69:一緒に行動するんだから、実力は知らないとって話


 ジタローの身を張ったギャグを堪能した後、俺たちはゴールデンドーンを出立した。


「レイドック、どういうルートにするんだ?」

「西がいいだろう」


 なるほど。西に向かうのは賛成だ。

 ゴールデンドーンの北は対岸が見えない規模の大河だし、東と南はある程度だが状況が判別している。

 ちなみに、旧ゴールデンドーンである、ザイード開拓村は南東方向にあたる。


「そうだな、俺もそれが良いと思う」

「決まりだ」


 穀倉地帯もやや西寄りの南で、その一帯はひらけていることから、取り急ぎの調査は必要ない。

 以上の状況から、西北に延びる森を真っ直ぐに突っ切ることにした。


 簡単に言えば、まだほとんど人の出入りの無い森を進むのだ。


「森の事はまかせるっす! そうだ! カミーユさん! 一緒に先頭を歩きましょうぜ!」


 さっそくジタローがキャスパー三姉妹の次女、無口系剣士のカミーユに声を掛けていた。

 懲りないというか、タフというか。


 長女のエヴァは冷たい視線をジタローに向けたが、カミーユは無言で頷くとジタローと一緒に前に出た。

 ……感情の読めない娘だな。


「じゃあ私とリーファンさんで最後尾をいきましょうか」


 レイドックの恋人であるレンジャーのソラルが、リーファンを誘う。


「うん!」


 リーファンが元気よく返事をすると、レイドックが残ったメンバーに声を掛ける。


「よし、俺とモーダが前に出るから、魔術師系が中心になるように進もう」

「了解だ」


 そうして進み始めた俺たちだったが、すぐにエヴァが声を上げた。


「ちょ! ちょっと! 速すぎです! もう少しペースを落としてください!」

「ん? スタミナポーションで疲れないだろ?」

「限度がありますよ! 馬の全速力くらいの速度で走り続けられたら、さすがにきついです!」

「あー、そうか。まだ身体が鍛えられるほどゴールデンドーンに滞在してるわけじゃなもんな」

「あなたたちはいつもこんなペースで動いてるんですか!?」

「まさか」

「あ、そ、そうですよね」


 魔術師系が隊列の中央に固まっていたので、エヴァの近くにいた俺が答えたのだが、どうやら彼女にはオーバーペースだったらしい。

 安堵するエヴァだったが、ゴールデンドーンの基準を知ってほしいので、俺は追い打ちをかける。


「普段はもっと速いぞ」

「は!?」


 スタミナポーションは普段の運動、またはある程度負荷の掛かる運動であればまったく疲労無く動き続ける事ができるポーションだが、限界値に近い運動をずっと続けようと思えば、さすがに疲労は感じるようになる。


 それと、最近判明したのだが、レイドックくらいのレベルになると、スタミナポーションが効きづらくなっているらしい。正確には、彼らの繰り出す高度な技の疲労に、ポーションの回復力がおっつかないそうだ。


「レイドックのパーティーだけなら、さらに速い速度で移動してるはずだ」

「冗談ですよね?」

「いや、マジだぞ」


 絶句するエヴァはそのままにして、レイドックにペースを落とすよう頼む。それでもエヴァには少し速いぺーすのようだったが、このくらい体力を使い続けた方がすぐにゴールデンドーン基準の冒険者に近づけるのだ。


「それにしても、森の中でこのペースでは、さすがに敵を発見できないんではないですか?」

「ジタローがいるから大丈夫だろ」

「え? あの方ですか?」

「あー。最初の印象が悪いのは認めるが、あれで森の中では頼りになる男だぞ」


 言いながらジタローに視線を向ける。


「——って感じで、おいらの弓がドラゴンにとどめを刺したといって、過言じゃないっす!」

「……」

「……」


 エヴァの氷点下な視線に気付かず、カミーユに熱く自己アピールを続けながら先頭を進むジタローだった。

 すまん。本当に頼りになるんだよ、あいつは。たぶん。きっと。おそらく。

 汚名返上する機会はあるだろうかと訝しんでいた時だった。ピタリとジタローが足を止めた。


「敵っす」


 ジタローの一言で、それまでピクニック感覚で進んでいた俺たちだったが、一気に緊張が走る。

 即座にレイドックが全員に集まるように指示。


「ジタロー、頼む」

「任されやした」


 ジタローが一人で森の奥に消えた。


「……大丈夫なんですか?」

「まあ見てろ」


 しばらくすると、一人様子をうかがってきたジタローが静かに戻ってくる。


「この先に、オーガが六体いやしたぜ」

「オーガですか!? まだ街から一日も離れてないのに……あ、いえ、距離は結構離れましたか。……感覚がおかしくなりそう。それより、どうするんです? やはり避けて通りますか?」


