3話 羊と黒狐

「...。」


「えーと、だれですか?」



遡ること数分前。

私は羊に会って、買い物をした。

ぬいぐるみのパーティーを開くために。


ルンルン気分で時間が経ち、空いた商店街を抜けて、いつものように森の中へ入った。


そこまでは、いつもと同じ帰り。

外は暗く辺りを照らすのはお月様の淡い光のみ。


まぁ、私はこの道を行きなれているから迷うことはない。


風が吹き、木々の葉は音を鳴らす。

ふと、自分の家を見ると消したはずの電気が付いている。


「ふぁっ?」


私の口から拍子抜けた声が出た。


「え、私家の鍵閉めたよね?閉めた閉めた。」


自問自答を繰り返し、自分を落ち着かせる。

ゴクリと音を立て生唾を飲み


そして、ドアノブに手をかけた。


ガチャ...


私が開けるよりも前にドアが開いた。


で、今に至る。


無言、張り詰めた空気。

青い服、黄色と黒のラインがはいって、骨ばっている手に鋭い紺の爪。


恐る恐る私は顔を上げた。


紫の色の鋭い瞳。黒髪でもみ上げが長く青メッシュ。


そして



「.....黒狐...?」



黒い狐の耳の青年がそこに立っていた。


ぴょこんと「Yes」と答えるように彼の耳が動いた。


「俺は criminal《クリミナル》。今日からこのシャアハウスに住むことになった。」


「ん?」


「家事全般は出来るから、これから宜しく。」


「え?」


そう言い彼は、部屋の中へ入っていった。


ポツンと一人、私は玄関前で荷物を落とす。


「うそ、シェアハウスなの...?」



聞いてない。そんなこと。

あの不動産屋は、殺人事件が多いから安いって...。


ビニール袋は卵が割れ底が黄色くなっていく。


「そんな、どうしよう。」


やっぱりこの世界はめちゃくちゃだ。

彼が何者か知らないけど、私の種族がばれたら。バレたら____



身体に力が入らずその場に座り込む。

恐怖心に駆られ、過去の悪夢がフラッシュバックする。



「どうしよう、どうしよう。どうしたら...。」


頭の中はパニックで、言葉にできない何かがぐるぐると回り抉る。


中々部屋に来ない事を気にしたのか、黒狐がコチラの様子に気づいた。


「...?おい。どうした?何か____」


「...が.....で...い.....。」


「え?」



すくっと立ち上がり、涙ぐんだ目で彼を見た。


「お願い、ここから出ていって!!!」


夜の静寂の中に響き渡った、彼女の声。


震えながらも、力強く俺を見る。

その目は、昔の義理の妹にそっくりだった。


死んだ義理の妹と彼女が重なり、俺は言葉を失う。



「貴方が、何かした訳じゃないの。でもっ...だけど...。」


目の前で泣き崩れていく彼女に、かける言葉が見つからない。


そのとき


「黒狐。何、女の子泣かしてるの?」


彼女の後からドアが開き、羊が来た。

不機嫌そうな顔をしながら。


「誤解だ羊。とりあえず、俺この家から出る。」


「は?いや、バカ言うなよ黒狐。安いからここにしたっていうのに。」


羊...?


私はクルッと後ろを見る。


あの時の羊だ。コンビクターだ。

なんで?という疑問と同時に「また、きっとすぐ会えるよ。」という彼の言葉が蘇る。



私は頬をつたう涙を服で強引に拭った。


「コンビクター。これはどういうこと。あなたももしかして...。」


「そのもしかしてだよフエース。黒狐は僕の相棒。ついでに行く宛がなく困っていたところ、この安い家を見つけた。」



「つまり、あなた私がここに住んでいること知ってたって事?」


その質問に対して羊は答えなかった。

ただ自信ありげな笑顔を私に向けた。


「悪い、俺全く話についていけないんだけどさ、アンタ達知り合いだったのか?」


黒狐は頭に、はてなマークを浮かべながら聞いてきた。


「いえ、今日会ったばかりです。」


嘘だけど。もっと前から会ってたけど。相手がもし覚えていたら厄介だし。


「僕は別に今日が初めてじゃないけどね。」


へらっと笑い、床に落ちた荷物を平然と拾い上げる。


(今、この人なんていった...?)


「あーあ。せっかくあそこまで運んだのに、買ったもの台無しじゃん。フエース、今日の夕飯どうするのさ。」


いや、聞き間違いだ。

気のせい...にしておこう。


「全部ダメになったなら仕方ないね。冷蔵庫には卵しかないから、生卵単品で食べるしかない。」


「え?アンタよくそんな生活で生きてこれたね。」


「黒狐と羊は煽る天才だね。しょうがないじゃない。本当だったら...。」


ダイニングテーブルに置いてあるパンダのぬいぐるみを見る。


「あの子の誕生日パーティー開く予定だったんだから。」


消えるようなか細い声でそう言うと、耳がいいからか狐が私の頭に手をやる。


「俺がいきなり家にいて、アンタを驚かして悪かった。これは俺のせいだ。もし明日でもいいなら、パーティー開くか?」


その声が余りにも優しくて、どこか懐かしくて止まったはずの涙が静かにポロポロと零れ落ちる。





ねぇ、fiscal《フィスカール》。

片割れ一人失って、熊猫種族も私一人で、いつも私一人しかいない空間で私の声しかないこの部屋が、今日一気に賑やかになったよ。




本当はまだ怖いし、不安もある。

でも、この世界を覆すための一歩。

欠けた記憶を取り戻すパーツ。

彼らがKeyとなるのなら

フィスカール

あなたの分、双子の姉の私が全て終わらせてみせるから、待っててね。



そう、ぬいぐるみを抱き締めて心の中で呟いた。

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