1章 雌バチは守るために刺す 4

【scene of ニジミ】


「ひまだね」


 運転席に座るニジミが言う。

 ルックはまっすぐな背中のまま、腕を組んで目を閉じていた。

 背骨が曲がったままになって伸ばせないおじいさんはいるけれど、彼は伸ばしたままになって曲げられないんじゃないかとニジミは想像した。


「ひまだね」


 もういちど言う。

 彼は目をつむったまま何も言わない。


「ねえ王子おーじ様?」

「ルックでいい。その呼ばれ方は好きじゃない」

「じゃあ私のこともニジミって呼んで。ニジミ君って男の子みたいだもん」

「う、うむ……」

「ねえルック」ニジミはためらわずに呼び捨てにする。「なんでそんなしゃべり方なの?」

「変、か?」

「変」

 ダイレクトに返した。


「む……」

「なんか神経がガチガチになってて、肩凝りそう。疲れない」

「疲れない日などは気持ちがたるんでいた証拠だ。なんの進化もなく成長もない日じゃないか?」


 あれ、なんかこの人、会話がちょっとズレるよーな。


「ねー、ルックって友達から天然って言われたりしない?」

「そんな経験はないが?」

「そっか」

「もしかしたら、俺にそこまで親しい者はいないからかもしれないが」

「あ、地雷案件だこれ」

「気にしていない。しかし天然というのはどういう意味だ? 俺は体を機械化もしていなければ、母の母乳で育ったまっとうな天然だが。あ、いや……まぶたの通信機器や埋め込みICチップがある。ということは、俺はもはや天然の人間ではないということか?」


 あ、やっぱり天然だわ、この王子おーじ様。

 ニジミ自身ですら、私がツッコミに回るレベルだもんね……と内心つぶやいた。


「ニジミは、小さな頃から大型歩行機ハード・トイに乗っていたのか?」

 こんどはルックから訊ねてきた。

 それにニジミは、

「えっと、うん。そんなとこ」と返す。

「だからあれだけ肉体を同じように操れるのか。君は俺が見た中で、あれだけ素早くスムーズに、しかも機体自身がまるで自我を持っているように動かせる、初めての人間だ。やはり機構の、それも指導側に来てほしい」

「スカウトはうれしーけど、疲れそうだからヤだ」

「いいじゃないか。疲れたぶんだけ気持ちよく眠れるぞ」

「ガチガチの中じゃご飯がおいしくなさそうだもん」


 ――ぎゅるるるる――


 そう言うと、ニジミの腹の虫が鳴いて空腹を主張した。

「あははっ、ご飯の話したら鳴っちゃったね」

「隠れてるときでなくて良かったな」

「ほんとだねっ」

「ふむ、領事館への帰り道で好きなものがあったら言ってくれ。俺がおごろう」

「いいのっ!」

「護衛のお礼だ。好きなものを遠慮なく言ってくれ」

「やった! クラウがだめって言っても買ってくれる? クラウってば栄養が~とか安全が~とか食べる順番は~とかうるさいんだよ?」

「依頼主の俺が買うのなら文句も言いづらいだろう。ニジミは何が好きなんだ?」

 問われてニジミは、んーと人さし指を口元に当てて、

「おいしいものっ!」と、答えた。

 ルックはそうか、とすこし顔のこわばりを緩めて、

「君はどこか変わった子だ」と言った。

 ニジミは無言のまま笑顔を作る。


 ……ルックに言われたくないなー。


 そんな心の声を外に出さぬよう、張り付いた笑顔で無言を貫いた。

 またしばらくの静寂後、クラウディアの運転する護送用移動機が到着した。

 

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