝まで」


 もう! 半分! 覆い被さってるというか、半ば襲われてね!?

 人前だからね!?

 いやいや、人がいなくてもダメでしょ!


「お! 俺はもう寝るから! 明日はよろしく頼むなシュルル! また明日!」

「あんっ!」


 俺は半ばシュルルを振りほどきながら、猛スピードで与えられた部屋に向かう。


「ふーん? クラフト君モテるんだねぇ?」

「リーファン。それはレイドックに言え」

「レイドックさんがモテるのは知ってるからね」

「まぁ……そうだな」


 ふとレイドックを見れば、エヴァとソラルだけでなく、沢山の女性リザードマンに囲まれていた。


「くっ……! みんなみんなもげちまえばいいんすよ!」

「ジタロー! もげるってなにがー?」

「ジタロー! ボール取って!」

「ジタロー! だっこ!」

「ジタロー! おかわりー!」


 お前だってモテモテだろう。子供にだが。

 それにしても、ほとんどトカゲの見た目の子供もいるし、人間とあまり変わらないやつと、ばらばらだな。


「納得いかないっすー!」


 俺はジタローの叫びを無視して、部屋に引っ込んだ。

 なぜか鍵がどこにもなかったから、魔法で氷漬けにしてロックした。


 不思議な事に、夜中何度もドアの突破を試みるような音が続いたが、きっと気のせいだ。


 ぐすん。寒い……。

 俺は毛布に包まってなんとか眠るのであった。


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