1章 雌バチは守るために刺す 8

【scene of ニジミ・サニーライト】


 移動機のアラートが常時鳴りっぱなしで頭が痛くなる。

 聞き慣れた音でもくりかえされるとやっぱりうんざり。

 うしろに座るルックが、「それにしてもやり過ぎだ」とブツブツ言っている。


「どったの?」

「反統治機構エリアが近隣にあるとはいえ、この街は主要なダウンダウンだ。働く人間もいれば娯楽を作る人間もいる。なにより暮らしている人たちの家があるんだぞ。人ばらいをしたからといって壊していいわけじゃない。損壊の度が過ぎる……」


 ルックの青筋がさらにピクピクしていた。

 ホントだね。と、ニジミは答える。

「おうちがないとぐっすり寝られないもんね」


 腕の端末が震える。

 ディスプレイに愛機の到着予定時間が表示される。

 ニジミは目的のビルを指し示す。

「クラウ、ヴェスパーくんは2分後にあのビルの屋上に到着予定だよ」

「いちばんいいジェット買ったわりには遅いのね」


 追尾ミサイルから逃げながら、クラウディアは移動機を正面のビルに向かわせて、ギリギリの距離で機首を上げ壁スレスレで上昇する。

 

 ――ガゥゥンッ!!――


 ミサイルがビルに突っ込み、その一部をえぐる。

 波打つように下から上へとビルの窓ガラスが割れていく。

 そしてすぐさま地面に向かってUターンした。

 上にいるとライフルの狙撃も加わるからだ。


「次で降りろよ」

「らーじゃっ」

「相手は5体だから50秒」

「んー、シロート相手じゃないから100秒」


 断続的な炸裂音と爆発音。

 空気を介して機体をビリビリと振動する。

 


「なんのためにトレーニングしてんだよ。50秒」とクラウディア。

「えー、100秒くらい逃げれるでしょ?」とニジミ。

「間を取って75秒でいいだろう?」とルック。


 蛇行し接触と被弾を避け続ける。

 ハード・トイの到着予定ビルが近づいてくる。

 また後方の道が爆発する。

 ビルの壁に穴があく。


「……50」

「……100」

「……75」

「王子の護衛を請け負うのはあたしなんだけど?」

「ハード・トイで戦うのは私ちゃんなんだけど?」

「最も冷静な判断をしているのは俺だと思うが?」

 

 左前側のビルが爆発によって足下を抉られた。

 移動機が離れたあとで道路側に傾き倒壊した。

 ベージュとアッシュの混じる噴煙が雪崩なだれのように移動機を追いかける。

 移動機はこの日いちばんの速度を出して、逃げ切る。

 目的のビルが目の前に来た。


「好き勝手言いやがって!」

「口の周りがタレでカピカピ!」

「お前らこういうときこそ冷静になれ!」


 三者三様に好き勝手わめき、移動機は上昇する。

 ニジミがノブを引いてドアロックを解除した。

 上開きに開くドアを蹴り飛ばすと勢いよくドアが開いて、車内に強烈な風が吹く。

 粉塵交じりの刺激を含んだ空気に負けず、ニジミは座席の上で猫のようにかがみ込みんで4つ足の姿勢をとり、外に飛び出す姿勢を整えた。


「もういいよいってきますっ」

「さっさと行け」

「ニジミ、たのんだぞ」


「「「時間は75秒後で!」」」


 移動機がビルの頂上を追い抜く瞬間に、ニジミは外に飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る