第2話

 わしが言うのもアレじゃが…人気ひとけのない砂漠の真ん中から、体を覆う布を剥ぎ取れば肌着というド軽装の、女児が一人ぽっちで現れたら、ここがどんな情勢であったとしても怪しすぎる。怪しさ満点炸裂ガールである。ちなみにお水は恵んでもらえた。

 拘束の後は尋問じゃろうか、あるいは監禁じゃろうか…。または拷問かもしれない。ここは自分の世界ではないので殺されてもそこで一巻の終わりー!というように、物語はそこで終わり!ということにはならないじゃ。いっそそれなら自死したいくらいじゃが、この世界からは逃れられんのは経験上明らかなのじゃ…その上、わしには痛覚や触覚などのいわゆる感覚というものがまあまあ残っている。小指をタンスの角にぶつければそりゃあもう痛いし、正座でカンカンに怒った従者からのお説教を聞けば足も痺れるのじゃ。それに気まずい雰囲気も苦手じゃ。わしはコミュ障のひきこもりじゃからのー。

 それでなくとも、異世界から来ましたーだなんて、バカ正直に言ってみたところで信じられるわけもなく、仮に自分の前にそう言い出す相手がいても一笑に付すだろう。自分が何をするでも、相手が何をするでも厄介極まりない。良くて観察対象、不死が知られれば実験台、悪ければ狂人として放り出されて終わりじゃ。


 手足と胴を拘束され、荷台に他の荷物や迷彩服を着た屈強な男たちの隣でガタンゴトン。ついドナドナを歌っていると、隣にいた男から「のんきか」とツッコミが入った。お主、やるな…。集落らしいところへ入った頃に、目隠しの布袋を頭にかぶせられた。アジトが近いのだろうか。目隠しがなくてもわしは極度の方向音痴じゃし、知り合いもなーんにもいないなのでそうする必要性はないのじゃ。

 とはいえ、たとえば、わしが彼らの敵対する某かの組織からの密偵で、か弱い無防備な子供の姿を武器にアジトの場所を敵にバラしたり他、考えられるだけのあらゆる卑劣で暴虐の限りを尽くす可能性はゼロではない。そういった危険を孕んだイレギュラーなのじゃ。めんどくさいが仕方ない。


 しばらくそうしてガタゴト揺られていると、ブレーキが利いてわしの体は投げ出されそうになった。誰かが受け止めてくれたようだ。ありがたいが汗臭い。目的の場所についたらしく、装甲車の揺れは砂をタイヤが踏むゆらゆらから硬い地面を踏むじゃりじゃりに変わり、停車した。男たちが降車する音の後、自分の体が宙に浮く感覚がして、縛り上げられた縄に自重で腹が圧迫された。グエッ。


 次に目隠しを取られるとそこは狭い部屋の中だった。入ってきた扉の前には手を前で組んだ迷彩服の男が立つ。四方を灰色に塗られた壁に囲まれていて、机と向かい合わせに椅子が二つ。机には手枷と椅子には足枷が固定できるように金具がつけられている。座らされた硬質な椅子は床に固定されており、向かい合わせになった椅子の背後には小窓がある。ああ、向こう側にも誰かいるのじゃな。

 砂漠から運ばれた割に、ここは近代的な建物の様子。天井にはご丁寧にカメラが取り付けられていた。ゾッとするほど無機質で、外の気温からは比較してとても涼しい。空調が効いているのだ。砂漠から車の荷台に乗せられて揺られた時間は長くはないというのに、床には砂が塵一つ落ちてはいないようだ。鏡面のごとく磨かれ、洗浄が行き届いている。ボロ布を体に纏うわしが過度に浮いて場違いじゃ。


「ここで待て」と言われて素直に待っていると、遅れて部屋に誰かが入ってきた。髪を上げた広い額の目立つ狐目でメガネで紺色のスーツ姿の男だ。潔癖症で神経質そうで尊大な雰囲気で、その姿は砂漠には似つかわしくない場違いな風体であると感じて奇妙に思った。彼はわしの向かいに椅子を引いて座り落ち着くと「さてお前は何者だ」と尋ねられた。何者かと尋ねられても身の上話をする訳にも行かぬしのー。取り急ぎ、現状ある情報だけを答えようか。向かいの男から視線を外して言葉を選ぶために、しばし思巡して、わしは「迷子じゃ」と答えた。しかし、狐目は更に目を吊り上げただけに終わった。めちゃくちゃ気まずい。


