1章 雌バチは守るために刺す 7

 トンネルを抜けると雪国……なんてことはない。――生きていた別カメラがミサイルの発射を捉えていた。――次のミッションが始まる。

 

「王子サマの護衛だからって都合のいい解釈しちったかな。二人ともつかまってて!」

 クラウディアの肌がぞわっと粟立ち、直感に従い、トンネルを抜けると同時に操縦桿そうじゅうかんを折る勢いで体ごと傾けた。

 急加速と急旋回。

 足下にあった道路が左側に回り込んで、慣性と遠心力による荷重が中の3人を押す。

 

「ぶぎゅっ」

「……くっ」


 シートベルトを外していたニジミが窓側に飛ばさる。

 防弾仕様のクリア樹脂に顔面から飛び込んだ。

 数瞬前に通過した道路が、轟音と炎と黒い破片と焦げた土を交えてぜた。

 爆風が機体をあおる。

 揺られて地面に接触しようとする移動機。

 クラウディアが操縦桿をさらに倒す。

 機体が回転。

 左側にあった道路が頭の上を通り過ぎ――


 ――右側――――下―――左――上―右……


 爆風の勢いに逆らわず回転して危機を回避する。

 回転を徐々に収めて訊ねる。


「大丈夫だった?」

 クラウディアが視線を移すと、

「もごっ! もごごっ!」

 ニジミはまだ窓に張り付いたままびちびちもがいて、

「ああ。危機一髪だったな」

 荷物と一緒にぴっちりはまりこむルックは微動だにしていない。

 しかも椅子から生えたように垂直な、相変わらずの良い姿勢。


 ……なんだろう、ちょっと気が抜ける。


「俺のことは気にするなっ!」

「いちばん動きのない描写泣かせ人間がいうなっ。ふんっ!」

 

 交差点を曲がった。

 ライフルを構えた黒光りのハード・トイが現れた。

 直感任せで進行方向をずらして機体角度を0度から90度に。

 放たれた弾丸が通り抜ける。

 後方の建物の壁が爆ぜる。

 遅れてくるだろう風圧が予想どおり機体を揺した。

 

「まったくもう!」


 並ぶ建物の隙間。

 ひらけた空に向かって移動機を上昇させる。

 他の位置にいたハード・トイがライフルを撃つ。

 通り過ぎた高層ビルのガラスが割れる。

 遅れてやってきたのは、白煙を尾のように伸ばして追いかけてくる、無数のミサイル。

 

「鬼ごっこにしては攻める方が鬼モードね」


 ボタンを押して誤認金属片チャフと炸裂弾を噴射した。銀色のもやに集まったミサイルが炸裂弾の衝撃で誘爆をくりかえし、その数を激減させた。

「上も下もこのままじゃジリ貧ね」

 そうつぶやくと、ようやく窓から剥がれたニジミが

「んも~、はにゃが本当にブタさんになるところだったよ~」

 小さな鼻をなでる。

「ぺちゃ鼻が直っていいじゃない」

「モノには程度てーどってもんがあるよ」

「それより王子サマ、これがあんたの考えたテストじゃなかったら、出題者は誰だと思う?」

「皆目見当つかんな」

「あーくそ、有能系無能男子ねあんたは!」


 クラウディアは操縦桿を操作して、機体を降下させるビルとビルの間に紛れる。

 上空にいてはまた撃たれる。道路スレスレに機体を下げてハード・トイから逃げた方が手っ取り早いか。


「――なので、相手に聞きに行くのはどうだ?」

「はい?」


 提案者はルックだった。

「やられっぱなしは気が済まん。君たちにそれができるなら、何人か捕まえて本部に連行しよう。夢の中で苦しむくらいの尋問にかけてやる」

「あ、ルックのおでこに青筋発見っ☆」

 ニジミがお気楽な声を出す。

「けっこう過激なことも言うのね、ルック王子は」クラウディアがにぃっと白い歯を見せる。「でもそれ採用!」

「クラウ、ヴェスパー君呼んでいい?」

「この前買ったジェットの使用も認めるわ。今すぐ呼びなさい」

「やったぁ!」


 ニジミが腕の端末を操作して、クラウディアが操縦桿を傾ける。

 ルックは腕組みのまま動かない。

 そんな3人を乗せた移動機が無人のダウンタウンで反撃を開始した。

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