1章 雌バチは守るために刺す 2
……不穏なのは父のほうではないのか?
度重なる自身の派遣に、ルックはきな臭いものを感じていた。
何かに感づかれぬように追い払われているのでは、と。
「も、もうすぐダウンタウンを抜けますが、よろしいでしょうか?」
運転手が訊ねる。
「なぜ聞く? 決まった道を進んだのだから問題はないだろう」
「い、いえ。目的を果たされたのか確認を、と」
「……」
「あの?」
「進めてくれ」
移動機がダウンタウンの抜けると、窓がスモークが入っていった。
外の景色が消えて、車内は完全な個室と化した。
「これは?」
「さ、昨日のような愉快犯もいます。用心に越したことはないかと」
愉快犯……。
「ああ、あの少女のことか」
ルックは記憶を振りかえる。
昨夜は機構に従属するエリアにて、その土地の要人との会食が催された。
その際にちょっとした事件が起こった。ルックと要人が握手とお決まりの社交辞令を含めた挨拶を交わして、さあ食事を始めようと言うときだった。
空から一機の
その土地で一番高い建物の屋上で開かれた会食であるにもかかわらず、そのハード・トイは空から現れた。周辺には警備の人間も護衛用ハード・トイも配置済み。そこをどうかいくぐったのか、傷ひとつない白とグレーのマーブル模様のそれは、着地と同時に訓練した軍人ばりに回転、制止、銃の構え……を見せたかと思えば、コクピットが開くと、そこから飛び出してきたのはカジノディーラーの衣装を身にまとった小柄な少女だった。ルックとしてはその操縦者の容姿が予想外というコンボのフィニッシュブローになった。
「んしょっと。ああ、いたいた♪」
現れた少女は
あまりにも無防備で無邪気な、八重歯をのぞかせる満面の笑みで走ってくるものだから周囲の警備も反応が遅れた。
少女は手前で立ち止まると、
「ぴしっ」
と自らの口で言い、敬礼のポーズを取る。
「毎度おなじみ、安心・格安・美少女クルーでおなじみのレンタル用心棒『ハニービー』です! ただいま先着契約の募集を受けて、私、ニジミ・サニーライトと
彼女はルックに元気な挨拶をして――即座に警備員に包囲されて連行された。
「あれは、本当に余興だったのですか?」
「ビスマルクの手配だそうだ」
ビスマルクとはジェイの秘書であり、ルックの世話役でもあった。
連れ去られる際、少女は終始、「ちょっ! いやいや、あたしはお仕事の宣伝にきただけで! え、なんで手錠なんかするんですかっ! NO! NO! 止めてください! あたしは何も……え、暗殺ですとっ!? そんなときはぜひウチの『ハニービー』を! ……へ? 違いますっ、暗殺
「あれはなんと言ったか」
アゴに手を当て、むぅ、とうなる。幸いにも、頭の奥の方から埋もれかけていた言葉を見つけることができた。「……そうだ、出オチだ」
「あの、機構の警備に泥を塗られたわけですが、それはよろしいのですか」
「俺は彼女が機構の慢心を示してくれたと思っている。泥を塗られたと考えてもいなければ、感謝こそすべきだろう。ところで昨日の少女はどうなった?」
「翌朝には留置所から姿を消していたそうです」
「警察も機能してないようだな」
「機構が関与していても、機構に隷属していても、ここはそういう土地なのです」
言われた言葉に肩をすくめて目を閉じる。同時に腕に巻いた端末に、メッセージの受信を伝える振動が発生した。ルックはまぶた側に皮一枚隔てて通信端末を入れていた。閉じた目の奥、黒い視界の中で受信したメッセージが網膜に届けられた。
「ふむ、君の言ったうわさは本当らしい。ある筋から先ほどの街にいた狙撃手をすべて無力化したと連絡が、……やはりか」
運転手が年代物の小型拳銃を向けていた。
ルックはまたも肩をすくめたのちに、両手を広げて頭の上に運ぶ。
移動機が制止し、それは静かに道路に着陸した。
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