1章 雌バチは守るために刺す 5
【scene of クラウディア・ティア・エルガン】
左側の運転席に座るクラウディアは、アクセルを踏み込みたいのを我慢しながら一定の速度を保ちつつ、護送用移動機を領事館に向かわせていた。
先方に告げた到着予定時刻より大幅にかなり遅れていた。
依頼主のルック・N・マキタは道中に、「この後の予定はないので問題ない」と答え、いまは後部座席の中央で、姿勢正しく目を閉じて座っている。
時間に急いでいる様子はないのでそれはまあいいとしよう。
それよりも……
「それさっさと食べなさいよ、車の中が肉臭くなるでしょ! このばかシジミ!」
「シジミじゃなくてニジミだもんっ。あとばかってゆーな!」
ニジミ・サニーライトは護送中に飲食店を見つけては、アレが食べたい! これおいしそうだよ! と、言ってはルックが、「食べるぶんと
色気より食い気のじゃりん子と、どこか抜けたボンボンがタッグになって
「うっさい!
「んべー」
「こんのじゃりん子……。あの、ゆっときますけど、そちらの席の狭さは自業自得ですからね。ルック王子」
「む、むう……」
その姿勢は育ちの良さを披露するほどにきれいだが、左右を自ら買った食品の箱で埋め尽くされ、積まれた荷物に挟まれる形で座っていると、なんだかそういう置物か等身大人形のようだった。横の列を隙間なく並べると消えるレトロゲームのように、隙間にすっぽりと収まっているので、そのまま点滅してファンファーレとともに消えるのではないかというくらいに、きれいに収まっていた。
あまりにきっちりでぴっちりと収まっているので、カーブ時に発生する遠心力とも無縁に見えた。
「もー、クラウは自分は買ってもらえないからってひがまないの。はい、このタレ付きの鳥串、とってもおいしいよ♪」
「いらんわっ。あと運転中に顔の前に出すな!」
「じゃあルック食べる?」
「ひとつもらおう」
はい、とニジミが後ろを向いて、彼女にしては珍しく串の柄を差し出す気遣いの行動で手渡そうとしたのだが、当のルックが微動だにしない。
「すまないが、その、そのまま口に入れてくれないだろうか?」
……まじめな顔でなにを言いだすのだ、このアホ王子は。
さすがにクラウディアも探りを入れるべきかと感じる。
そうだ、「血筋がいい=マトモな性格」とは限らない。
むしろ逆のほうが多いかもしれない。
女性を困らせなさそうな誠実でマジメそうな顔をして、あんがい年端もいかない
いちおう、安心・格安・美少女クルーを看板にするレンタル用心棒のハニー・ビー。
とはいえ、その手のサービスまでは対象外だ。
「えっと、ルック王子?」
バックミラー越しに訊ねる。
「か、勘違いをしないでほしい」
ルックが察したように先に答える。「荷物が……1ミリも動かない。腕も動かせないくらいに体がはまっているんだ」
よく見れば、さっきから腰から腹にかけて、ぴくぴくと筋肉の動きが見える。
「……さいですか」
「あははっ、ルックってけっこうおバカさんだね~」
「む、むう……」
そう言ってニジミが串をルックの口に近づける。
「待ちなさい。これからカーブが続くから少し待ったほうがいいわ」
「大丈夫だよ~」
「うむ、俺は完全に固定されているからな」
「なんでそんなに自信もって言えるのかわかりませんけど、すっげぇ情けない状態ですからね、それ」
「……む」
結果、曲がり道を抜けた後のルック王子は、口のまわりをタレでベッタベタにして、後部座席にきれいに座っていた。
「拭きませんからね」
「あははっ、ルック赤ちゃんみた~い」
「……もしや、狙ってましたか?」
「この顔で領事館に出向くと言うことをか?」
「あ、いえ……」
その後で、ルックはキリッとした面持ちのままで、「この顔で現れたら笑いを取れるかもしれないな。親近感を持たせることもできるかもしれない」と言った。
そんな監査官、不信感しか抱きませんて……。
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