入水

 少し前の話である。

 出奔したお清は、多摩川を下るように東を目指し、その先々で亀公丸のことを探し回った。彼女を突き動かしていたのは、最早亀公丸に対する妄執のみであった。しかし、身一つで大した銭も持たずに出てきたものだから、食うにも困って、その辺の草を食べたが、毒草に当たり、川のほとりでただ一人、衰弱して、もう死にそうになっていた。

 最早、どうしようもなかった。ああ、口惜しい、口惜しい、彼に一目で惚れてしまったばかりに、斯様な目に遭っている。せめて、もう一度、彼に会えるのなら、どんな艱難であっても受け入れようというのに……。お清は天をめつけた。そして……

わらわをかの者の所へ連れて行き賜え……」

 お清は、多摩川に身を投げた。その体は、とうとう浮かんでくることはなかった。


 清風が蕭然と吹き、草木は煽られがさがさと揺れる。黒洞々こくとうとうたる夜闇の中に、夜鳥の声が響いた——

 

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お清と亀公丸 武州人也 @hagachi-hm

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