1章 雌バチは守るために刺す 11

【scene of ニジミ・サニーライト】


 相手にした操縦者たちをヴェスパー君の肩にまとめて積み上げて領事館に向かうと、クラウとルックがずぶ濡れの黒服たちを縛り上げていた。特製とうがらし催涙弾を浴びた彼らは、まぶたにくちびるを真っ赤に腫れ上がらせて、ひーひーと泣いていた。


「ふたりとも、たっだいま~」

「おかえり」

「うむ」


 肩の5人をぽいっと投げ捨てた。


「本日の獲物ー」

「はぁ、多すぎるわね。さぁて、誰がいちばん首謀者に近いのかしら?」

「誰でも構わん、俺の質問は変わらない」

 と、歩みを進めたルックはひとりの黒服の襟をつかみあげた。「おいお前、お前の選択肢はいま答えるか、本部の手荒い連中に無理矢理吐かされるか、人権を軽視するような科学者に薬を打たれて吐くかの3つだ。お前らはどこの所属だ? 他の領事館の人間と機構側の人間はどこにいる? そしてこれは誰の命令だ? 言葉がわからないならわかる言語でしゃべってやる。――――――」

 そう言うと、ルックは少しだけ険しい表情で落ち着いた低い声で、同じ意味と思われる他のエリアの言語を相手にぶつけ続けた。予想通りだけど相手は辛さに痛がるそぶりを続けて口を割らない。


「……ではべつの者に訊こう。お前」ルックが訊ねる相手を変える。「訊いていただろう。答えろ。さっきも言ったが選択肢は3つだ。いま答えるか――」


 話すルックの言葉に割り込む者があった。


「いっこ追加。いまここでボクに殺される、ってね」


 背中にぞわりとする感覚がよぎった。

 声のした方を振りかえる。

 領事館の屋根の上に、ロブスターのようなハサミを腕先にぶら下げた、赤く大きなハードトイと、その肩の上には緑色の髪をした少年がいた。

 少年がにぃっと笑って、狙撃用ライフルを構える。


「ルック!」

「あぶない!」


 クラウが叫んでルックを突き飛ばした。

 2人とも地面に転がってすぐに起き上がった。

 だけどひとりだけは――頭を撃ち抜かれて――横たわったままだった。

 それを機体の中で見た、頭で考えるより先に動いていた。

 ニジミは機体とともに跳ぶ。

 

「なんで撃ったのぉ!」


 緑髪の少年は、「シンゲツ、相手をしてやれ」と言って肩から降りる。

 赤い機体は返事もせず、背中についたジェットユニットから炎を噴出させて、ニジミの機体に対して正面に、その大きな体を発射させた。


「ふんっ」


 ニジミが先に拳を放つ。

 ロブスター色の機体はすっと左腕のハサミを盾のようにかざした。

 ギィンという硬質なもの同士がぶつかり、火花が飛んだ。衝突の反動が二体は引き離す。飛ばされた距離が大きいのはニジミの機体ヴェスパーのほうだった。

 ヒザを立てて着地するニジミの機体は何メートルも後方に滑るが、ハサミを構えた赤いハード・トイは衝突した場所から動いていない。ほとんどニジミが弾き飛ばされたようなものだった。

 片膝立ちのまま相手を見上げた。


 ……真正面に立つと、やっぱりおおきい。


 ヴェスパーが4.7メートルあるのに対して、赤いハード・トイは二回りは大きい。

 実寸比較では二階建てと三階建て。比率で表すなら、子どもと大人の構図である。


「だけどおおきくったって、同じハード・トイでしょっ」


 左手を広げて、内蔵されている電気銃テーザーガンを撃つ。

 導線とつながった2つの電極が、相手のハサミに貼りつく。接触した瞬間に導線を介して高電圧をかける。電気によってハード・トイと操縦者を無力化する。


 ――はずだった。

 

 相手はまったく動じず、それどころか見せつけるようにまったく動こうとしない。

 導線が一拍おくれて発熱して赤い線を描いたのちに、ふっと音もなく焼け切れると残った導線がぷらんと垂れ下がった。


「こいつは完全な絶縁素材なんだよ、ばぁ~か、ってね」


 離れた場所にいる少年が目と口を大きく開けて、挑発交じりに舌を出してあざ笑う。

 

「くそぅ、じゃあこれならっ」


 ヴェスパーの左ももに納められているホルスターが開く。

 差し込まれた対ハード・トイ用の回転式拳銃を素早く引き抜いて、早撃ちで連続して発砲。発砲。発砲。


「ムダムダムダ、だっての。ってね」


 跳弾とそれによる道路の破片を避けるように、距離を取った少年が告げる。


 ……くっそぉ。


 銃弾が火花を散らして命中を知らせるものの、相手のハサミにはへこみや弾創だんそうもなく、新品同様のツヤが憎らしいほどそのまま光を放って、対面するヴェスパーの姿を鏡のように映し出していた。


「もういいだろ、ボクたちのターンだ。いけぇシンゲツ!」


 言われるままに赤いハード・トイが単発式ジェットによる急加速で突進し、今度は右腕のハサミをニジミのいるコクピット部分めがけて突き出す。

 弾丸を見るよりは遅いが、覆い被さるように飛んできた迫力にニジミの反応がわずかに遅れた。打撃、電撃、射撃という攻撃が効かなかったことも影響していたかもしれない。ひるんだニジミは、いつもなら前に踏み込んで距離を詰めるように攻撃をかわすのだが、距離を開こうとして後ろに飛んでしまった。それを見越した相手はジェットを重ね掛けしてさらに体全体を加速し、右肘からもジェットの炎を見た。

 コンマ1秒単位の遅れが大きく響いた。

 ミサイル並みに高速で突き出される相手のハサミ。

 その先端がヴェスパーの腹部に接触しかける。


 ――くっ!


 寸前に左手ではじくようにパリングして、体もひねる。

 ハサミの軌道と体の位置の2つを変えるようにしてなんとか避けた。

 だが打撃の当たるところまで距離は詰まった。


 ――えいっ!


 空いた頭部に右手で拳をたたき込もうとする。

 が、いつもより反応が鈍い。

 いつもなら放っていた感覚とヴェスパーの動作にラグがある。


 ……やっぱり最初の一撃で関節箇所ジョイントをやられてたか。


 そんな思考すら隙になった。

 さばいたハサミの裏側で単発のジェットが吹いた。裏拳のように曲線を描いて、がら空きになったヴェスパーの腹部を執拗に狙ってくる。

 ニジミは体をさらにねじってハサミからコクピットへの打撃だけは避けようとした。


 ――ギュガッ――


 大きな音を立てて、ニジミはヴェスパーとともにはじかれる。






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