1章 雌バチは守るために刺す 3

「途中から確信してたがな」

「……こ、この街は私たちの街です」

 

 銃を向ける運転手の息は荒く、肩が上下し、銃口を持つ手が震えている。

 一方のルックは両手を上に上げてボンネットに当てているが、背筋は視察時と変わることなく首筋まで伸ばした姿勢で、いたって冷静な目で運転手を真っ向から見つめていた。


「怖かったか? 予定した場所で狙撃が来ないことが」

「そ、そんな強がりもここまでだ。教えてやるよ、この車窓は強化素材なんかじゃない! う、撃ってたら割れる昔のガラス素材だ!」

「知っていた」

「う、ウソだな。ほら、怖くないのかよっオレが引き金を引いたらあんたの命は終わるぞ。頭を打たれたら誰だって死ぬんだぞっ」

 声の大きさに比例して、男の構える銃も震えが大きくなってゆく。

「どうやらお前は人を撃ったことがないようだな? 余計なことはやめておけ。自分の車の変化にも気づかない人間に、暗殺などできるわけがない」

「ま、窓のことはオレが手配したんだからわかるに決まって――」

「――そこではない」


 そう告げて、ルックはあげていた手を下ろした。

 その際にわしづかみした左隣の座席シートが剥がされる。


「あー、狭かったぁ!」

「――!?」


 剥がされた座席の下には、シートの中身を抜かれた空洞ができており、トランク側にもつながっていたのだろう。そこにニジミが猫の箱座りのような姿勢で埋まっており、まだ丸くなったままの体勢で首をコキコキ鳴らす。


「ニジミ君」

「あいあいさっ」


 ニジミ・サニーライトが後部座席から運転席側に。

 一瞬で飛び移ると同時に、運転手の持つ銃の撃鉄を握って発砲を防ぎながら、そのまま手首をねじって、もう片方の手で手刀をたたき込み、あっという間に刺客の無力化した。


「素晴らしい。君たちには機構に所属してもらいたいくらいだ」

「えへへっ、王子様にほめられちった♪ やったねクラウっ」


 パチパチと手を叩くルックの賛辞を、ニジミはインカム越しに彼女の相棒に報告する。ルックの端末にはメッセージで、

『お世辞でしょうけど、その言葉はありがたく受け取っておくわ』

 という言葉が届いた。

 そして、

『追伸:狙撃手の後始末は機構側に委ねます。こちらはサービス対象外です』

 とも。


 ルックは目を開けて、「本心なのだが……」と、つぶやいた。

 運転席側の少女は鼻歌交じりで男を拘束して、いまは目隠しに猿ぐつわをはめて、助手席側に蹴り飛ばした。


「さ、クラウと合流しよっか」

「む、君が運転をするのか?」

「うんっ」

「免許証はあるのか?」

「ううんっ」

「ではだめだ」

「じゃあ王子おーじ様が運転する?」

「ルックでいい。俺は免許を持っていない」

「だめじゃん」

「だめだな」

「どっちかが目をつぶるってのは?」

「だめだ。無免許運転にくわえて前方不注意運転では罪がさらに重くなる」

「えっと、目をつぶるってそーゆー意味じゃないんだけど……」

「クラウディア女史を待とう」

「ん。そだね」


 地面に落ちたままの移動機の中、二人は低くなった視点のままで、律儀にクラウディアの到着を待つことにした。

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