40:発展するって、わくわくするよなって話
ゴールデンドーン城塞都市の建設は、急ピッチで進んでいた。
もっとも最終建築予定の範囲が、王都がまるっと三つは入るほど巨大なので、城砦予定地を囲む内壁から建築は進められていた。
優先的に進めているのは三重城壁の真ん中、二枚目の内壁の建築だった。
これは、現在の人口を考えると、二枚目の壁ですら、並みの都市より広いので、まずはそこに生活空間を確立する為だ。
永住希望者だけで無く、遍歴の職人や、出稼ぎ労働者などが噂を聞きつけてどんどん集まり、工事は加速度的に進んでいる。
俺は久々に、リーファンと町を歩きながら、視察をしていた。
「リーファン、工事は何期かにわけるんだっけ?」
「そうだよ。初期では土台を優先して、次に最小限の高さを持った城壁で囲むの。それでも旧開拓村の簡易柵より圧倒的に防御力は高いけどね」
「ふむ」
説明は受けていたが、非常に巨大で丈夫な土台の上に、ちょこんと薄い壁が作られているように見えて、ちょっと不安になっていたのだ。
「最終完成予定の城壁が、高さも厚さも前人未踏なサイズになるだけだから、現在建設中のあの城壁でも、充分強度あるからね」
「そうだな、土台との比率で、どうも貧弱に見えてな」
「気持ちはわかるよ。でもね。それだけ錬金硬化岩が丈夫で優秀なんだ」
「ならいいんだが」
「石を組み上げていく城壁はね、なかなか厚みや高さを変えることが出来ないんだけど、錬金硬化岩は、それが可能なんだよ」
「みたいだな」
もちろん、技術的な難しさはあるようだが、リーファンや職人達が、城壁の後付け強化方法を確立してくれたので、問題無いだろう。
「他にも色々作ってるよー!」
「へぇ? どんなのだ?」
「あれあれ!」
リーファンが指したのは、巨大な揚水水車だった。
川の流れを利用した、水を汲み上げる水車は、珍しい物では無い。
「水車がどうかしたのか?」
「水車を支える土台が錬金硬化岩なのはもちろんなんだけど、その組み上げた水を町に運ぶ、水道橋も錬金硬化岩で作ってるんだよ!」
「もしかして……あの巨大で高さのある石橋って……水道橋だったのか!?」
「あ、気付いてなかったんだ?」
「い、いや、てっきり町の横断用に高いところに橋を渡しているのかと思ってたぜ」
水道橋は城壁の完成予定と同じ高さに渡って作られており、有事の際、兵士が移動するための橋だと思っていたのだ。
「町中に設置した井戸で、水には困ってないと思ってたんだが」
「うん。でも水道橋が完成したら、上水道を完備させるから、井戸は非常時用に閉鎖しちゃうんだ」
「そうか。そこまで報告書を読んでなかったぜ」
「最近クラフト君忙しかったからしょうがないよ」
「すまない」
ずっと研究と指導と錬金で忙しかったのだ。
だがようやく、指導が行き届き、時間に余裕が出来てきた所だ。
「上水道が完成したら、ほぼ全ての建物に、水道が引かれるんだよ」
「水道ってあれか? 蛇口っていうパイプから水を出したり止めたりできるっていう」
「そうそう。王都の一部に設置されているんだけど、その職人さんの一人が移住してきてて、色々教わったんだ。カイル様と相談して、永住用のお家を報酬にしたら、凄い喜んでたんだよ」
「そりゃぁそうだろう」
カイルが用意したってことは、間違い無く一等地だろう。
今、移住希望者の間では、少しでも良い場所を割り当ててもらうと、仕事で結果を出すべく、率先して難しい仕事や大変な仕事に従事する住民が多いのだ。
水道技術の伝達であれば、間違い無く勲一等だろう。
「町の中央広場にある噴水も、水道橋からの水圧で噴き上がってるんだ」
「え!? あれってなんかの魔導具を使ってるんじゃ無かったのか!?」
「うん。凄いでしょ」
「ああ、凄い!」
「えへへ」
素直に感心してしまう。
そうか、水道橋をあんなに高いところに作ったのは、水圧を確保するためか。
これは生活が便利になりそうだな。
「下水道も凄いよ。もうすぐ工事が終わるんだけど、地下に網の目のように走ってるから、全部の建物の汚水が流れるようになってるよ」
「それは俺も知ってる。下水の浄水処理に関わってるからな」
もうすぐ稼働する、下水と浄水施設だが、その巨大浄水槽に使う、浄化用の薬を大量に作ったのだ。
すでに一〇年分のストックを作り終え、ヘロヘロである。
もちろん、他の錬金術師が作れるように、レシピはカイルと生産ギルドに提出済みだ。錬金術師の紋章持ちなら、誰でも作れる簡易レシピを新たに開発したので、俺がいなくなっても大丈夫だ。
(砦からの避難路も想定してるから、かなり複雑に作ってあるよ)
(全容を知ってる奴は?)
