2章 雌バチ、はたらく 1
【scene of ルック・N・マキタ】
「むむぅ……」ルックは宇宙船の中をあらためて見回ていた。「理解しがたい。このサイズの宇宙船が無人で地表に着陸して、しかもまた宇宙に出られる推進力を出せる、だと? しかもこの人工重力の安定度はどうやって……」
それに対してクラウディアは顔を向けることなく、操縦席の前のコントロールパネルを叩き続けている。
「あーもう、細かいことはいいでしょ? 渡り鳥は飛ぶことに関してお金かけてんの。……こうやって宇宙に出てから何回おなじことを口にしてるのよ」
呆れた口調だった。
しかしその渋い顔は口調と一致していない。
彼女は大気圏を抜けてからずっとパネルを叩いては空中ディスプレイの画面をいくつも立ち上げては切り替えて、奥歯を噛むように口元をゆがめては画面とにらめっこし続けている。
2次元画像で表記されたロボット。その絵は頭部と両腕は赤く点滅して、そのほかの箇所が黄色く光っていた。
ヴェスパーと名付けられたハード・トイの診断結果だろう。
それくらいなら素人のルックでもわかった。
しかし別の空中ディスプレイに流れる、緑色のびっしり書かれている
「その、俺は素人だから分からないが、彼は、直るのか?」
「直すわ」
クラウディアの意志のこもった言葉が返される。
しかし苦さがにじむその表情に、修理のむずかしさが伝わってくる。
「パーツも、チップも、戦う武器も……いまはこの船にないけれどね」
「予備パーツくらいないのか?」
「補修程度はあっても、ここまでの破損は想定外ってこと。知ってるでしょ。操縦手は腐っても機構の警備をハード・トイで抜けられる子なのよ」
「む……」
たしかにそうである。
操縦手のニジミは、ルックが統治機構の部隊指導者兼トレーナーとしてスカウトしたと思うほどの逸材だった。
クラウディアが消耗品を整えておけば大丈夫と考えるのもうなずけるし、そろえていたらそろえていたでそれはあまりに臆病で、彼女への不信にもなりうると考えた。それになにより……、
――そんなのはどうも彼女たちらしくない。
悩んでいる顔のクラウディアを見て、ルックはそんなことを思った。
「買うにも手持ちが心許ない。……ジェットパーツの返金交渉してやろうかしら」
「俺の口座にある分では足りないか?」
「スズメの涙よ。使えたとしてもあそこでは片方のヒジから先程度ね。それに、死んだことになって凍結されてるあんたの口座から、容疑者の私たちがどう移すってのよ?」
「そうだが」と、答えてはたと気づく。「おい、俺の口座額を知っているのか?」
「……」
一瞬クラウディアの動きが止まった。
そして何事もなかったかのように画面を切り替えながらむずかしい顔をして、「どうしたものかしら……」とわざとらしくつぶやく。
「なんで、君は、俺の口座額を、知っている?」
「……ぴゅ~♪(口笛)」
「なんで、君は、俺の口座額を、知っ――」
「ああもう、ハッキングよ!」クラウディアは居直った。「ちょちょいっとやって見たのよ。そこそこな値段吹っかけるには事前にふところ具合くらいチェックしとくでしょっ? むしろ業務上の必須項目よっ! いいじゃない、勝手に抜き取ってないじゃないんだから」
「不法侵入は犯罪行為だ! ああっ、俺はそんな人間に依頼をしてしまったのか!」
「ならもっと言ってあげるわ。電子上のデータ改ざんなら楽なモンよ! いま欲しいのは物質としてのお金よ。わかる? ペーパーマネーにゴールド。シルバー。ジュエリー。ウルトラレアメタルっ。いまから買いに行く惑星と店はそういうところなの!」
「なっ、まだそんな原始的なところが?」
「わんさかあるわよ。チキュウからじゃツキの裏側を見られないのと同様にね」
「わ、惑星統治機構が、統治どころか把握すらできていない……」
急にめまいがした。
惑星開拓時代になって、通貨というものはひとつの課題になった。
まだ統治機構が発足する前では、惑星ごとでそれぞれの貨幣を作っていた。そのために価値の操作を行って、実質的な移民拒否と選民を行う惑星があった。同盟惑星間ではハンバーガー一個がワンコインで買えたとしても、対立惑星の貨幣では生涯賃金レベルまで換金レベルを落としたりした時期があった。
そこで統治機構が発足しておこなった施策のひとつに、共通貨幣を制定がある。流通の早さと管理の容易さという観点から、電子データのみで存在するのが共通貨幣の『ユニオン』である。
「それだけでなく、公平・公正・平等を生み出すシステムが拒否される
「どーせ現場レベルでお上への情報を止められてんのよ」
「そ、そこまで腐っている、と?」
「300年以上も続いてたらどんな企業だって淀むわよ。規模がでかればでかいほど末端は特にね」
「あ、ありえん……」
「あーもう! さっきからこっちはいろいろ、頭ひねってんのにうるさい……って、いま気づいたけど、あんたのその格好は何?」
クラウディアがルックの服装を見て
ルックは少しサイズが小さい割烹着を着て、頭にタオルを巻いて、右手にははたき、左手には
「いまの俺にやれることくらいはしようと思ってな」
ルックは左手をまじめな顔で突き出す。
バケツの中で水がちゃぷんと鳴る。
「だから掃除だ」
「……はぁ」
クラウディアがうつむきがちに片手で顔をおおった。
「なんとなく分かってきたわ。ルック王子がなんでルック『王子』なのか」
「む?」
「それだったら、ひとつお願いするわ」
「そうかっ。俺にできることはまかせてほしい!」
胸を張って答えた。
「格納庫にいるあの子を
「うぅむ」一瞬、不安がよぎる。「それは俺にできることなのか?」
「さっきヴェスパーを『彼』って呼んだでしょ。だから頼んだのよ。似たもの同士のほうが話しやすいこともあるのよ」
「君は違うのか?」
君は彼女の相棒だろう?
と、ルックは訊ねた。
「チームは陰と陽よ。対極のほうが機能するし強いのよ」
クラウディアが答える。
「それも一理ある。チームとは人の得意不得意を補いあってかがやくものだからな」
「でも言っとくけど、慰めるってヘンな意味じゃないからね」
「ふむ。チンドン屋みたいなうるさい慰め方は避けろという意味か?」
「……やっぱりあんたは王子様だわ」
「どうも皮肉にしか聞こえないな」
「少なくともいまのあたしが言った言葉は、ちょっとだけプラスのニュアンスよ」
「なら期待と受け取ろう」
そう返して、ルックは操縦席から格納庫に移動した。
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