1章 雌ハチは守るために刺す 1
【scene of ルック・N・マキタ】
トマト、生卵、腐敗した野菜に、飲みかけのジュース、その他もろもろ……そのほとんどが、ぶつかって弾けて、張り付くものばかりだった。ぶちゅぶちゅという音が窓の外側から絶え間なく続く。
タイヤ付きで地面を走っていた四輪車を模した移動機は人のヒザの位置まで浮いて、滑るように進んでいる。
「だ、大丈夫でしょうか……」運転手が不安そうに訊ねる。
「これだけ民衆が近ければ手榴弾は来ない」
後部座席のルックは腕を組みながら背筋を伸ばし、背もたれを使うことなくまっすぐに座っていた。その口調ときっちりと着こなすスーツ、まっすぐ進行方向を見る目にキリリとした眉とその意思を示す角度。その箇所その箇所にルックの実直な性格が現れている。
「万が一爆発物が投げられたら必ずここの市民に巻き添えがでる。そこまで浅はかではないだろう」
出ていけ!
俺たちは俺たちの生き方がある!
俺たちは人間だ!
2,3歩踏み出せば移動機に飛びかかれる。それくらいの近距離で、群衆はルックに、正しくは惑星統治機構に、威嚇とこのエリアへの不干渉を訴えていた。
「あ、あの、ルック様の命が狙われているという噂もございます。その噂では、どこかに狙撃手がいて、どのルートでも狙えるように配置されている。なんてことも耳にしましたが……」
「心配するな」ルックははっきりとした声で返す。「この窓は普通の弾丸くらいなら跳ね返す。もし本当に俺を殺したいのなら、繰り返しになるがこのあたりの住民を巻き込む火力がないと無理だ。市民から出た反乱軍が同志である市民を傷つけることはないはずだ。機構もここもそこまでの緊迫した関係ではない」
言って、外に顔を向ける。
市民のひとりと目が合う。その男は手にしたものをルックめがけて投げつけた。
ぶりゅんっ!
弾力のあるものが窓に当たって跳ね返った。
「……一番固そうなものでもコンニャクだ。石じゃない。狙撃が怖かったらもう少しスピード出したらいい」
「そ、それでは、市民を轢いてしまいます」
ガチガチにこわばりながら運転手が答えた。
自動運転は人が飛び出ると自動で止まる。
止まると押さえ込まれて、その後がどうなるかわからない。
そのための有人運転で視察するという統治機構側の判断だった。
……しかし父は、どのような考えで俺を飛ばし続けているのだ。
今回の非管理下エリアの視察も、現惑星統治機構の署長を務め、そしてルックの父であるジェイ・N・マキタの勅命であった。
ルックは前日、彼に今回の意図を問い
「これはあれだ。民衆への一種のお祭りを提供しにいくのだと思いたまえ。あるだろう? 北欧で昔の歴史を模して、国役と民衆役に分かれて野菜を投げ合いストレスを発散させる、そんなお祭りを催してやるのだと思って、お前はただどっしりと座っていればいい」そう朗々と語られ、あしらわれてしまった。そして、「お前は何やら不穏なものを感じて動き回っているようだが、余計なことはするな。世界の大半は変化を望まないもので構成されている。敵を自力で追い払い、自由を得たと錯覚させておけはばいい。それでまた惑星の平和が伸びていく」
そう告げられて親子の会話は終わった。
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