39:商人って人種は、油断できないよなって話
時間は少し戻る。
ゴールデンドーン村が移動して、少し経った頃の話だ。
「ザイード様、カイル様の開拓村方面から、キャラバンが来ています」
「なに?」
ザイードはカイルが残していった、小ぶりだが暮らしやすい屋敷の窓から街道を見た。
なるほど、馬車数台の隊列が街に向かっていた。時間的に、この村に泊まる可能性が高い。
ザイードは部下を引き連れて、外に出た。
「これはザイード様ではありませんか。この様な場所でお目にかかれるとは光栄です。私はアキンドーと申します」
「うむ」
ザイードに気付いた商人が、慌てて飛び出し、彼の前で深い礼を見せる。行商人にしては礼儀正しい印象だった。
「お前達は、カイルの村からやってきたのか?」
「はい」
「そうかそうか」
妙に嬉しそうな顔を見せるザイード。
それに気付いたアキンドーは、内心「きっと逃げ出してきたとでも思っているのだろうなぁ」と呟いていた。
「お前達はこの村に宿泊予定か?」
「はい、可能であればその予定だったのですが……」
商人は施錠された宿屋をチラ見する。
「どうやら宿は休業中の様子ですね」
「ふん。まだ村に来たばかりだから。それよりお前達、商品を買わんか?」
「商品、ですか?」
「ああ、ミスリル鉱石四樽と、スタミナポーション九樽だ。おっと、スタミナポーションは特別な品でな……」
ザイードが値段を吊り上げるべく、適当に聞いていた効果を大袈裟に語ろうとしたときだった。アキンドーがザイードに食い入る様に迫ってきた。
「ミスリル!? スタミナポーション!? それはクラフトさんが作成したポーションですか!?」
「え!? あ、ああ、確かそうだ。そっちに鑑定持ちがいるなら、確認してくれてかまわん。ただ、このポーションはひと匙で効果が出る上に、保存に……」
「もちろん知っております! ぜひ! ぜひ! お売りください!」
「う、うむ。と、特別に売ってやらんこともない。それで値段なのだが……」
「では、これでいかがでしょうか?」
商人が提示した額に、ザイードは目玉が飛び出しそうになる。
なんと、開拓の為に持ってきた初期費用に匹敵する額だったのだ。
ミスリル鉱石は高騰しているから、その関係だろうか?
いや、ひと匙でポーション一瓶分のスタミナポーションが九樽なのだ、そのくらい高額になっても不思議では無い。
「あー、うん、そうだな……なかなか悪く無い提案ではあるが……」
「ザイード様はご商売も上手なご様子。それでは、端数分を切り上げて、これではいかがでしょう?」
「ほ、ほう。なかなかだな……うん。まぁ良いだろう」
「ありがとうございます。それではすぐに
「即金だと!? お前はそんな額を持ち歩いているのか!?」
「実は、こちらでミスリル鉱石が大量に出たと聞きましたので、可能であれば買い占めるつもりだったのですよ。現金ならば、ライバルに勝つ可能性が高くなりましょう? それにドラゴンの素材も手に入ればと。こちらはあまり期待しておりませんでしたが」
「ああ、その話はそこまで広がっているのか」
「商人は耳が良いのですよ」
そんなもんだろうと、ザイードは頷いた。
これ以上吊り上げ交渉をしたら、決裂するかも知れない。金額としては十分だ。ザイードは了承することを決める。
「ふん。即金と言うことに免じて、この額で許してやろう」
「ありがとうございます」
深々とお礼をするアキンドー。
もちろんザイードは知らなかった。
アキンドーがたまに村の外へ持って行く、クラフト製のスタミナポーションが、一部の金持ち連中にとんでもない金額で取引されていることを。
ゴールデンドーン村では、このポーション類の販売量を制限していたので、プレミアが付きまくっているのだ。
末端価格は、今アキンドーが提示した数倍……いや数十倍にも達する可能性がある。
「慈悲深きザイード様に、一つ厚かましいお願いをしてもよろしいでしょうか?」
「ん? 提案だと? まぁいい、言ってみろ」
「はい。今回とてもサービスしていただいた代わりと言ってはなんですが、私にこの村で宿屋ギルドを開かせていただけませんか?」
「何? 宿屋ギルドだと?」
「はい。私の経営する宿屋のみ、この街で営業する許可をいただけたら、そうですね、通常の宿屋ギルドの税金を一割ほど増やしていただいても構いません」
「一割?」
ザイードは少し考える。
これからこの村が発達していくならば、宿は必要になるとは思うのだが……。
「くそ、ジャビールがいたら相談できるものを……。研究が一段落してからこっちに向かうとか我が侭を言いやがって」
「何か?」
「いや、なんでも無い。独占というなら、一割ではとても割りに合わん」
「それでは一割五分でいかがでしょう?」
「ふーむ……二割なら、飲んでやる」
「二割ですか……」
ザイードからすれば、宿屋などやりたいやつがやれば良いと思っているので、どうでもいい話だ。そもそも宿の収入など微々たる物だろう。
「わかりました。二割余分に上納いたします。ぜひ、独占契約をお願いいたします」
「ふん。よかろう。そっちの部下に書類を書かせる。ああ、まず宿を購入したまへよ」
「わかりました」
再び慇懃に礼をするアキンドー。
宿は必要だからなと、ザイードは頷く。
結果だけで言うのであれば、この時の判断は間違っていなかった。
ザイードが間違っていたのは、宿が、とてつもない数を必要とすることだったという点のみだった。
◆
「いったい、何なのじゃこれは」
高名なる錬金術師ジャビールが、ようやく論文を完成させ、学会に提出した後、大量の荷物と一緒にザイード開拓村にやって来た時の、それが第一声だった。
豪奢な馬車から降り立ったロリ体系の美少女錬金術師は、街の様子を伺いながら、大通りを歩く。
ザイードが初めて本格的に開拓事業に手を出したと聞いたとき、間違い無く失敗するだろうと考えていたのだが、予想外に村は賑わっているように見えた。
——最初は。
だが、その理由を理解した後、さもありなんと、頷くのだった。
館に到着すると、すぐにザイードに呼び出される。
「ジャビール!! 遅すぎだ!」
「これはザイード様。お久しぶりなのじゃ」
「挨拶はいい! これはいったいどうなっているんだ!」
それはこちらが聞きたいと、目を細めるジャビール。
「それは、村中が
「そうだ! 俺が何をやっても、誘致しても、結局増えていくのは宿屋ばかり! それと少しの酒場と、日用品店! あとは馬車の修理屋くらいのものだ! 冒険者ギルドに人は居着かず、開拓希望者も全員素通りだ! どうなっている!?」
「今日来たばかりで、詳細はわからんのじゃ」
本当はすぐに、ただの通過地点になってしまったと理解していたが、言っても無駄だろうと、適当にあしらうことを決めるジャビール。
「なら、すぐに調査してくれ!」
「私は錬金術師なのじゃがなぁ?」
「うるさい!」
「わかったのじゃ」
とりあえず、用意された屋敷に向かうジャビール。最初にやるのは引っ越しだった。
当面ここで暮らさなければならないのかと、ため息が出てしまう。
こうして、ザイード開拓村は、少しだけ発展を見せていたが、結局のところ、ゴールデンドーンに向かう為の通り道にしかなり得ていなかった。
「くそがぁぁああああ!!!!」
今日もザイードの愉快な叫びが空に響き渡るのであった。
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