「名前は」

「…教えたくない」


「親は」

「いない(人の子ではないし)」


「身寄りは」

「いない。一人ぽっちじゃ(世界から)放り出されたのかもしれないなあ。目が覚めたらあそこにいたんだ(嘘は言っていない)」


小窓の向こう側か扉の向こう側か、会話する複数の声がボソボソと断片的に聞こえてきた。『感染』『始末』『子供が』『関係ない』『非武装』そんなような言葉がかろうじて聞き取れた。顔の見えない誰かのくぐもった声だった。


「お前がいたあの場所は、近隣の村からざっとみても100kmはくだらない。…可能性はゼロではないが、仮に、口減らしだとしても、たかが子供一人捨てに行くために貴重な物資を割くとも考え難い。このご時世、ガソリンは貴重品だからな。それなら解体して食った方がマシだ」


「………(なるほど)」


「お前は感染者か?」


 聞こえた音を頭の中で組み立てながら「かんせんしゃ?」と鸚鵡返おうむがえしに呟いた。この辺りでは伝染病でも流行っているのじゃろうか?狐目は妙に深刻で冷静な面持ちで、静かな声だった。

 感染経路が、空気か飛沫かはたまた粘膜感染かは知らぬが、何の仕切りもなしに同じ部屋に入るだなんて馬鹿は冒さないだろう。カマをかけて情報が出るなら御の字というくらいか。わしが出せるのは体に詰まったモツくらい。


「なんのことか…わからない…(マジで何にもわからない)」


 わしがそう答えると、狐目は小窓のほうをチラリと向いて目配せをしたように見えた。数分もしないうちに、褪せた迷彩服に身を包んだ男たちが二人部屋に入ってきて、代わりに狐目の男は部屋を出て行った。同じ服に身を包んだ男達については見分けなど付かないので運ばれる途中で会っていたかもしれんがわからん。屈強なガチムチモブたちに再び拘束されて、脇を抱えられる。わしはどこの宇宙人か。足はぶらんぶらん浮くしな。抵抗したところで、体力の差は目に見えて明らかなのだ。それにわし、ひきこもりじゃから。不死なだけでこれといった特殊能力とかないのじゃ。


 狐目は感情に訴えかけるような尋問は一切せず簡潔に淡々とした様子だったが、この二人は印象が異なった。二人はわしを抱えながらわしの頭上で会話をしていた。


「こんな子供を処分するんですか?」「不穏分子であることは間違いない」

「まだ不穏だなんてわからないじゃないですか」「じゃあなんであんなとこに置き去りにされたんだ」「本当に迷子かも」「そんな馬鹿な話があるか、もしそうでもこの物騒な時に非武装で生きて発見されるなんて」

「無抵抗の子供です」「だが感染保持者かもしれない、感染した時にお前は責任取れるのか?」


 なにやら、これから処分されるらしいことはわかった。逃げようと抵抗をしていないし、これから抵抗する気も起きないが、それにしてもずさんというかなんというか…ゆるゆるなやつらじゃのー。わしに丸聞こえぞ。処分するから聞かれてもいいということじゃろうか。


 顔を上げているのも億劫になって彼らに体を委ねてぐったりと下を向いていると、狭く薄暗くぬらぬらと鈍く光る床をどんどん進んでいくのが見えた。わしはどこへ連れて行かれるのだろう。そのままエレベーターに乗せられ、嫌な浮遊感を感じて顔を上げるもパネルは男たちの体に隠れて見えなかったので上か下かはわからなかった。何をされるでも危機感などの感慨は特にないが、できれば痛くないといい。(既に先述している通り)わしは殺しても死なないが、痛みは感じる。痛いのは嫌いだ。早めに終わらせてくれると助かる。はよ終わらせてくれんかのー。



 別の階に着き、連れてこられたのは小さな部屋じゃった。扉には高い位置にある覗き窓と、わしの目線あたりに小さな受け渡し窓、部屋の中には床に固定された椅子と拘束具と用足しバケツ。もちろん窓はない。黴臭いのう…。換気、換気をお願いしますじゃよー。扉が閉まれば部屋は真っ暗だろう。「明日みょうにち、お前の処分が決まる」「それまでここにいろ」と言い渡されて、男たちはいなくなった。部屋に拘束具はあったものの、更に繋がれることはなく、手枷と足枷についた鎖が多少重いだけで部屋の中は割りと自由に動き回れる状態で放置されるようだ。処分が決まると言われたことについては、我ながら淡白な反応じゃが、そうかとしか思わなくて、脳裏で「危機感が足りな過ぎる」と子供たちに叱られる情景が蘇る。帰っても怒られないといいなあ…そう思いつつ部屋の隅で微睡んで、ゆっくりと眠りの世界へようこそという時じゃ、と扉の向こうで何かが動いた音がしてわしは目を開けた。

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