(私だけ。工事は分散したから。完全な下水道地図は複製を作らずに、カイル様にお渡しするよ)
(流石リーファンだ)
きっと地下迷宮並みに複雑になっているのだろうな。
二人で細かな話をしながら、今度は住宅街に行ってみる。
「凄いな、一〇階建ての建物か。これ、崩れないのか?」
「全然平気だよ。かなり大きな地震が来ても大丈夫」
「地震って地面が揺れるやつだっけ?」
「そうそう」
「あれって火山の近くだけじゃないのか?」
「たまーに、何も無いところでも起こるんだって」
「へぇ。地面が揺れるとか考えたくないな」
「だね」
一般的な砦にある城壁よりも高さのある建物を見上げて感心するほかない。
建物自体が町の防御力になりそうだ。
「中も完全に家だよ。一部屋のタイプや、三部屋のタイプとか用意してあるから、一人暮しでも家族でも住めるようになってるんだ」
「ほうほう。たしか、永住希望者には、仕度金か、この部屋の割り当てか選べるんだったか」
「うん。ほとんどの人が部屋を選んでるみたいだから、こっちも急ピッチで増設してるけど、一つの建物に住める人数が凄いから、慌てては無いんだ」
「なるほどな」
先の先まで考えて、敷地を有効活用した町造りを進めているのだが、錬金硬化岩のおかげで、非常にスムーズに進んでいる。
職人の多くも、この建物に住んでいるらしい。つまり、永住予定なのだ。大変ありがたい。
「あっちは商店街だね」
「こっちも凄いな」
中央広場の噴水から続く、中央通りは、景観にも考慮した石畳で少しカラフルだ。その脇に並ぶ商店も見た目まで気を遣っている。
まだまだ店舗数は少ないが、ガンダールの大通りを越える日は近いだろう。
中でも特に賑わっている店舗がある。
「えええ! スタミナポーションの効果が変わったって!?」
「はい。今お売り出来るのは、効果が大幅に変更されています」
「ぐはっ!」
「あ、でもちゃんとクラフトさんの作成ですし、劣化はしませんよ」
「効果は一般的に流通しているくらいかー」
「はい。でも効果時間が長くて、一日保ちますよ」
「なるほど。それを考えたら充分お得か……」
「はい。どうしますか?」
「うーん。クラフト印の完璧スタミナポーションが欲しかったが……わかった買うよ」
「ありがとうございます。あ、昔と違って購入数は増えましたよ」
「そうなのか。ならこの金額で買えるだけ頼む」
「はい、ありがとうございます」
俺は少し客足が落ち着いたところで声を掛けた。
「よう、シールラさん」
「あ、こんにちはクラフトさん」
「繁盛してるようだな」
「はい。おかげさまで」
未亡人のシールラは、女手一つでこの店を切り盛りしている。正確には二人の子供も手伝っているが、新設した学校にも通っているから、昔ほど手伝えてはいないはずだ。
ただ、昔と違って、大口契約が増えた関係で、店舗に直接買いに来る商人は減った。
それでも噂を聞きつけた行商人などが、このように大量買いしていく。
「店舗を購入したんだって?」
「はい。カイル様のおかげで、無利子で分割にしてもらいましたので」
「それでも結構な値段だったろ」
いくら初期の開拓メンバーと言えど、一等地の店舗なのだ。相当な額で売り出されたはずだ。
「はい。ですが大口契約も沢山ありますし、大丈夫です。これも全てクラフトさんのポーションを卸してくれる生産ギルドのおかげです」
「役に立ってるなら良かったぜ。何か困ったことがあったら、遠慮無く言ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
深々と頭を下げるシールラに別れを告げて、今度は冒険者ギルドへと向かった。
「よう、クラフト」
「よう、レイドック。この時間にいるのは珍しいな」
「今日は休養がてら、町の仕事をしてるんだよ」
「遅くなったが冒険者ランクB昇級おめでとう」
「ありがとう。だが全てクラフトのおかげさ」
「何言ってんだよ。ドラゴン討伐の立役者で、今やサイクロプスを単騎で倒せるんだ。順当な評価だろ」
「お前のポーションやリーファンさんの硬ミスリルのおかげなんだがな」
「そうだ、例の剣はどうだ?」
レイドックはドラゴン討伐の報酬として、硬ミスリルとドラゴンの牙を混ぜた特殊な剣を受け取っている。
「こないだ見たろ? それこそ
「気に入ってるのなら良かった」
「これを気に入らない剣士がいたら、紋章を書き換えた方がいいな」
「だな」
声を揃えて笑う俺達。
レイドックの後ろにいたソラルがつまらなそうな顔になったので、俺はお暇することにした。休養などと言っているが、デートを優先しているだけだろう。恋路を邪魔して馬に蹴られる趣味は無い。
「じゃあまたな」
「おう」
ゴールデンドーンは村から町へと、順調に発展を遂げていた。
うん。
俺ももっと頑張ろう。
「え、また何かやらかすの?」
「失敬な」
俺が頑張ると、問題が起きるみたいな言い方はやめてくれ!
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