1章 雌バチは守るために刺す 6

「ところで、ちょっと訊きたいことができたんだけど」

 ハイウエイに入り、出口に差しかかったところでクラウディアが移動機のハンドルを握りながらルックに訊ねる。

 ルックはいまも荷物に挟まったまま、

「なんだ?」と応じた。

「ホントは訊くつもりなかったわ。私たちの業界には、金さえ受け取ればそれ以上は不介入って風習もあるし。けど、機構側があたしらを使うってのはやっぱり違和感があるのよね」


 移動機はスムーズに道路を走る。

 ニジミは同じ風景に飽きたのか助手席でスヤスヤだった。

 ……護衛が寝てどーすんのよ。

 そんなツッコミをいまは脇に置く。


「面白半分の腕試しとその金額に受けてはみたけど、内通者のあぶり出しと暗殺からの護衛を渡りの用心棒が請け負った、なんな話が世に出たら機構側のメンツ丸つぶれじゃない?」

「だから暗号付きの依頼と誓約書を交わした」

「ええそうね」


 用心棒稼業は依頼と用件を探して交渉するのが一般的だ。

 それがこの惑星に着くや、護衛依頼がクラウディアの停泊した宇宙船に届いた。


「ご丁寧に暗号付きの逆指名。それも最後は超高度なアルゴリズムをつかった、ミリ秒単位の可変プロテクト。アプリケーション的にクソでかいサーバーを持ってないとできない物量にモノ言わせた芸当だから、解いたあとで出題者を見たらそりゃできるわって納得したわ」


 どこかのプログラミングオタクが遊びで送ってきたスパムメールかと思った。初めの発信先だって市販の個人用通信端末だった。しかし解読して進むごとに徐々に指定の専用回線がクリーンなドメインになっていくのがわかった。そのクセにセキュリティがまたバカ強固で、そこから得たデータがルック本人の仮想立体映像ホログラムムービーである。

 念を入れで、映像の声紋と耳紋じもんを調査したらそりゃまあ当然かと完全一致という結果が出たので、クラウディアはこの依頼者の名前を信用するにいたった。


「難易度までは知らない。俺は用意された原稿を読んだだけだからな」


 ルックがまじめな顔つきで答えた。

 置物みたいに左右の荷物にサンドイッチされて口の周りはタレまみれだが。

 だがそのルックが読み上げた用件は、依頼より挑発に近かった。


1.警備をかいくぐって会食の場に乱入。

2.その場で捕まり、脱走。

3.1と2を完了した場合にのみ、依頼案件を提示する。


 1と2は明らかに能力チェック目的の試験である。

 前述の暗号メールもふるい分け試験に入れていいだろう。


「だけど、本部から離れたエリアといっても、統治機構の警備よ。かいくぐるのは並大抵のことではないわ。あんたたちと別にいる、噂に聞くだけの秘密諜報機関員でも片手間じゃあ無理でしょ? もちろんあたしらは腕に覚えありだけど、そんなことを旅のレンタル用心棒バウンサーに送ってきたってのは変と言うより異常じゃない? なんだこりゃって疑問がわかない方が頭おかしいわ」

「内通者がいるという噂があったからな。そんな中で内部に頼むわけにもいかないだろう」

「ええ、それも理由になると思うけど」

「まだ腑に落ちないと?」

「あたしたちは自分の命を自分で守らなきゃいけない身分だから、臆病で敏感にならざるを得ないのよね」


 クラウディアが後部座席側に空撮映像を共有する。

 現れた空中モニターは、飛行型カメラで撮影している領事館とダウンタウンの様子を映し出していた。


「……どういうことだ?」


 もともと角度のあったルックの眉だが、その映像を見て鋭さが増す。

 専用ライフルを構えた黒光りする5機の大型歩行機ハード・トイ――が、ダウンタウンの中に配置されている。領事館の広場前にはミサイルポッドを牽引しているトラックが2機、サングラス付きの黒服10人と一緒に配備されていた。


「あたしが質問したいことなんだけどね」


 ダウンタウンに直結するハイウェイから、人も車も見当たらないのが気になっていた。ハイウェイゲートで機構のチェックが入り、門主が「護衛のため専用路としております」と敬礼したがその上でこと配備である。

 出迎えにしては物々しい。


「んー……なんだか市街戦でもしそうだねぇ……んにゃむにゃ」

 経験と勘で何かを察知したのかもしれない。ニジミが、まぶたをこすりながら会話に混じってきた。

「ええ、しかもさっきから街の人もまったく見かけないのよね。だから――っ!?」


 言いかけて、後方の道路が爆発音とともに破砕、消失した。

 左右の風防から鋼板が伸び出て、アーチ状の屋根を作る。

 あっという間にトンネル状になった一本道は飛んで逃げる選択肢を消した。


「ん~、爆撃ぃ~?」

「あんたはいいかげん起きんか。きっとセンサー地雷でしょ」

「……これは?」


 堂々としたままのルックだが、クラウディアは彼の眉間がその凹凸を強くしたのを見つける。瞳孔も開いて警戒の色も見える。縁起ではなさそうだ。


「あたしが訊きたいわよ。……どーやらいまの爆発は号砲だったみたいね」


 

 5機のハード・トイが同じ方角を向いてライフルを握り直した。

 黒服のひとりがカメラに気づいた。

 もうひとりが拳銃を取り出し即発砲。

 打ち抜かれたカメラがきりもみをしながら墜落していく。

 対応する空中モニターの映像は渦の残像を残すように地面が回転・接近して、衝突の瞬間に消滅した。


「地味に高いんだからね、アレ」


 クラウディアは移動機の操縦を半自動セミオートモードから完全手動マニュアルモードに切り替えた。

 トンネルの出口が近い。

 もう一機のカメラも撃たれたのか映像が消える。


「王子様、経費は全部あなたに請求させてもらうわよ」

 クラウディアは告げて操縦桿そうじゅうかんを握り直す。

 握られた強さに応じて、護送用移動機がその速度を一気に上げた。

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