 オーガは鬼のような形相に、隆起した筋肉を持つ、危険な魔物だ。サイクロプスほどでは無いが、少数の集団になっている事が多く、気性も荒い。

 魔石の質は良いが、他に良い素材が取れないことから、討伐依頼も人気が無い。

 駆け出しの冒険者なら、間違い無く逃げなければならない強敵だ。


 エヴァが不安げな表情を見せるも、レイドックは軽くアゴを振った。


「ん? 倒せばいいだろ? オーガくらい」


 あまりに簡単に答えるレイドックに、エヴァが急に表情を険しくした。


「……なら、それは私たちに任せてください」

「それは三人だけって意味か?」

「そうです。皆さんはお互いの実力がわかっているでしょうが、私たちの実力を知っていた方がいいでしょう?」

「それは確かに。だが……」

「それに、レイドックさんたちがそれほど自信があるなら、私たちが危ないときは助けてくれますよね?」

「当たり前だ」


 レイドックが安心させるように大きく頷いたが、なぜか逆にエヴァの表情はさらに険しくなった。


「……わかりました。私たちの実力、見せてあげます。カミーユ、マリリンいくわよ」

「三人だけでいくのぉ? 全員一緒の方がいいんじゃないかなー?」


 神官のマリリンがのんびりとエヴァの前に立つ。


「この街の冒険者たちは、ドラゴンを倒したからって、少し増長してるかもしれないのよ? 自分の実力を見極められない仲間は足手まといになる」

「んー……」


 俺たちに聞こえているのはわかっているだろうに、エヴァは内に秘めている事をはっきりと露わにした。

 俺とレイドックは顔を見合わせたが、苦笑し合っただけだ。

 実際、彼女たちの実力をこの段階で知れるのは助かるのだ。


「わかった。ではオーガはキャスパーたちに任せる。それでいいんだな?」

「はい。いくわよ。二人とも」

「がんばるー」


 答えたのはマリリンだけだが、カミーユも頷いて先頭に立った。

 どうやら彼女が斥候の役割も果たしているようだ。

 剣士だが、レンジャー寄りなのだろう。獲物もショートソードの双剣使いだしな。


「クラフト」


 レイドックが俺に耳打ちする。


「実力はあると思うが少し危うい。何かあったら飛び出すぞ」

「ああ。任せろ」


 俺は新型ポーション瓶を指に挟んで、彼女たちの後方をついていくことにした。


 ◆


「”業炎弾”!!!」


 最初の攻撃は魔術師のエヴァだった。

 もっとも大きく、強そうなオーガに灼熱の火弾が直撃する。

 エヴァの魔法の腕は確かだった。その一発でオーガを戦闘不能にまで追い込むダメージを叩き込んだ。なるほど三姉妹の噂は本物のようだ。


「ん!」


 気を吐いて飛び出したのは、もちろんカミーユだ。

 突然の魔法攻撃で混乱しているオーガの一体に、背後から強烈な無音攻撃を食らわす。だがさすがにオーガだ。その一発で倒れることは無い。首筋に深い傷を負わせたが、致命傷にまでは至らなかった。


「ん、”暗踊葬双”」


 聞いたことの無い剣技が、猛り狂って叫び声を上げるオーガの身体に、無数の切り傷を生み出した。乱舞系の技だが、どれも傷が深い。かなり強力な技だった。

 攻撃を食らったオーガが地面にもんどり打って転がる。カミーユはその固体を無視して次の目標に移動する。かなり手慣れた動きだ。


 オーガは決して弱い敵では無い。むしろ強敵と言える。

 それを恐怖せずに処理していく姿は、噂以上の実力ということだ。


 次のターゲットになったオーガが、混乱しつつも突っ込んでくるカミーユに気がついて、手にした巨大な棍棒を振りかざす。

 即座にエヴァが唱えた。


「”千本針”!!」


 数百本の魔力の針が、そのオーガの顔面に殺到する。

 威力はそれほどでは無いが、発動の速さと、広い面積に発動できる魔法だ。

 怯んだオーガを見逃すカミーユでは無い。


「”落葉流閃”」


 間髪容れずに技を重ね撃ちし、オーガに深手を負わせた。

 だが、オーガが振り上げていた棍棒がデタラメに振り回されたことで、カミーユの左腕にヒットしてしまう。


 俺は即座にヒールポーションを投げようとしたが、それよりも早く魔法が飛んだ。


「”高速治癒”」


 神官の紋章を持つマリリンが、即座に回復魔法を発動させた。

 かなり早い!

 エヴァの魔法にも感心したが、制御の難しい治癒魔法をこれほど早く発動させるとは、相当な実力だ。

 威力も十分で、カミーユの左腕からの出血は即座に止まっていた。


 なるほど。これがキャスパー三姉妹!


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