1章 雌バチは守るために刺す Last

 【scene of クラウディア・ティア・エルガン】


 東の空はもう宇宙の濃紺に染まりつつあった。

 頭部をなくしたハード・トイが日の沈みかけた荒野を走る。

 腹部をかかえるようにして、うつむく姿勢で両足のローラーをフル回転させて、かかとから砂煙を上げて、ただただまっすぐに走っていた。

 ぼこぼこと音を立てて向かってくる空気が揺らすのは、だらりと垂れる左腕で、メインフレームのみを残したその腕は特に肩の損傷が激しく、焼け焦げた跡が胸の上、そして背中に放射状に広がっていた。

 風や段差で機体が揺れた際、ときに左肩と胴体の接触箇所から火花が飛ぶ。

 左肩よりも軽傷に見える右腕も、ヒジのメインフレームが外れており、黒い絶縁カバーで被覆されたケーブルの束がむき出しになって、かろうじてつながっているだけだった。

 それでも握る脇腹にその指を食い込ませて腹部を覆うように巻き付けていた。その腕と胴体のせまいくぼみに、褐色の肌をした女とりりしい形の眉をした男が鋼鉄の胴体に手を当てて、足を重ねるよう横坐よこずわりしている。


「クラウ……ヴェスパー君のローラーも……」


 操縦者の顔は見えないが、嗚咽をこらえるながら絞り出したような声だった。

「……わかったわ」

 体を支えるために添えていた手を焼け跡が残る左胸に伸ばす。擦り傷だらけになって、そしていまは落日の風を受け続けた体を撫でた。手にざらざらとしたしびれと冷たい温度が伝わった。それからすぐに彼の足のローラーユニットから白煙が上がり、徐々に速度を落として、ついに停止する。


「……」

「降ろしてくれる?」

「……っ」


 頭部をなくしたハード・トイはゆっくりと両ヒザを大地につける。

 腕に乗っていた2人を黄土色の乾いた土の上に降ろし、続いて腹部を開いてコクピットから黒い髪の少女が降りる。

 少女は降りた両膝の間から顔を上げて、はじめてヴェスパーと呼ぶ相棒のさまを見つめた。


「う…………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 少女がついに、堪えていた感情を吐き出した。


「ヴェスパー君、ごめんねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 右ももにしがみつくように体を当てて、少女はわんわんと泣くじゃくった。

 その少女の横にクラウディアが寄り添う。

 右手は少女の頭に。

 左手は頭のない戦友の足にそっと触れた。


「よく我慢してくれたわ。あとで、ちゃんと直してあげるから。……ねえ、あんた」

「む」


 土に顔を汚した、依頼者であり、惑星統治機構の息子であり、いまは容疑者の疑いもある、目を閉じたままの男に向き直る。


「生き延びたいなら、私たちに付き合ってもらうわ」


 男がまぶたを開ける。


「君のことだ、俺に猜疑心もあるだろう。だが俺も君たちに警護を依頼したい。彼らはあそこで10人以上の人間を殺した。惑星統治機構の所属監視官の名の下、彼らを野放しにはできない。あと疑いを晴らすにはいたらないだろうが、いまネットへのアクセスはできるか?」

「ええ」

「アドレスを送る」


 目を閉じた彼のまぶたの奥で、眼球の動きがかすかに見て取れた。

 そういえばまぶたに通信用のレンズを入れていると言っていた。

 クラウディアの左腕に付けた端末が震える。

 送られてきたアドレスを空中ディスプレイで開く。


 そこには、

[惑星統治機構理事長の息子、暗殺。容疑者は護衛の私設用心棒]

 という見出しが大きく乗っており、ルックだけでなく、ニジミ、クラウディアの写真と、交戦時に舞台となったあのダウンタウンの荒れ果てた様子が空撮写真としてアップされていた。


「俺の気まぐれと豪遊癖で雇った女の用心棒は、街を荒らしたのちに逃亡。街にいた機構側の兵士が交戦したが君たちに殺されて、その際に俺も射殺されたそうだ。あの赤いハード・トイや指示を出していた少年に関する内容はどの記事にも載っていない」

「……ふぅん」

「逆賊に仕立て上げられたな。おそらく全宇宙中で指名手配されただろうな」

「なんであんたは本部に連絡入れないの? やろうと思えば逃走中にも機構側向けに探知機の役割はできたんじゃない?」

「本部支部は関係ない。機構を裏切って銃を突きつけられた日に、どうして機構に連絡ができる」

「それもそうね」

「それよりもこれから君たちはどうするんだ?」

「まずこの子を直しに。別の惑星ほしに行くわ」

宇宙船ふねはおろか連絡艇シャトルも押さえられているだろ。何か裏のツテでもあるのか?」

「そんなのいらないわ。もったいないけど連絡艇も放棄する」

「ではどうやってこの惑星から出るんだ」

「宇宙船に乗って、よ」

「要領を得ないな」

「普通の頭で考えるからそうなるのよ」


 言いかけるルックを、空に突き上げた指一本で黙らせる。

 完全に日が落ちた暗い空に赤い尾を伸ばした流れ星が落ちてくる。

 近づいてくる星を目をこらして見れば、その姿と形状でわかるだろう。


「宇宙船をステーションに停泊させているなんていつ言った? 連絡艇がないと宇宙船に行けないなんて今どきの考えすぎるわ」


 暴力的な風が吹き、荒野一帯の砂がつぶてとなって飛んでいく。

 

「昔の宇宙船は一機で地上から宇宙に出たのよ」


 空から巨大な船が、ゆっくり、またゆっくりと降下して、3人の前に着陸した。


「うそ、だろ?」

「この際、細かいことはあとでいいでしょ。これが私たちの宇宙船『クィン・ビー』よ」


 褐色の女性が黒髪の少女を抱き上げ、降りてきた黄色みのある船に歩みを進めた。

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